食の安全を確保するには規制緩和と自治体リストラでなく

――適切な規制と高度な監視のできる食品衛生監視員の配置をーー

食べもの文化2002年9月号特集:どうすれば回復できる?食の安全より

■ 最近の主な違反事例から

◇表示の偽装、産地の不当表示  

 2002年1月、牛海綿状脳症(BSE=狂牛病)対策で、在庫となった牛肉の政府買い上げ事業「牛肉在庫緊急保管対策事業」を雪印食品が悪用し、輸入の牛肉を国産と偽り、対象外の肉を国に買い取らせようとした事件をきっかけに、産地や製造者を偽った表示の実態が明らかになりました。スターゼン(旧ゼンチク)が銘柄豚の黒豚に安い国産肉を混ぜて販売した事件や、全農チキンフーズ、丸紅畜産などによる鶏肉偽装事件以降、鶏肉や豚肉の銘柄、産地や加工所を偽装した事件などが次々と明らかになっています。その後の調査で、雪印食品はBSE事件が起こる前から輸入牛肉を国産と偽って販売していたことが判明しました。

◇肉まんや台湾産飲茶から指定外食品添加物TBHQ(トリブチルヒドロキノン=酸化防止剤)を検出

 ダスキンは2002年5月20日、同社がフランチャイズ展開している「ミスタードーナッツ店」で2000年10月から12月にかけて販売した「大肉まん」1314万個の材料の一部に、日本では使用が許可されていない食品添加物TBHQが使用されていたと発表しました。また、2002年5月24日に住商食品(株)が、同6月3日にはマルハ(株)がそれぞれ輸入販売した台湾産飲茶を自主検査したところTBHQが検出されたと、東京都や千代田区に報告があり、東京都健康局はこのことを報道機関に情報提供しました。

  さらに、6月18日には、雪印冷凍食品(株)が中国から輸入し、日本生活協同組合連合会に販売している冷凍食品「CO・OPお弁当マーボ春雨」にTBHQが使用されていたと東京都に報告がありました。

◇香料などの原材料に指定外添加物の使用が内部告発で明らかに

 2002年6月、協和香料化学(株)が製造している香料にアセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ヒマシ油など食品衛生法では使用の認められていない化学物質(指定外食品添加物)を使用していたことが、内部告発をきっかけに明らかになりました。その後の調査でさらに指定外食品添加物である2−メチルブチルアルデヒド、イソプロパノ−ルの2つの化学物質を使用していたことが判明しました。この指定外食品添加物を含む香料等を使用していた食品製造者や加工者、そして食品販売店などは急きょ、これらの添加物を含む食品の出荷停止や自主回収を行いました。

 違反となった化学物質は一般の食品中に含まれるものであり、ごく微量で毒性も低いことなどから直接健康被害を発生させる恐れはないと考えられていますが、300品目を超える食品に使用されており、それも幼児などが食べる菓子などにも使用されていたこと、また協和香料化学が違法行為と知りながら製造していたことなど企業の責任は重大です。

 さらに、協和香料化学とは別に、JT(日本たばこ産業)は同社の「桃の天然水」向けに子会社の富士フレーバーが製造していた飲料水用香料に指定外添加物の「ノルマルブチルアルコール」「ノルマルプロピオンアルコール」を含んでいたとし、回収すると発表しています。

 

■ なぜ大量の違反食品が続出するのか

◇加工食品の大量生産と広域流通と複雑化高度化する食品製造業

 協和香料化学の許可外食品添加物を含む香料を製造販売していた事件では、この香料を使用している食品が多種にわたり、日本中で大量に販売されていました。このことから分かるように、現在の日本では数多くの加工食品が大量生産され、広域に流通しています。従って、違反添加物を使用した食品や微生物に汚染された食品があると多くの消費者に影響を及ぼすとともに、違反が判明した場合は、全国で膨大な量の食品が廃棄されます。大量生産、広域流通のうえ、食品製造現場は複雑化・高度化しており、これらを適切に監視指導する食品衛生監視員の配置が求められています。HACCPの導入に伴って、HACCP専門監視員が養成されているとはいえ、専門的な知識を持った食品監視員の配置が質量とも十分な体制とはなっていません。 

