ラ・フランスの謎を追え! 後編
「おいタナカ、これって…確かナポレオンを読んだ詩じゃなかったか?」
「………」
「今に始まった事ではないが、ノストラダムスの詩は幾つもの解釈を持つことがある。タナカがこの詩から何かを感じ取った事は間違いないんだ…ナワヤ、ここはタナカを信じてみよう。」
たとえこの詩がナポレオンの事を予言していたとしても、このフランスに関係があることはまず間違いない。何か少しでも手掛かりがあれば良い…キバヤシがそう思っていたのは事実だが、この詩に何かを感じ取っていたのもまた事実だった。
「僕もキバヤシさんに賛成です。MMRの時も読者からのメッセージを受けとって調査してきました、何よりも信じるべきは僕達の感性だと思います。」
「おいおいトマル…俺は何もタナカに反対しているわけじゃないってば。」
「じゃあ、まずはこの詩を重点的に調べてみましょう!」
「イタリアの近く…フランスか。」
「イタリアの近くと言ってもスイスやスロベニアよりは、やっぱりフランスでしょうね。」
「そうだろうな、フランスぐらいの影響力が無いと実際大事件には至らない。」「…ひとりの皇帝?」
「今の時代じゃ大統領や総理大臣といった立場の人間…かな?」
「皇帝っていうくらいだから単に上に立つ人間じゃないでしょうね、それなりの力を持っているのでは…?」「…帝国に犠牲を強いる。大英帝国って言うくらいですから多分イギリスのことではないでしょうか?」
「もしかしたらドイツやオーストリアかもしれませんよ。」
「おそらく屈強な軍隊を持つ国の事でしょうね。」「…同盟者と並んで…どう思います?」
「EUのことか?」
「それとも何か別の仲間、っていう意味では無いでしょうか?」「…君主というよりも虐殺者としてみなされる…戦争でも起こるのかな?」
「問題は誰に虐殺者としてみなされるか、だな。自国か世界中かある限定された国か…」
「それにしても一方的な攻撃ってことだよな、普通に戦ったんじゃ虐殺にはならないぜ?」
「ちょっと休もうぜ、いい加減目が疲れたよ。」
延々と続く解読作業…最初に音をあげて倒れこんだのはナワヤだった。そんなナワヤを見た他のメンバーも彼につられて緊張の糸が切れてしまったのか、次々と大きな溜息をついて資料から目を離しはじめた。
「メシ食いに行くぞ!」
そんなナワヤが選んだ図書館近くのこざっぱりとした食堂、そこでささやかな昼食を取るメンバー。さすがに一皿いくらの伝統あるフランス料理では無いにしても、大衆的で親しみやすい味は彼らの空腹感を見事に満足させた。
「ふう…具体的な年代を示す語句がない、他の語句も抽象的なものばかり…これは思ったよりも難しい詩ですね。ナポレオンの出現を予言した、と言われれば実際そうも思えますよ。」
「この詩はかなり抽象的だからな。あまりに詩にとらわれすぎても解読は進まないか…今度は今までの調査で得た情報と照らし合わせてみないか?」
「もしこの詩が近い将来の事を予言しているのならば、何か解読の手掛かりがみつかる…ってことですね?確かに試してみる価値はありますね、やってみましょう。」
「さて…と、まずはフランスについてだな。」
身体も頭もリフレッシュし、再び図書館に舞い戻ってきたメンバー達。これから午後の調査が始まる。
「ええっと、それに関してはキバヤシさんがいない時に色々と調べておきました。みんなでもう一度見て考えてみましょう。」
現在のフランスの農業・工業といった産業界の状況や、イギリスやアメリカといった国との関係、古くはから続くフランスを含めたヨーロッパの歴史…以前集めた資料が見事に役に立った格好である。
「確かに色々と興味深い情報はあるが…これだけでは決め手にはならないな。」
「これは基礎知識のようなものですからね。答えには結びつかないけれど答えを出すのには絶対必要なものです、とりあえず知っておいて損は無いでしょう。」
「やはりあれが鍵を握っている、か。」
全員キバヤシのその言葉を予想していたらしく、彼が言うやいなや皆無言でうなずいた。
「そうですね…奇しくも同じラ・フランスを冠するだけに、何らかの関係があると言ってもまず間違い無いでしょう。何といっても僕らに与えられた最大の情報ですし。」
「もしかしたら現代版ラ・フランス計画かもしれませんね。」
「おいおい、そりゃ一体どんな計画だよ?」
「どんなって言われても…」
ナワヤとイケダが半分冗談の意見をオモシロ半分でぶつけ合っている。実際長い間同じことについて考えているとこういう冗談の一つや二つぐらいは浮かぶものだ。しかしキバヤシはそれにも興味を示さず、ただただ下を向いて考え込んでいた。
「やっぱりナポレオンの事を書いた詩なんじゃないの?ほら、歴史は繰り返すっていうじゃんか!」
「それじゃなんの意味もないでしょうが!もう少し真面目に考えて下さいよ!」
(歴史は…繰り返す?)
