第4話 | 読者からの提言 | 第9話 | キバヤシの提案 |
第5話 | フランスの地で | 第10話 | 壁と戦いて |
第6話 | 洋梨は洋梨ではなく | 第11話 | 壁を知ったうえで |
第7話 | 見えぬ光明 | 第12話 | 引き際 |
第8話 | 食卓の上で | 第13話 | 5人の決断 |
「…なあトマルよ、ここはどこだ?」
「なに言ってるんですかナワヤさん、飛行機の中じゃないですか。」
「そんなことは聞いていない、なんで俺たちが飛行機の中にいるのかって聞いてるんだ!」
「キバヤシさんが言ってたじゃないですか、今回はまずフランスに飛ぶって。」
トマルの言う通りここは高度一万メートル、フランス行きの飛行機の中。飛行機の出発前から膨れっ面だったナワヤのイライラは天国に最も近い場所に来ても変わる事はなかった。ナワヤがここまでイライラしている原因は出発前のキバヤシの説明にあった。
「…フランス?」
空港へ向かう車の中でナワヤはすっとんきょうな声をあげた。
「そうだ、今回の調査はまずフランスに行かなくては始まらない。」
「いや、そうじゃなくてさっきお前なんて言ったんだ?」
「?読者からの手紙の事か?」
「そ、そうだ手紙だよ手紙。」
キバヤシは怪訝そうなナワヤの顔を見て不思議そうな顔をした。
「言っただろ、缶詰君からの手紙にあった『ラ・フランスは何でラ・フランスなんですか?』という質問。これについて調べるから今から飛行機に乗ってフランスに行こう、といっているんだ。」
「ちょっと待てキバヤシ…」
「なんだ?」
「ってことは何か?今から俺達はフランスへ行ってラ・フランスの事をしらべるって言うのか?」
「そうだが?」
「おいトマル!お前はこの説明に納得できたのか?」
イライラが頂点に達したのか、ナワヤはトマルの襟首をつかんで激しく振り回す。あまりの激しさに周りの乗客がみなナワヤを凝視しているが、ナワヤはそれに気付かずトマルを振り回し続ける。
「や、やめてくださいナワヤさん!キバヤシさんにも何か考えがあって…ウワッ!」
「何が考えだ!ラ・フランスってのは要するに洋梨のことじゃねえか!わざわざフランスに行く必要がどこにあるか説明してみやがれってんだ!」
さすがにこの騒ぎを見かねてか、少し離れた座席でアイマスクをつけたキバヤシにタナカとイケダが話しかける。
「ナワヤさんにも説明しておいた方がいいんじゃないですか?」
「いや、ナワヤぐらいは俺に噛み付いてくれないと。俺の考えも完全に正しいとはいえないからな、反対の視点から物事を見るというのも大切だよ。」
「でも…」
「お前達も寝ておけ、今回の取材も何が起こるかわからないからな。」
「いや…そうじゃなくて…」
ナワヤさんが暴れると他の客に迷惑なんじゃないか?という言葉を言いかけてイケダも席に戻る。
「ま…いいか。」
「コラァ!トマル!何とか言いやがれ!」
上空一万メートル、ナワヤの絶叫が天国にこだました。
「これがあの凱旋門か!」
青く晴れ渡ったフランスの空に映える凱旋門を見上げながらタナカが言う。
「やっぱりヨーロッパは違いますね!」
飛行機の中でナワヤに散々な目に合わされたトマルも感慨にふけっている。
「我々もいままで色々な国に調査に行ってきたが、やはりヨーロッパという地域には独特な空気を感じるな。なんというか…やはり歴史の重みというやつかな?」
「何といってもアメリカとは歴史が千年以上も違いますからね、キバヤシさん。」
「そうだな…」
長い飛行機の旅を終え、フランスに到着したMMRRはそのまま休むまもなく凱旋門前にやってきていた。美しい町並みを見ながら皆が想い想いの感想を口にしている中、一人不機嫌なナワヤは凱旋門を前にキバヤシに毒づく。