◇規制緩和と保健所の統廃合

 93年10月第3次行革審の最終報告で「規制緩和」が盛り込まれてから、次々と食品衛生関係でも規制緩和が行われました。95年、食品等の製造年月日表示から期限表示(消費期限、品質保持期限=賞味期限)への改正にはじまり、食品衛生法が改正され@天然添加物の指定制度の導入A残留農薬基準の策定見直しB総合衛生管理製造過程(HACCP)の承認制度の導入C食品の輸入手続きの迅速化(コンピューター端末での手続き)D飲食店営業等の許可年限の延長などが行われました。

 また、地域保健法が95年に施行され、97年より保健所の統廃合(設置基準の見直し)が進められました。その結果96年4月現在、全国に845ヶ所あった保健所は、2001年4月に592ヶ所となり、253の保健所が廃止されました。保健所は集約化し、機能強化を、といわれましたが、各自治体のリストラ推進と相まって、食品衛生監視員は集約化された保健所に集中化され、一部では監視員が削減されています。

 

■ 食の安全を確保するために

◇食品の安全に対しては規制緩和でなく、高度な監視のできる監視員の配置を 

  食の安全を守る食品衛生監視員は、2000年4月現在、港や空港などの検疫所に264人、保健所を設置する都道府県、特別区、市の本庁及び保健所、保健所支所などに7,799人配置されていますが、保健所の統廃合再編とともに集中化されています。これらの改革で、法定監視回数実施率は96年の17.5%から99年は14.4%まで落ちています。

  2000年6月、加工乳で1万3千人以上の患者を出した雪印大阪工場を管轄する大阪市は、人口260万人という大所帯で24ヶ所あった保健所を、2000年4月に1ヵ所にするとともに、食品衛生監視員を12名削減しました。また、原料の脱脂粉乳を製造した大樹工場のある北海道では、98年4月に45ヵ所あった保健所を半分近くの26ヵ所に統合しています。

  協和香料化学(株)の工場を管轄する茨城県では、99年4月に保健所の統廃合(14ヶ所を12ヶ所に)が行われており、食品添加物製造業に対する食品衛生監視員の法定監視回数は年間6回と定められていますが、2年以上も監視ができていませんでした。

◇輸入食品に対する監視の強化を

 食糧の6割を輸入食品が占める現在、日本国民の食生活は、輸入食品抜きには考えることができません。食品の安全性確保、食中毒や感染症などの対策は、汚染された食品や違反食品の輸入を防ぐことが最重要課題になっています。輸入食品を監視する食品衛生監視員は全国の港や空港の検疫所などに264人しか配置されておらず、膨大な量の輸入食品に対して十分な監視はできていません。中国産冷凍ほうれん草の事件では、全国農民連の分析センターでの検査結果を受けて、検疫所でも急きょモニタリング検査をおこなった結果、基準を超える残留農薬を検出し、ようやく行政措置をとることができました。

 国民の健康を守り、食の安全を守るためには、規制緩和とリストラという流れでなく、適切な規制、そして高度で専門的な食品監視ができる人員配置と、すべての監視員の技術を向上させることが求められています。食品の安全を守るためには輸入、国産品を問わず適切な規制を行い、違反食品や国民の健康を損なうような食品の侵入や流通を防ぐ体制強化が求められていますが、食品の安全性を確保する根本課題は食糧自給率を上げることです。また、消費者も安ければ、見栄えがよければ、というのでなく、安全性や環境(保護)を考慮に入れた生活スタイルを考える時代になっているのではないでしょうか。