それを聞いて今まで下を向いていたキバヤシが突然顔を上げた。そのわずかな動きでもメンバーは皆彼のほうに目線を向けた。
「キ…キバヤシ、何かわかったのか?」
「正確には何もわかっていない。ただ何かがわかりそうなんだ。」
「キバヤシさん…」
「詩の謎が全て解けたわけでは無いし矛盾も幾つかあるだろう。これはあくまで詩のイメージから取った簡単な一つの仮定として聞いてくれ。」
「ナポレオンがフランスの皇帝としてヨーロッパを席巻した…あの詩がナポレオンの出現と遠征を予言しているように解釈されたのも、これから起こることがまさにそれに酷似しているからではないだろうか?」
「つまりノストラダムスが諸世紀において予言したのは、ナポレオンの未来ではなく現在のフランスの未来ということですか…?」
「我々は詩の内容に近い意味の出来事として、勝手にナポレオンを当てはめて満足していた…?ノストラダムスが詩に託した真意とは別の解釈をしていた…?」
「その可能性はかなり大きいだろうな。」
今までの予言調査をすべてひっくり返すようなキバヤシの発言…それにたまりかねたナワヤが思わず口を挟む。
「キバヤシよ…もしそうだとしたらこの先の未来、一体何が起こるんだ?」
おそらくそこにいる全員がキバヤシの口から語られる内容を予想できていた。しかし例え予想できていたとしても、キバヤシ自身の口から語られるまでは決して…決して信じたくないような未来が彼らの脳裏に浮かんでいた。
「ナポレオンがフランスより出でてヨーロッパを駆け巡ったように…フランスがヨーロッパ全土を巻き込む戦争を勃発させるだろうな。」
「!」
「しかしいくら何でも…」
「ヨーロッパ統合の時代にそんなことがあるわけない、と言いたいのか?」
トマルが思わず口走った言葉に、キバヤシは鋭敏に反応した。反応や対処の速さから考えて、おそらくこの反論は彼の予想内だったのだろう。
「確かにヨーロッパは大局的には統合の時代を迎えている。ただ、今もヨーロッパに紛争の火種が尽きることなくくすぶっているのは事実だ。コソボにしろユーゴスラビアにしろ、人種や言語、宗教という違いは我々の想像もつかないほど残酷に世界地図を彩っているのさ。」
「どれほど秩序に優れている国でも、ちょっとしたほころびから今まで沈殿していた暗部が曝け出される事があります。特にヨーロッパのような民族や宗教の違いを持つ両者の間で大きな亀裂を生む事がありますね、つい最近もオーストリアで外国人廃絶を掲げる極右政権が勝利しましたから…!」
イケダの注釈を加えたところで、キバヤシはさらに喋り続ける。
「フランスは元々誇り高い国だ。国際的な政治活動や国連での討議で見られる、『日の沈まない帝国』イギリスへの対抗意識や『世界のリーダー』アメリカに独自のスタンスをとる姿勢、そして第2次世界大戦で恐るべき力を見せたドイツに見せる警戒の眼差し…
フランスで英語が通じないのも、『世界で最も美しいフランス語を話せないほうがおかしい』という自信の表れとも言われているんだ。ここから考えて見ればフランスがいかにヨーロッパの、いや世界の国々の間で危険をはらんだ位置にいることが判るだろう?」「じゃあフランス軍が再びヨーロッパに軍を向けるっていうのか?…いくら何でもそれは周辺国や国連軍が黙っていないんじゃないか?」