「おい…キバヤシよ。長い飛行機が終わったと思ったらさっそく観光か?」
「ナワヤ、そんなに気を悪くしないでくれ。実はな…」
「ボンジュール、MMRRの皆さん!」
喋りだそうとしたキバヤシを制するように、遠くから男の大きな声が広場に響きわたる。
「ああ、来てくれましたか!」
「イケダ!ひさしぶり!」
金髪で大柄、ひとなつっこそうな笑顔を満面に広げたその男は遠くからイケダを見つけると小走りで駆け寄ってきてイケダ、MMRRのメンバー全員に挨拶をした。
「あなたがイケダの友人、ジャンさんですね?」
「ハイ!イケダとは彼がアメリカにいた頃にチャーリーの紹介で知り合いました。それはそうと、あなたがMMRRのリーダーのキバヤシですか?」
「すまない、自己紹介がまだだったな。私がMMRRのリーダー、キバヤシだ。そしてこちらにいるのが他のメンバーで頼もしい仲間、ナワヤ、タナカ、トマルだ。これからお世話になる、よろしく。」
キバヤシから紹介されたジャンはそれぞれのメンバーと握手を交わす。ふてくされているナワヤもしょうがなく、といった顔で握手をする。それを気にも止めずにジャンは口を開いた。
「ところでイケダ、キバヤシ…今回は一体フランスに何の用で?」
「それは…」
「ラ・フランスだよ!今回は読者さまの要望でラ・フランスについて調べに来たんだ!」
ナワヤがキバヤシよりも速く、皮肉たっぷりに叫んだ。
「…!」
途端にジャンの顔が曇る。キバヤシも何か思い当たる所があるのか顔を曇らせた。
「…?どうしたんだよ2人とも。」
あまり予想のしなかった反応にナワヤも少々戸惑う。
「やっぱり…イケダから電話でMMRRの話を聞いたときにもしや、とは思いましたが…」
「そうなんだ。今回はこのラ・フランスについて調査することになった。」
「???…一体どうしたんだ?たかがラ・フランス、ようするに洋梨のことだろう?」
重い空気の中、ジャンが再び口を開いた…
「皆さんの知っている通り、ラ・フランスは洋梨の一般呼称です。」
ナワヤは当たり前じゃないか、と言いたい気持ちを抑えてジャンの話を聞きつづける。
「しかし、少しばかり前から我々一部のマスコミの間では何か洋梨とは別の、ある恐ろしい計画のキーワードではないか?…という噂がまことしやかに囁かれているんです。」
「ある恐ろしい計画…?」
途端に全員の目つきが豹変する。
「はい。あくまで噂ですが…」
「それは一体どんな計画なんだ、ジャン?」
ジャンと再開を分かち合っていたイケダも深刻な目つき・口調で聞き返す。しかしジャンはイケダからすまなそうに目をそらし、呟いた。イケダだけにではなく全員に聞こえていたので呟く、というよりは語るという形だったが。
「イケダ…すみません、私も噂を直接耳にしたわけではないので詳しくは知らないのです。一体どんな計画か、どこまで進んでいるのか、はたして誰が進めているのか…みな我々一介のマスコミには触れる事もできない闇の中にあるのかもしれません…」
あまりの情報の少なさにさすがのタナカとトマルも気落ちした様子だったが、そんな中キバヤシが口を開いた。
「みんな、聞いてくれ…これはあくまで俺の勘なんだが、バックに何か強大な権力の存在を感じるんだ。何か世界の流れを自在に操るような、そんな恐ろしい権力の存在を…」
キバヤシの台詞にはどこかリアリティーがあった。それは今までMMRのリーダーとして幾度となく、闇の権力の陰謀を追っていた経験から来ているということは、その場にいる全員に容易に想像できたが、みな心のどこかで無意識のうちにキバヤシの勘がはずれる事を願っていた。
「でも、とにかくフランスまで来たんですから何か少しでもいいから手掛かりを見つけましょう!」
「キバヤシよ、タナカの言う通りだ。せっかくここまで来たんだ、手ぶらじゃ帰れないぜ!」