◇農場から家庭まで(from Farm to Table)の衛生管理

 これまでの食品の衛生管理は、保健所の食品衛生監視員を中心とした、食品関係営業者に対する規制行政(厚生労働行政)が主に担ってきました。しかし、最近のBSE問題でのBSE汚染の可能性がある肉骨粉飼料の管理問題、中国産冷凍ほうれん草の残留農薬問題等輸入食品に関するもの、牧場・農場・養鶏場でのO157やサルモネラ汚染、海洋汚染による「かき」など二枚貝のSRSV汚染の蔓延など、輸出国を含めた生産地、と畜場や市場での衛生管理の重要性が増しています。これまでは、生産地の管理は農林水産省の管轄にあり、主に産業育成の立場での関与をしてきました。これからは「食の安全確保」という共通の目的に向かって、生産、製造、流通から最終の消費者のところまでの衛生管理―農場から家庭まで(from Farm to Table)の衛生管理―を徹底していくことが必要になっています。

◇リスクアナリシス(リスク分析)の機能

 最近、国際的な食品衛生対策として農場から家庭まで(from Farm to Table)至る全過程を対象とし、人の健康への危険度を低減させるためのリスクアナリシスの手法が注目されています。これは「安全」対「危険」という単純な構造でなく、科学的な根拠に立脚し、得られた情報の共有化と合意形成を図ることをねらいとしています。   

 リスクアナリシスはリスクアセスメント、リスクマネージメント、リスクコミュニケーションという3つの要素で成り立っており、相互の関係は図−1のようになっています。

<リスクアセスメント(リスク評価)>

 科学者、専門家によって、食品に含まれる物質は人にどういう健康被害を及ぼすことが考えられるのか、それはどの程度の量で起こるのか。食品経由以外でも人が摂取することが考えられるのか、その量はどの程度なのか。などのことを危害の発生確率も含めて評価します。また、行政施策として、とり得る対策の効果を評価し提言します。

<リスクマネージメント(リスク管理)>

 行政がリスクの評価の結果に照らしてリスクの管理(=マネジメント)を行います。リスク度合い、その物質の有用性、その物質を完全に避けることが可能なのか、などを検討し必要な規制(禁止する。使用量を制限する・使用方法を規制するなど)を行います。 

<リスクコミュニケーション>

 リスクの評価やリスク管理の過程には、専門家や行政、企業などと消費者も関わり、リスクに関する情報や意見を相互に交換すること(=リスクコミュニケーション)が重要です。この情報交換がなければ、リスクの評価やリスクの管理の信頼性も得られず、消費者は安心することができません。リスクコミュニケーションは、単にリスクアセスメントやリスクマネージメントの作業の結果について、社会的な合意形成をするという部分的なものでは不十分です。リスクコミュニケーションでの情報・意見交換は、リスクアナリシスの過程全体を通じて行われ、交換される情報には、リスクアセスメントの所見についての説明やリスクマネージメントでの政策決定過程も含むようにすることです。

 

図−1:リスクアナリシスの機能と相互関係

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


<リスクアナリシスでの透明性の確保>

 リスクアナリシスで最も重要なのは透明性をいかに確保するかということにあります。リスクアナリシスの手順の中での原理や理論構築、データに対する判断、限界、不確実さなどが記録され公開される必要があります。さらに消費者保護には、リスクアナリシスの全過程で消費者の参画が保障され、リスクアセスメントでは、すべての情報が公開されるような透明性と、どこからも干渉されない独立性が確保されなくてはなりません。

<食品衛生対策の新しい方向>

 BSE問題をきっかけに「食品安全委員会」の設置、「食品安全基本法」の制定が来年度中行われる予定になっており、リスクアナリシスの考え方を取り入れた内容で検討されています。さらに、法律の目的に国民の健康を守ることを盛り込んだ「食品衛生法」の改正も予定されており、これらの法整備が整い、食の安全性確保と真の産業育成、消費者保護が両立できる体制が確立することを期待しています。

       笹井 勉( 墨田区保健所生活衛生課・食品衛生監視員 )
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