「こればっかりはナポレオンの頃とは違う。今はもはや騎馬隊でどうのこうのという時代じゃない、国が密集しているヨーロッパ、そして近代化した兵器…周辺国や国連軍が行動を起こす前に一国を制圧することだって可能なんだよ。実際考えたくは無いが、フランスにあれがある限りいつヨーロッパを制圧してもおかしくは無い…」
その含みのある言い方の真意にメンバーが気付いたのはしばらくしてからだった。
「…?」
「まさか…!」
「ああ、核兵器さ。」
キバヤシが発したあまりに衝撃的な答えに、しばらく誰もが声を発することが出来なかった。
「…世論の反対を押し切って、ムルロア環礁で行われたあの実験の映像を覚えているだろう?フランスもすでに核兵器の保有国、いつでも全面核戦争を引き起こす資格を持っているんだよ!」
「そうか、これが同盟者と虐殺者…!」
「タナカ、一体どういうことだ?」
右手に座っているタナカの呟きを聞いたナワヤがすぐに本人に問いただす、が答えを返したのはタナカでは無く彼の正面に立っていたキバヤシだった。
「核は抑止力、今まで散々言われ尽くした言葉だな…これはもし核兵器を使うような事があれば、その報復として核が帰ってくる…そういう意味なのさ。つまり何処かが一旦核を使えば、全面核戦争が起こるのはまず間違い無いってことだ!」
「……!」
「同盟者と虐殺者…核兵器での全面戦争が起これば、戦争の当事者以外から見れば核で人類を虐殺する同盟をくんでいるようなものだろう!」
「ちょっと待て!お前の言ってることをまとめると、フランスがイギリスやアメリカ、ドイツにむけて核兵器を行使し、それから世界は全面核戦争に向かう…そういうことなのか?」
にわかに信じがたい話を聞いて慌てて問い詰めるナワヤに無言のままのキバヤシ…無言、それこそがナワヤの質問に対するキバヤシの肯定だ、そこにいる全員がそう悟っていた。
「そんなことをして一体誰が得をするんだ?核兵器なんか使ったらフランスが世界から孤立することは目に見えているじゃないか!」
「動機が、見返りがない…確かにそれが問題だな。」
議論はさらに熱を帯び、ナワヤをはじめとするメンバーはあまりの情報量の多さと衝撃的すぎる内容にいささか参っているようだった。それもそのはず、さすがのキバヤシも額に汗をにじませ、
「少し休みましょう、いい加減みんな参ってますよ。」
というタナカの提案が快く承諾されるほどだったのだから。
「(ふう…とりあえず別の方向からも検証して見るべきだな)イケダ、ラ・フランス自体について何か有力な情報はあったのか?」
「いえ、これといった情報は無かったような。あ、ナワヤさんが何か言いたい事があったとか…ねぇナワヤさん?」
「ああ、取材と称して本場の農家の美味しいラ・フランスを頂こうと思ったんだけどさ、調べて見ても栽培している農家がほとんど無いんだよ。気になって調べて見たらさ、ラ・フランスは元々ヨーロッパ原産の農産物なんだが、今は原産地での栽培はほとんど行われていないんだと。確かにフランスと言えばブドウとかだもんな、洋梨がラ・フランスとかいうのも馴染みが無いわけだぜ。」
(ラ・フランス…!?)