「いま、我々に与えられた手掛かりはラ・フランスという単語たったひとつ。あまりにも少なく、あまりにも頼りないキーワードだ。しかし、逆にいえば全てはラ・フランスという言葉にあるということだ。」
「キバヤシさん…」
「何も今回に限った事じゃない、いつだって我々MMRRの前には困難ばかりだった。たったひとつの手掛かりしかなくても我々は真実をつきとめなくてはいけない、そうだな!?」
そのキバヤシの言葉に全員ハッと顔をあげる。
「そうだな…何も今回が特別ってわけじゃないな。」
「じゃあ、まずはラ・フランスの名前の由来を調べに行きましょう!キバヤシさん!」
トマルの言葉に深くうなずき、頭の中で十分噛み締めて再びキバヤシが口を開く。
「ああ、ジャンのつてでパリ大学の権威にアポをとってある。いまからすぐに行くぞ、いいな!」
ジャン、そしてキバヤシたちを乗せた車が西へと動き出す。
「…で、君たちはラ・フランスについて知りたいというのだな?」
ここはパリ大学フランセーヌ教授の研究室。互いに簡単な自己紹介を終え、今回のフランス取材について一通り説明した所で教授がきりだした。
「はい、それで教授…」
「みなまでいうな、君達がわざわざ私を尋ねてくる事から考えて質問の内容は大体想像がつく。君たちが聞きたいことが、果物のラ・フランスではないのも私にはわかっている。あの、ラ・フランスのことであろう…?」
「…はい。」
すると教授はやはり、という顔を見せ残念そうな口調で話を続けた。
「残念だがその言葉が一体何を示しているのか、私にも今のところはっきりとは分からない。唯一君たちに教えられる手掛かりがない事もないのだが…」
手掛かり、という言葉を聞いて反応するMMRRのメンバーを確認するような眼差しで教授は話を続ける。
「モルディブだよ。君たちがラ・フランスというキーワードを知っているのと同様に、私達学者のところにはどこからかモルディブというキーワードが聞こえてくるのだ。」
「モルディブ?それは…」
「ご存知の通りインド洋に浮かぶ島の名前だよ、一般的にはな。しかし、このモルディブという言葉がキーワードとして一体何を示唆するものなのか私には分からない。」
そう言いながら、教授は研究室の窓に近づきそこから外の景色を見下ろした。MMRRのメンバーとジャンに背中を向けたまま、フランセーヌ教授は再び口を開いた。
「ただ…」
「ただ?」
「ラ・フランス、モルディブ…真実に近づこうとする者には不幸が訪れるという話も聞いたことがある。もし君達が調査を続けるならば気をつけたまえ、何が待ち構えているかわからんからな。」
「教授、今日は大切な時間をどうもありがとうございました。」
メンバーそれぞれフランセーヌ教授に礼を告げ研究室を後にする中、キバヤシはドアの所で一度立ち止まり振りかえって研究室の中をチラリと見る。
「………」
研究室のドアで立ち止まっているキバヤシに気がついたナワヤが声をかける。
「どうしたキバヤシ?行くぞ!」
「あ、ああ…」
「しかし、今の時点での手掛かりがラ・フランスとモルディブか…」
一通りの取材を終えてパリ市街を歩くMMRRのメンバー。すでに日は暮れかけ、街を歩く人の足も心なしか急ぎ足に見える…そんな中あまりの収穫の少なさにイケダが溜息をついた。
「おいおい…そんなに考えても無駄だって、とりあえず夕飯に行こうぜ!」
「そうですね、確かにお腹も空きましたし。」
思いがけずナワヤの一言が全員の緊張を一気にほぐしたせいか、あちこちからお腹のなる音が聞こえてくる。
「フランス料理か…いいですね、行きましょうよキバヤシさん!」
「あ、ああ…そうだな。」
メンバーが意気投合してレストランを探す中、夕暮れをバックにキバヤシはひとりうつむいたままだった…
