お 馬

仁(ヒトシ)はお馬が大好きだ。大きくなって、大将さんになってお髭を生やして、長いサーベルを下げお馬に乗ってハイシハイシと歩くのは、考えただけでも耐(タマ)らなく嬉しい夢なのだ。

 お節句にお母様に買って戴いたサーベルを下げて、兄の亮男(アキヲ)におぶさって、

 

      僕は軍人大好きよ

        今は大きくなったなら

       勲章つけて剣下げて

         お馬に乗ってはいどうどう

 

廻らぬ口で歌いながら得意そうにしていた。それ程お馬が好きなのだ。

それはある日の事だった。今日も亮男が学校から帰ってきたので

 「兄ちゃん、お馬やってよ」

とせがんだ。亮男は宿題があったけれども仁の気持を察して

「ほら、おんぶしな」

と背中を向けた。仁は喜んでサーベルを下げて、おぶさった。

「兄ちゃん、学校の方へ行こうよ」

二本足のお馬は歩き出した。

「僕兄ちゃんより背が高いな」

「そんなこと決まってるよ、おぶさってるんだもの」

「うん、だから背が高いんだよ」

仁はとてもううれしかった。何だか高いところへ登ったような気がする。

「兄ちゃん、今度は騎兵の突貫をやろうよ、ねえ」

「よしやろう、ぢゃあ駆け出すよ、いいかい」

「一寸待ってよ、今サーベル抜くから」

亮男は走り出した。背中で仁は

「突貫―突貫―突貫―」

と言いながらサーベルを振り回した。

まさに突撃も最高潮となり今一息で敵の堅陣を抜くというところで、愛馬はひょろひょろとよろけて転んだ。仁はサーベルを持ったままもんどりうって転げ落ちイヤというほど頭を打った。

 仁は軍人に似合わず泣声をあげた。亮男も、しかめっ顔(ツラ)をしながら、すりむいた所をなでている。二人ともこの事以来、お馬ごっこはこりてしまった。華やかな反面、辛い時もあるものだと、つくづく悟った。

 空を見上げれば、お陽様が今の失敗を笑っていた。

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