一瞬キバヤシの脳裏に“何か”が浮かんだ。はじめは形すらハッキリとしていなかったその“何か”を、キバヤシの頭脳はボンヤリとしかし確実に再現し始める。ほんの少しの間をおいて、キバヤシの頭の中にその“何か”が戻って来た。
「そうか…フォアグラで浮かんだイメージはこれだったのか!」
「キバヤシさん?何か判ったんですか?」
「ああ…戦争を起こす動機も手段もこれなら全て説明がつく、これならな!」
「ナワヤ、フォアグラってのはどうやって作るものなんだ?」
「え?フォアグラの作り方?」
自身満々に叫んだわりにいきなりナワヤに話を振ったキバヤシの発言に、当のナワヤ自身は少々戸惑った様子を見せた。事態が上手く飲み込めず呆けた顔をしているナワヤに、タナカが簡単なフォローを試みた。
「フォアグラって確かガチョウの肝臓でしたよね。」
「あ、ああ…フォアグラに使われるガチョウは、開かせた口に多量の食料を直に注ぎこまれるんだ。少しでも大きな肝臓を取るために、ガチョウに無理矢理食べさせて肝臓を肥大させるんだと。」
「無理矢理?」
「ナワヤさんの言う通りだったと思います。確か…人間がガチョウの口を無理矢理開いて固定し、袋一杯の食料を飲ませている映像を何かの資料で見た事があります。」
タナカが話を切りだし、ナワヤが説明し、イケダが聞き返して、トマルが最後に補填する…少々の意見交換を終え、メンバー全員がフォアグラについて納得したところでキバヤシが再び話を始めた。
「このガチョウこそ、まさにフランスの未来さ。望まぬ行為を強要され、最後にはその身を滅し、美味なる物を後に残す…」
「それって…」
「『核を使ってまで戦う意味があるのか?』『自分の身を滅ぼすだけじゃないのか?』…こんな問題を考慮する必要はないのさ、すべてはフランスの為の行動にあらず!」
最後のフレーズ…これ以上の表現が他にあろうか?パリの図書館、ひとけの無い難解な資料の集まる本棚の裏側…そこにいる5人の頭の中にある一つの答えがはっきりと浮かび上がった。
「フランスは戦うのではなく、戦わされる…!?」
「…そうだ。」
しばらくの間、あたりを沈黙が支配した。
「…核兵器はおろか軍隊一つ動かすのにも国際連合をはじめ、様々な反発が生じるのが現在の世界状勢、そうだな?貿易制裁に不買運動、国際的イメージの低下…それに見合うだけの戦果をあげることは非常に難しく、大義名分なき戦争を引き起こすには我々が考えている以上の国力が必要なんだ。」
「単純に自国の利益だけを求めた戦争は、世界を敵に回すってことですか…」
「…だが戦争となれば莫大な金が動く。兵器の開発や購入はもちろんの事、世界を巡る貿易状態も激変する事になる。戦争は甘い蜜さ…血が流れれば流れるほど、何処かで誰かが甘い蜜をすっているんだよ!」
「その戦争をフランスを使って引き起こす?…しかし一体誰が?」
その言葉を聞いたキバヤシは話を続けながらメンバーに背を向け、彼らに諭すように語った。
「…考えて見ろ、フランスに戦争を起こさせて得をするのは一体何処の誰だと思う?」
「誰って…」
「ヨーロッパ…いやEUの力が失速するのを一番喜び、戦争が起こる事で自国の利益を拡大することができる国、核を使う段階になっても慌てることなく行動をとれる国…」
「…もしかしたら…!」
そのトマルの言葉に振り向き、彼の眼を見据えてキバヤシは言った。
「そうだ、アメリカだ。世界通貨であるドルを持ち、世界一の軍事力と経済力を持ち合わせたあの国さ。」
「確かに…単純に考えてもユーロの未来を抹消し、ドルを再び世界の中心にすえる事ができる。そこから生れる経済効果や工業製品のシェア拡大も間違いない。もしヨーロッパが核ミサイルを使用したとしても…」
「そうだ。イギリスやドイツ、ロシアとは根本的に置かれている状態が違う…発射されても到達時間の長さから考えて幾らでも対処ができるのさ、すでに大陸間弾道ミサイルへの対処法は完成しているはずだろうよ。」
「自らの手は汚さずに、ヨーロッパでも特に誇り高きフランスを使って戦争を引き起こす…そんなことが…」
「なんてこった…自国の利益の為に戦争を引き起こすってのか?」
「………」
目の前につきつけられた信じがたい事実。全員がそこから目を背けようとしていたが、キバヤシはひとり立ち向かって行くかのように喋り続けた。
「今ではもう栽培されていない…誇り高きフランスの民が自国の名を冠して賞賛したその果実。誇りなき政治家達を見かね、自国の誇りを取り戻そうとした軍部が立案した計画は、自国の名を冠したその果実から名前を取ってラ・フランス計画と称された。
しかし時が流れその果実はすでに自国では栽培されなくなってしまった…それが全てを物語るかのように、フランスはアメリカに誇りを抹消されアメリカの為にその身を捧げることになるんだよ!」「ラ・フランス…」