「さすが本場だな、ワインが美味いぜ!」
ここはパリ中心街、一流レストランではないにしても小奇麗な作りと親切な接客、そしてなによりも味がいい。思わずナワヤが感想を口に出してしまうほどであった。
「ナワヤさん…みっともないからあんまり騒がないで下さい。」
そうナワヤを注意していても、当のタナカの目は怒っていない。他のメンバーも今日1日の疲れを十分に癒すことができたので、大学を出てからこのレストランに入るまでの重苦しい雰囲気がまるで嘘のようだった………キバヤシを除いては。
「…キバヤシさん…」
そう、キバヤシだけは大学を出てからもずっと考え込んでいたのだった。
「キバヤシさん、あんまり考えても疲れるだけですよ。」
「キバヤシ…トマルの言う通りだ。前にも言ったが考える時に考えて食べる時に食べる、それが講談社編集者の基本だぜ?」
「…あ、ああ…」
そう言ってキバヤシはやっと料理に手をつけ始めた。しかし、そんなキバヤシの様子を見てイケダが呟いた。
「しかし…ラ・フランスとモルディブ、これは一体何を示しているんでしょうか?」
「おいおいイケダ…」
「不思議ですよね。マスコミには噂としてその存在が広く知れ渡っているのに、パリ大学の教授にも全く分かっていない秘密…それは一体何なんでしょうか。」
「しょうがないな…せっかく仕事から開放されたと思ったのに。」
食事を終え満腹になったナワヤが、あくびをしながらイケダに向かって軽い嫌味を言った。しかしイケダはそんなナワヤの言葉を聞き流して話を続ける。
「そもそもその秘密とは一体なんなのか、その秘密とあのキーワードはどういう接点があるのか、その秘密に誰が関わっているのか…まだ僕達には何もわかっていない…」
「…確かに。」
「わざわざフランスまで来て収穫がフランス料理だけなんて…」
「何言ってんだよトマル!」
あまりにも弱気なトマルをみかねたナワヤが一喝する。
「ナ、ナワヤさん…」
「これぐらいの料理なら日本でも食える!そういう事は本場のフォアグラでも食べてから言え!」
途端にテーブルの空気が凍りつく。
「ナワヤさん…それは違うんじゃ…」
「何が?」
(フォアグラか…一度食べてみたいものだな…)
すっとぼけたナワヤの発言に突っ込みをいれるタナカ。キバヤシはその一部始終を見ながらふと、どうでもいいことを頭に浮かべた。
「俺が何か間違ったことを言ったか?フォアグラは世界三大珍味のひとつだぞ?」
「いや、だから…」
(フォアグラ…?)
ナワヤとタナカの話を聞いていたキバヤシが、突然席を立ちテーブルに乗り出した。
「ナワヤ!フォアグラって一体どんな料理だ!?」
「え?キバヤシも食べたいのか?」
「詳しく教えてくれナワヤ!」
「…っていう料理だ。どうだ?食べたくなっただろ?」
「そうか…もしかしたら…」
キバヤシの顔つきが変わる。キバヤシの目つきが変わる。そして…
「なに?調べたい事があるだって?」
「ああ、どうしても調べておきたいことがあるんだ。」
それはあまりにも唐突で、しばらくナワヤ達は事態を飲み込むことができず沈黙することしかできなかった。それもそのはず、キバヤシが「調べたいことがある、少し単独行動させてくれ」といったのだ。
「ちょっと待って下さい、いきなり単独行動させて欲しいと言われても訳が分かりませんよ。キバヤシさん、もう少し説明を…」
「説明と言われてもこれはおれの直感なんだ、確信もない。手掛かりも少ない、データもまったくない、まだ仮説に過ぎないんだが…」
「行ってこいよ、キバヤシ!」
自信のなさそうなキバヤシの言葉を制してナワヤが言った。
「ナワヤ…?」
「お前の仮説が何かは俺にはわからない、しかしお前が今までどんな調査をしてきたかは俺が1番よく知っている。行ってこいよ!俺達は俺達で調査を続ける!」