タナカが思わず呟いた単語、ラ・フランス…闇の中に包まれていたそのキーワードは、メンバーが思い描いていた最悪な結末を上回る形で彼らの前にその姿を現したのだった。
「アメリカンジョークにしては笑えないコードネームさ…!」
キバヤシの皮肉も図書館の静寂の中に消えていく…
「アメリカがフランスを操りヨーロッパ全土を巻き込む戦争を起こす…確かに恐ろしい可能性ですが、一体どのようにしてフランスを操るのでしょうか?」
「おそらく大統領や軍隊の司令官といった、権力を握っている人物を操るのが1番手っ取り早いのでは?ソ連のゴルバチョフ書記長のように操作する人物の替え玉を作り、本人と入れ替えるっていう話がありましたよね?」
「いくら何でもこのご時世に替え玉は…おそらくゴルバチョフの件が事実ならば世界各国のマークはより厳しくなっているはずです、実行および作戦遂行は無理でないでしょうか。」
「じゃあ、人格改造遺伝子を使えば…!」
「それが1番高度で簡単な方法ですけど…あのレジデント・オブ・サンですら未だつかみ切れていないその技術を使えるのならば、わざわざ一国を操らなくてもいいのでは?」
「確かに…全世界的に人間の遺伝子の解読が進んでいるとはいえ、スキなように操れるというのは少し無理がありますね。今の技術ではできて性格や能力の書き換え、病気の治療が関の山ですよ。」
「わざわざ遺伝子を書き換えさせるような隙をみせる最高権力者はいないか…」
ひとしきり熱い議論を交わしたメンバーだが、どれだけ推理を論じてもそれは机上の空論に過ぎない…というよりも決定的な結論が生れず自らの机の上ですら成り立っていない状態だった。
「くそっ、いくらフランス…ヨーロッパの危機が予測できても…」
「相手がどんな手段をとるか、これがわからなくては手の出しようがありません…」
「根拠の無い予測では公的機関には持ちこめないし…」
「確固たる理論立てをして助けを求めなくてはいけないのに…」
議論がトーンダウンした所で、今まで静観していたキバヤシがポツリと言った。
「…ひとつ、たったひとつだが真実に近づく方法がある。」
「え?」
「この時の為に仕掛けておいた最後の手段だ…出来れば使いたくは無かったが。」
そういってキバヤシはメンバー全員の顔を見まわした。ある程度のリスクを示唆したうえで彼らの意見を聞こうと思っていたのだが…
(いや、ここで迷っている場合じゃない。今は前に進むしかないんだ…!)
キバヤシは他のメンバーの誰よりも速く、前に進む事を決断した。
「イケダ、ジャンに連絡をとってくれ…いますぐ会えないか、と。」
「は、はい…」
すでに日は暮れかかり、近くを歩く人の顔にもほんのりと赤い影がさしてきていた。突然のキバヤシの指示に少々戸惑いながらも、イケダはジャンに連絡をとり図書館の入口にて…と約束を取り付けた。
(キバヤシ…ジャンを呼んで一体どうするつもりなんだ?)
図書館の入口でジャンを待ちながらふとそう思っていたナワヤの耳に、聞きなれたエンジン音とタイヤが砂利を蹴る音が聞こえてきた。数日前まで毎日のように見ていた車がメンバー達の前に到着し、外装フィルムが張ってあるドアが音を立ててゆっくりと開いた。
「やあ、イケダ!最近連絡がつかなくて心配してたんだ、一体何をやってたんだい?」
「………」
端から見れば異様な光景だったに違いない、親しそうに話しかけるフランス人にそれを警戒の眼差しで見つめる日本人5人。南国の観光地で同じような情景が見れるじゃないか、という人もいるだろうが日本人5人の警戒の度合いはそれの比ではなかった。
「ジャン、俺達がわざわざ君を呼び出した…これが一体何を意味しているのかわかるな?」
「…そういうことですか、ミスターキバヤシ。」
「ならば話は早い、ひとつ頼みたい事があるんだ。」
そこにいたのはあの人懐っこい笑顔を浮かべるジャンではなかった。しばし熟考の後、冷たい目を光らせながらジャンと呼ばれていた男は首を縦に振った。
「…わかりました。」
カフェで軽い夕食を終え、いつもなら搭乗までの時間をウィスキーを飲みながらゆったり待つのが彼の習慣だった。心を落ち着かせ少量のアルコールを摂取しておけば、長い空の旅を心地よい睡眠でやりすごし、目的地の上空で朝日を迎えられることができる。
…しかしこの日は違った。すでに記憶の片隅から消えようとしていたあの男が、もう一度会いたいと言ってきたのだ。さすがにこれを聞いたときには自らの耳を疑った、まさかあの男が私に接触を図るとは…もう一度目の前に現われるとは。
まさかそんな事が…?そう思いながらカフェを後にして向かったのは、いつも使っているバーではなく空港ロビーだった。緩やかな人の波をかいくぐって歩いて行くと、飛行機の離発着時間が書かれた電光掲示板が見えてきた…そこで辺りを少し見まわすと先ほど電話をかけてきたジャンが、その隣りにあの男が立っていた。
キバヤシという名の男が。
2人の距離はかなり離れていた。互いに相手の方を凝視しているもののそのあいだを絶え間無く人が通るので、互いの姿が現われては消え現われ消えていく…しかし2人ともそこにいる、という確かな存在感を感じていた。
「久し振りだな。」
互いにぶつけあう多大なプレッシャーを最初に跳ね除けたのはキバヤシだったが、男もその状況に少しも動じる事も無く言い放った。
「そうだな、キバヤシくん。」
男はそう言うと手ごろな場所を物色し始めた。ちょうど人気の少ない壁際にいくつか空席がある。
「幸い離陸までにはもうしばらくの余裕がある、勇気と知恵を兼ね備えた君達に最大限の敬意を評しよう…そこに座りたまえ、キバヤシくん、ナワヤくん、タナカくん、イケダくん、トマルくん。」
メンバーがひとしきり座ったのを見ると男は重い口調で言葉を発した。
「話を…聞こうじゃないか。」
「まず君達には謝罪せねばなるまいな、まさか再び会う事になろうとは…私の眼も曇ったものだ。」
「そんなことより…」
「ラ・フランスの謎についてか…そうだな、あれから君達がどういう手順でここまで辿り着いたのか、差支えが無い所だけで構わないから少々話してくれないか?君達がどこまで真実に近づいているのか、それがわからなければ質問にも答えようが無い。」
「ああ、そうだな…」
相変わらず騒がしい空港のロビーだが、男は目を閉じたままタナカの言葉を聞きつづけていた。
「そうか諸世紀か…こればっかりはどうにも防ぎようが無いな。しかし…」
「しかし…?」
「君達はラ・フランスの謎の核心を掴んでいない…そうだな?」
「…ああ。」
「擬装工作までして調査を進めている事を隠して来た君達が、それなりの危険を覚悟して私の前に現われた。そして聞きたいことがあると言われれば…君達が何を欲しているのかぐらいは見当がつく。」
そこまで言うと彼は天を仰いで大きく息を吐き、誰に言うとでもなく呟いた。
「…確かにかなりの所まで辿り着いているようだな。」
そして視線を再びメンバーの方向に下ろし、会話を仕切り直す。
「ならば話は速い、聞きたい事とは何かな?」
「ラ・フランス…それがアメリカに利益をもたらすといいますが、そこまでする必要があるんですか?」
「まずはそこからか。常識を兼ね備えた君達から考えれば確かに理不尽だろうが、世界には見えざる権力というものが存在する。全米ライフル協会がいい例、といえば理解してもらえるかな?」
「…そうだな。」
「?どういう事なんだキバヤシ?」
「アメリカではもうしばらく前から銃を規制しようと言う声が上がっている。頻発する銃乱射事件や凶悪犯罪の助長…確かに自警がアメリカという社会の慣行だが、行きすぎた現状に歯止めをかけようという声はかなり大きくなっているんだ。」
男はナワヤの質問に答えるキバヤシの話を興味深そうに聞いていたのだが、ある程度聞いたところでキバヤシから話を引き継ぎさらに続けた。
「だが銃規制は遅々として進まない…立法する立場の政治家達は、圧倒的な資本を握っている全米ライフル協会を無視するわけにはいかないのだ。巨大な人口・国土をフォローしながら相手候補のスキャンダルを喧伝する…とてつもない規模の資金と支持基盤を求められる、アメリカの選挙ゆえにな。」
「それが見えざる権力…」
「あくまでこれは一例だ…軍産複合体というのを聞いたことがあるか?」
「!!」
「軍産複合体…!」
すでに予想がついていたキバヤシはその言葉を平然と聞いていたのだが、メンバーは男の言葉が指し示す所をようやく理解したらしく皆顔色を変えた。男はそれを見てある程度の満足をしたらしく、軽快に話を続けて行く。
「ある程度は知っているようだな。軍産複合体…軍と産業界が互いに結びついた体制だ。」
「軍が新技術の開発費を産業界に与え、生まれた新技術を最先端の兵器として戦場に導入する…」
「いい解説だ、トマル君。今現在我々が使っている近代的な技術は、先人達の命の削り合いから生まれたものなのだよ。新しい技術は命をかけたやり取りの中でしか生まれない…人の命を奪い、人から命を守るためにその能力の全てを発揮する…人間はその繰り返しで歴史を作ってきたのだ。」
彼の口から語られる重い重い人間の業。ともすれば空港の雑踏の中に消えてしまいそうな7人の姿だが、そこには周りの人間が思っているよりも遥かに激しい感情のぶつけ合いが存在していた。
「彼らは東西冷戦時代の旨みを未だに忘れる事が出来ないのだ。ソ連という強大な敵がいたからこそ軍部に莫大な資金が流れこみ、新技術が生まれ産業界が潤った…ベトナム戦争の時も、中東戦争の時も、彼らは戦争をダシに自らの懐を暖めたのだからな。」
(…彼らだと…?)