そう言ってナワヤは他のメンバーであるタナカやイケダ、トマルをみまわした。皆最初は状況が飲み込めず困惑した様子だったが、すぐに目の輝きを取り戻す。
「そうですよ!任せておいてください!」
「何とか手掛かりをつかんでみせます!」
椅子から立ちあがった二人を見上げるキバヤシ。
「イケダ…トマル…」
「きまりですね、キバヤシさん。こっちは僕らに任せて下さい!」
「タナカ…ありがとう、俺のわがままを聞いてくれて…」
こみあげるものをこらえ、キバヤシも椅子から立ちあがってそれぞれのメンバーを見回す。
「キバヤシ!手ぶらで返ってきたら許さねぇぞ!」
「ああ!まかせておけ!」
「MMRR、か。どこまで真実に近づけるか、もう少し見守ってみるとするか…」
男は盗聴機のスイッチを切り、飲みかけのコーヒーを片手にカーテンを開き空を見上げた。
空には雲ひとつなく、わずかにかけた月が夜のフランスを静かに照らしていた…
「月は美しい…」
「ナワヤさん、ちゃんと調べてくださいよ!」
「駄目ですよタナカさん、あんまり大きい声を出したら。」
翌日。キバヤシを見送り、ナワヤを臨時のリーダーに据えたMMRRはパリ図書館を訪れていた。もちろんラ・フランスとモルディブについて調べるためだが、イケダの友人であり案内役兼通訳のジャンが今日1日忙しいため他の取材先がないというのが事実だった。
「ちゃんと調べてるって、あんまりカッカするなよタナカ。」
とは言っているものの、ナワヤの言葉がウソであることは少しみれば誰にでもわかる勤務態度であった。あまりの情けなさにトマルが呟いた…
「キバヤシさんを送り出したのは、サボるためだったんじゃ…?」
「そうかも…」
「聞こえてるぞトマル!」
「ふう、めぼしい情報は見つからない…か。」
すでに日も暮れかけ、さっきまであれだけ混んでいた館内もすっかり静かになっていた。しかし静かになっているのは何も人数の少なさだけが原因ではない…ラ・フランスの謎を追うための手掛かりがまったく見つかっていなかったのだ。
「僕もです…イケダさん、そっちはどうですか?」
生気のないトマルの声を聞き、イケダはゆっくりと首を横に振る。
「手掛かりという手掛かりはほとんどありません。どれをみても洋梨のことばかり、こんなデータ幾つあっても役に立たないと思います。」
「そうか…」
彼らの前に立ちはだかるラ・フランスの謎という大きな壁。丸1日かけてもその実態はおろか手掛かりすらも依然掴めない、大きな大きな壁が今まさに…
「いいんじゃねーの?」
その時ナワヤが口を開いた。
「元々取材の予定が取れなくてここに来たんだし、最初っから俺は今日の調査で何か核心に迫れる手掛かりが見つかるとは思ってないぜ。」
「…ナワヤさん、それは今日の仕事を始めから無意味だといっているんですか…?」
それでなくても手掛かりが見つからなくてイライラしているメンバー達。そこにタイミングが悪いことにナワヤのこの発言である、立ちあがったタナカの言葉の節々にどことなく怒りが感じられた。
「おいおい、何も俺はそんな極端な話をしてるんじゃない。だからタナカ、すこし落ちつけって。核心にいきなり迫れるなら苦労はしないさ、今の俺達が本当に必要としているのは回り道なんだ。洋梨のラ・フランスについて調べておくのもいいかもしれないぜ?」
「…確かに。今の時点で何が手掛かりかまったくわかっていないということは、逆を言えば何が手掛かりになるかわからないってことか…」
イケダの考えにトマルも気付き、おもわず口を開く。
「そうですよ!ラ・フランスっていう名前には必ず何か意味があるはずです!もしかしたら今日集めたなんでもないデータから突破口が見つかるかもしれません!あきらめないで頑張りましょう!」
イケダにトマル、二人の言葉を聞くうちにさすがにタナカも自分の言動を反省しナワヤに謝った。
「…すみません、ついカッとなって…」
「いや、いいってことよ」
頃合を見計らってイケダがみんなに声をかける。
「じゃあ、今日の調査はこれくらいにして食事に行きましょうか!」
「いいねぇイケダ!待ってました!」
「フフフ…今日1日サボってた事を上手くごまかせたぜ…」
ナワヤの呟きが、図書館の静けさの中に消えていく…
「ラ・フランス、か…これはまた厄介な取材を請けちまったもんだ。」
「知っているんですね?ラ・フランスについて。」
タナカが問いかける。
「…知らない奴はいないさ、この世界じゃな。」
男はそういうと椅子を回転させ、タナカ達に背を向けた。
「教えて下さい、あなたのつかんでいる情報を。」
「………」
「どんな些細なことでもいいんです、教えて下さい!」
「お前達のように興味本位で動く人間が知っちゃいけないことが、この世の中には存在する。」
「しかし…!」
「いいか、これはお前達のために言っているんだ。素直に受け入れたほうが身のためだぞ?」
図書館での調査を終え、メンバーは今日もレストランでの夕食を楽しんでいた。
「いや、やっぱり働いた後の飯は美味いねぇ!」
「働いてないのに…」
「いやぁ、遠路はるばるフランスまで来た甲斐があったってもんだ!」
「だから…」
「ん?何かいったかな、トマル君?」
「いや、何でもないです…」
レストランの食卓で相変わらずの掛け合いをする二人。そんないつもと変わらない光景を何気なく見つめながら食事を味わうイケダとタナカ。しばらくボンヤリとナワヤ達を眺めていたタナカは、きりのいい所で食事の手を止め口を開いた。
「みんな聞いて下さい。ここフランスに来てもう二日間、明日で三日目になるというのに僕達はラ・フランスの謎についていまだ有力な情報をつかんでいない。」
「…」
さっきまでの喧騒が嘘のように食卓は静まり返る。それを十分に感じてタナカが再び喋り出す。
「確かに今日の調査はそれなりに実がありました…でもこのまま公共機関や一般人へのアプローチを続けていても今日以上の成果は無いと思います。」
「…他の調査先があるって言うのか、タナカ?」
「はい。」
少し嫌味がかったナワヤの疑問に対して、タナカはあくまで毅然とした態度で返答した。
「…軍?」
「はい、軍です。」
タナカの話があまりにも突拍子がなかったもので、彼の提案を理解するまでに皆しばしの時間を要した。タナカが軍にアプローチを試みよう、と提案したのだ。
「軍って…タナカ、なんてなんかツテでもあるのか?」
「はい、明日朝一番で元フランス海軍の軍人の所に取材に行こうと思います。心配しないで下さい、ジャンを通じてすでにアポは取ってあります。」
狼狽するナワヤを尻目にイケダが口を開く。
「そうですね。もしラ・フランスという言葉が何か大きな陰謀のキーワードだとすれば、何らかの形で軍に情報が入ってきていてもおかしくない…ということですね。」
「それが良きにしろ悪きにしろ…か、きまりですね。」
「イケダ、トマル…!」
そして翌日、4人は元フランス海軍の軍人の家を訪ねる事になる…
「応接間って…これが?」
翌日タナカの提案通り、元海軍の軍人だという男の家を訪ねてきたMMRRのメンバー。入り口で待っていた執事らしき男に導かれメンバーが通されたのは、窓がなくコンクリートで四方を固められ、鉄製のドアで仕切られた部屋だった。
「仕方ないさ、向こうにも事情があるんだから。」
照明も部屋の奥のほうにボンヤリと光っているランプの炎のみ。1番はじめに部屋に入ったタナカが1番最後に部屋に入ったトマルのほうを向いても、トマルがどこにいるかわからないくらいの暗さである。