「いくら潤っても世界が破滅するようでは何の意味もない…彼らもさすがに全面核戦争を起こすような真似はしないだろうが、世界が再び緊張に包まれるのはまず間違いない。」
「………」
「代わりと言ってはなんだが、画期的な新技術が君達の前に姿を現すだろう。おそらく情報ネットワークを活かした新技術ではないか、と私はふんでいるのだが…」
「そんなことはどうでもいい!こっちにゃまだまだ聞きたいことがあるんだ、くだらない冗談はトイレの中とまずい飯だけにしてくれ!」
「…これは失礼した、次の質問をお願いしよう。先程の質問の際のキバヤシ君の態度からして、君達が求めている真実はこんな事では無いだろう?」
「つまりこれは核心じゃない…と思っているわけだな?」
ふと、今まで黙っていたキバヤシがアプローチを試みた。しかし男はその追求にも全く表情を崩さず、いとも簡単にそれを受け流した。
「…キバヤシくん、妙な揺さぶりをかけるのはやめたまえ。」
「会話にはジョークとウィットが必要だろう?」
「それは次の質問と理解していいのかな?」
キバヤシが揺さぶれば男が返す…軽い会話の中にも、相手の手の内を探ろうという思惑がみてとれるようなやり取りだった。そんな中、言葉が途切れたタイミングを見計らって再びタナカが質問を投げかける。
「一体どうやって欧州の歴史ある一国を…意のままに操れるのですか?」
「残念だがその質問は筋違いだ…そこまでは如何に私であっても答えることは出来ない。」
「え?」
「答えられない?」
「お前は計画の中心人物じゃなかったのか?」
「君達は肝心な所が分かっていないようだな。私はアメリカの人間などでは無い、ましてや軍産複合体などもっての他だ。キバヤシくんは薄々感づいていたのだろう?」
そう言って狼狽するメンバーを一瞥し、男はひとり冷静なキバヤシの顔をまじまじと見つめた。
「ああ…元々計画の中心人物ならば、俺達を試すような真似はしないさ…それにさっき軍産複合体の事を“彼ら”と呼び、タナカの質問に“筋違い”と答えただろう?」
「今の段階では君達の邪魔はしない…むしろ助けてあげようかと思っているくらいだ。」
「…それは一体どういう意味だ?」
「私の求める物と君達の求める物が同じであれば、協力してもよいということだよ。」
「御名答だ。」
「だが断わり方を誤ったな。嘘をつくならば『知らない』と言えばいいものを、わざわざ『答えることは出来ない』とはな。知ってはいるが答えるつもりがない…そうじゃないのか?」
「確かにそうだな。」
自分の言葉から出たわずかなほころびを突き詰められたはずなのだが、男は全く動ぜず逆にわずかな笑みすら浮かべキバヤシの次の言葉を待った。
「質問を変えよう。お前は真実を知っている、しかし我々にそれを教えるつもりが無い…何故だ?」
「すでに計画は動き出している、これ以上の干渉は無意味以外の何物でもない。」
「計画のどこまで把握している?」
「全てでは無い。彼らの目的・手段はわかっても計画の細部まではわからない。」
「これからどうするつもりだ?」
「快適な空の旅を楽しもうと思っている。」
「………」
ちょうどキバヤシが沈黙したところでロビーに放送が響き渡った。
「…時間だ。」
男はそれを最後まで聞き、大きな溜息をついておもむろに立ちあがった。
「搭乗前にリラックスする時間が潰されたが、これはこれで有意義だった。MMRRのメンバー諸君、君達の期待に添えない所があったが許してくれたまえ。」
「…最後にひとつ聞かせてくれ。」
「手短に頼むよ。」