「で、こんなところに招いた本人はまだ来てないのか?」
「そうですね、まだみたいですけど…」
「まったく、客を家に呼んでおいて待たせるとは一体どういうことなんだ?」
本人がいないのをいいことにナワヤが好き放題グチをこぼす。
「ナワヤさん…よく見てください、ランプの右側を。」
「え?」
イケダに言われた通りナワヤはランプの右側に目を凝らす、がそこにはただ黒い影が見えるだけ。
「なにも見えないぞ?………ん?」
ふと、小さな影がゆれたような気がした。ランプの炎の揺れではない、他の何かが動いた…?ナワヤの心にそんな疑問が浮かぶ…そして目が少しずつ暗闇に慣れ、だんだんと不自然な影が浮かんでくる。
「…人、か!?」
そう、それはまぎれもなく人だった。ユラユラと揺れるランプの光の中にボンヤリと浮かぶ影…
「MMRRの諸君、よくきてくれた。」
ナワヤの言葉が終わると同時にその影が立ちあがり、歓迎の言葉を投げかけた。太く威圧感のある声、大きくがっしりとした体。影のように見えたのはおそらく黒い服に体を包んでいるからだろう。目が慣れたとはいえ薄暗いこの部屋、その男の大きな影はメンバーにある種の恐怖を感じさせるのに十分だった。
「ラ・フランス、か…これはまた厄介な取材を請けちまったもんだ。」
「知っているんですね?ラ・フランスについて。」
「…知らない奴はいないさ、この世界じゃな。」
男はそういうと椅子を回転させ、タナカ達に背を向けた。
「教えて下さい、あなたのつかんでいる情報を。」
「………」
「どんな些細なことでもいいんです、教えて下さい!」
「お前達のように興味本位で動く人間が知っちゃいけないことが、この世の中には存在する。」
「しかし…!」
「いいか、これはお前達のために言っているんだ。素直に受け入れたほうが身のためだぞ?」
メンバーに背を向けているはずなのに、男の声は部屋の中で異様なほどに響き、メンバーの心を揺さぶった。薄暗く貧弱なランプの明かり、異様に狭く思えるコンクリート作りの部屋、男の大きな影と威圧感のある声…全てが真実を求める男たちを後ずさりさせるほどだった。
「これだけは教えておこう、お前達が思っているほどラ・フランスという言葉は軽くない。俺がお前達に情報を与える事は実にたやすい、しかし真実に近づけばお前たちは必ず後悔する。それだけの覚悟がお前達にあるのか?」
「…それは…」
重すぎるプレッシャーを受けながらも、何とか口を開いて答えようとしたタナカの言葉を聞くか聞かないか、のところで男が再び口を開く。
「口ではなんとでも言える。お前達の覚悟を試してやろう。」
「試す?」
そういうと男は椅子から立ち上がり、部屋の奥へと歩きだした。それほど部屋が広くなかったためか、すぐに足音が聞こえなくなったのだが、かわりに鉄が擦れ合う音…そう、鉄製のドアが開く音が聞こえてきた。
「隣りの部屋でこれから30分、お前達を待ってやる。覚悟ができたらこのドアを開き隣の部屋にやってこい。…もちろん覚悟が出来なければここで帰ってもいい、それもひとつの答えだ。俺はどちらも勧めない、お前たちで決めろ。」
重い音が部屋の中に響きわたり、ドアは再び閉められた。部屋の中を心もとないランプの火が照らす…
「やはりそうか…思った通りだ…!」
分厚い本を閉じ、奥の棚にそれをしまいこむ…その体勢のまま、キバヤシは誰に言うとでもなく呟いた。
「しかし、まさかここまでとは…」
キバヤシはしばらく目線を棚にむけ考え込んでいたが、くるりときびすを返して足早に部屋を出ていった。
「いそごう、まだ飛行機の席が空いているはずだ…!」
タクシーを飛ばし空港に辿り着き、幸運にも残っていたフランス行きの飛行機の搭乗手続きを済ませ、キバヤシは飛行機の離陸までの待ち時間にロビーで一息ついていた。