「目的はなんだ?一体何のために行動している?」
MMRRのメンバーに背を向けたまましばし沈黙した後、男は雑踏に消え入りそうな声で呟いた。確かに消え入りそうな声だったのだが、不思議とメンバー全員の耳にはっきりと届いていた。
「世界の秩序のためさ。」
「???」
「君達が真実を追いかけていけば、この言葉の意味がいずれわかるだろう。またいつか世界の何処かで会える日を楽しみにしているよ、MMRRの諸君。」
そういうと男は一度振りかえり、トマル、イケダ、タナカ、ナワヤ…そしてキバヤシと順番に目を合わせメンバー全員に諭すように言った。
「『時代は英雄を求めている』…これが私から送る最後のプレゼントだ。」
言い終わるか終わらないかのところで男は歩みを進め、人々で溢れかえる空港のロビーの中に消えていった。空港が混んでいるからか男の姿は一瞬で見えなくなり、眼に映るのは何もなかったように行き来する人々だけとなった。
「英雄…?」
「プレゼントって…どういう意味でしょうか?」
「さぁ…」
あまりにも唐突で一瞬の出来事だった為、メンバーの頭には何かボンヤリとしたイメージが残ったままだった。男の去っていった空港ロビーを見つめたまま、呆然としているメンバーを制したのは…
「さてと、メシにしようぜ!」
腹を空かせたナワヤだった。
「そうだな、いつまでもこの空港にいても仕方が無い。とりあえず街へ戻ってレストランに行こう、難しい話はそれからでも遅くはない。」
「御待ちしておりました。」
「ジャン…でいいのかな?」
「もうその名で呼ぶ必要はありません…私はもうジャンでは無いのですから。」
ここは空港の駐車場。いままでジャンと呼ばれていた男が、MMRRのメンバーを待っていたのだった。彼はイケダの方に向き直り、一礼してからイケダに謝罪の意志を表明した。
「イケダさん、あなたの友人のジャンは今頃南国のリゾート地で命の洗濯をしている頃です。ちょうど都合が良かったもので、あなたの御友達を利用させてもらったのです…どうかジャン本人を恨まないようにお願いします。」
「じゃあ…」
「ええ、いままでの事はすべてジャンに変装した私がやったことなのです。」
「そ、そうなんですか…?」
「依頼人が特に禁止しなければ、相手に自らの正体を明かすのが私のポリシーです。おそらく私がここであなた達に正体を明かしても、何ら不都合は無いでしょう。」
「今度我々の前に現われるときはもう少し手加減してくれないか?」
「考えておきましょう。では、皆様ごきげんよう…」
礼儀正しい挨拶を終え、きびすを返して駐車場から歩いて去っていく元ジャンの後姿を見ながら、
「まるでクローンですよ、親友の僕でも全く分からなかった…」
そう言ったイケダの言葉を聞いたキバヤシの頭の中に、幾つかのキーワードが浮かびそして結びつく…あるひとつの仮説が導き出され、閃きとして脳内を駆け巡る。
「そうか…そういうことか!」
「どうしたんですか、キバヤシさん!?」
「わかったぞ…!」
最後のピースが埋められた!
キバヤシの口から語られるラ・フランスの謎とは?
22 ナポレオン…
「確かにコミックス第2巻でナポレオンの登場を予言した詩と紹介しました。しかしそうつっこむ前にもう少し御待ちになって下さい、ちゃんとした結末を用意しますんで。」
24 ラ・フランス…
「ごめんなさいごめんなさい、集中力が続きません。少し無理矢理だし適当だし説明不足でしょうがお許しを!事実関係もウラとって無いしますます壊れて来たぁぁぁっ!」
今回使用した画像、協力ありがとうございます!