ゆったりと椅子に腰掛けて何気なく辺りを見回すと、実に色々な人々が視界に入ってくる。海外旅行を楽しむご老人夫婦、世界をまたにかけるビジネスマン、家族旅行に向かう一家…それぞれがそれぞれの目的を持って飛行機の離陸を待っている、キバヤシはそんなロビーの風景が好きだった。
「キバヤシくん、だな?」
突然背後から声が聞こえてきた。聞こえてきた声の近さから考えて、おそらく背中合わせの椅子に座っている男のものだと思われる。
「…!?」
「別に君をどうこうするつもりはない、私はただ君と話がしたいのだけなのだ。幸い君が手続きしたフランス行の便が離陸するまで、まだしばらく時間があるだろう?その時間を少々頂ければ嬉しいのだが…」
「目的はなんだ?」
「おいおい…話がしたいだけ、と言ったじゃないか。」
背を向けた二人の間を静寂が支配する。元々騒がしい空港ロビー、しかも背を向けて会話をしていなければ、だれがみてもこの2人が会話しているとは思えないだろう。そんな中、再びキバヤシが口を開いた…
「…わかった、話を聞こう。」
「どうだ?調査は進んでいるか?」
「…どこからだ?どこからおれたちの行動を把握している?我々がフランスで調査をしていることも、俺が今このロビーにいることも、一体どうやって知ったんだ?」
「それは愚問だよ。」
「答えるまでもない、という事か…?」
目の前を歩く若いビジネスマンを見つめながら、キバヤシは後にいるこの男のことを必死に考えていた。この男はいったい何物なんだ?何故我々の事を知っている?…わずかな手掛かりが、わずかな答えを導き始める…しかし全てを知るにはあまりにも情報が足りない、足りなすぎる…!
「今の君には何もできない、無駄な詮索はやめたまえ。」
「………」
「そんなことより、今日は君の覚悟を聞きたい。」
「覚悟?」
突然の質問にキバヤシもいささか驚いた。そんなキバヤシの反応を確かめるかのように男は続ける。
「そうだ。これから何があっても真実を追求する事ができるか、君の決意のほどを聞きたい。」
(いったいこの男の目的はなんだ?この質問に一体なんの意味がある?)
「私は君の敵ではない、かといって味方でもない…全ては君の返答ひとつだ。」
「………」
(もう後戻りはごめんだ。この男が何物だろうと、俺の覚悟は…変わらない。)
「俺は…!」
「一体どうするんだ、タナカ?あの男の口ぶりじゃ…」
「ナワヤさん、大丈夫ですよ。僕もイケダもトマルも…もう、後戻りはごめんです。」
そして暗闇の中、見えない仲間の顔を確認してタナカは再び口を開いた。
「僕は…!」
ラ・フランスの謎を追え!中編 第14話「疑問」に続く
7 パリ大学って、あるの?しかも凱旋門の西に。
「さあ…?分かりません、適当に首都に大学をつければその国で一番の大学になるんでしょう?」
7 パリ大学のフランセーヌ教授の研究分野は?
「いまだに結末を決めてないのにそんな思い切った真似ができるかってんだ!」
9 あの男は一体何者?
「一応出すことは決まってましたけどこんなに早く出てくるとは…ネタがないのかな?」
13 キバヤシは何処にいたの?
「聞くな!フランスではないことは確かだ!」
これからの展開はどうなるの?
「考えてません!ホントに行き当たりばったりです!はははははは!」
ノストラダムスは?ヨハネの黙示録は?
「資料がないのでなんとも。希望が多ければ単行本から引っ張ってきますが。」
今回使用した画像、協力ありがとうございました!
自作 | … 凱旋門 | なかなかよく書けたと思うんですが、いかが? |
sphenoidさま | … エッフェル塔、ワイン | 線の太さと色使いが非常にいい具合です。 |