食べもの文化026月号掲載(最新情報に合わせて若干手直しをしました)

最近の食中毒事故の特徴とその予防法

ーー食中毒予防に求められる発想の転換ーー


 新しい食中毒起因菌の出現と少量感染

 90年代はじめに一時減少したかと思えた食中毒事故は、再び増加し、患者数では1996年が、事件数では1998年がピークとなっています。その後やや減少傾向にあるものの02年はまた増加に転じています。増加した原因を分析すると、サルモネラ(サルモネラ・エンテリティディス)、腸炎ビブリオ(血清型O3:K6)、カンピロバクターが全体を押し上げ、さらに病原性大腸菌や1997年に新しく食中毒起因微生物に指定された小型球形ウイルス(small round structured virus=SRSV=03年8月29日から「ノロウイルス」に名称変更)による食中毒が増加、多発しています。これらの菌は、腸炎ビブリオ(血清型O3:K6)以外は、少量の菌数(数十個から数千個)で感染し発病することが共通の特徴となっています。これまでは、食中毒菌が食品に付着して、食品中で増殖し、発症する菌量(100万個〜1千万個)に達した食品を人が食べることによって食中毒を起こすと考えられていましたが、最近は少しの菌でも人の体内に入ると発病するものが増えています。

 少量感染する食中毒菌の特徴

 サルモネラ

1986年以降に発生している新しいサルモネラ・エンテリティディスでは、菌が鶏卵の中に存在することがわかりました。ただし、新鮮な卵ではたとえ中に菌があっても10数個程度で、それ以上増えません。しかしある一定に期間を経過すると一挙に増えて食中毒を起こす場合があります。卵に生食できる期間が表示されるようになりましたが、これは菌の増殖が押さえられている期間ということになります。生食できる期間でも菌が中に存在することがあるわけです。新鮮な卵でも割ってしばらく置き、かきまぜると徐々に菌が増殖します。数百個程度になると感染するのではないかと言われています。集団給食などで、卵の殻の表面を殺菌してから割ってミキサーかけたものでも、後に残ったほんの少しの卵の汚れによって次々と汚染を広げたという事例もありました。

症状は胃腸炎の症状と高熱(39℃から40℃)が特徴で、重症になると死亡する場合があります。

 

 カンピロバクター

鶏肉に多く付着している菌です。最近、鶏肉(ささみ)や鶏レバーを生に近い状態や生のままで提供する飲食店が増えてきており、多くの患者が発生しています。東京都が平成8年から10年にかけて販売されている鶏肉を調査したところ、13%からカンピロバクターが検出されています。鶏肉の肉汁が生野菜など加熱しないで食べる食品に付着して食中毒を起こす例も報告されています。

カンピロバクターの食中毒は胃腸炎の症状としてはそれほど重症にはなりませんが、症状のあった後に、手足が麻痺するギランバレー症候群を起こす場合があり注意が必要です。


 腸管出血性大腸菌O157

01年、「牛タタキ」や「和風キムチ」などによって散発型のO157の集団感染(diffuse outbreak)がありました。さらに5月から8月にかけて同じ型の菌(全国で624例、このうち64例は和風キムチの感染者)で原因不明の感染などがありました。食中毒の統計とは別に感染者の集計では、01年O157などの腸管出血性大腸菌に感染した者は全国で4200人を超えているとの報告があります。O157は牛の腸内にいる菌ですが、牛の糞を介して野菜なども汚染されているのではないかと考えられています。

 15歳以下と高齢者は重症になり、死亡することがあります。血便などの症状が出た場合は至急医療機関で受診してください。食品による感染と糞便を介して人から人への感染もあるので、感染予防にはトイレの後の手洗いが重要です。

 

 ますます原因追求が難しくなるSRSV(ノロウイルス)

 SRSV(ノロウイルス)による食中毒は2000年の統計によると事故が246件あり患者は8080人にのぼっています。雪印の黄色ブドウ球菌事件を除けば最も多くの患者を出したことになります。SRSV(ノロウイルス)はカキ、はまぐり、あさりやしじみなどの二枚貝に存在します。カキ以外は加熱して食べるためほとんど感染しませんが、カキは生で食べることがあるために、中に蓄積しているSRSV(ノロウイルス)で感染して発病します。また、最近は、食べたものにカキが含まれない事例も多く発生しています。これは、保菌した調理従事者が十分手を洗わなかったため、従事者の手を介して食品に付着し、感染したものと思われています。

 その他にも特別養護老人ホームなどでは、食品に関係無く、介護者や入所者などが外部から持ちこんだSRSV(ノロウイルス)で施設内感染を起こす場合があります。特に「おう吐物」が感染源になっている事例が各地で報告されています。最初の患者がおう吐したため、それを処理した介護者や施設の従業員からの感染や、その場所を頻繁に行き来する入所者などが感染する場合があります。

 SRSV(ノロウイルス)などの微生物による感染と食品を媒介して人からの感染との見分ける方法として、それが一峰性(ある時間帯に集中して発病する)である場合は食中毒、だらだらといくつかの低い峰ができる(人から人へ次々と感染していくため)場合は感染症として区別してきました。しかし、これも最近の事例では、一峰性でありながら、食品を媒介しない例もあります。筆者が経験した例でも、病院で実習していた学生がSRSV(ノロウイルス)で一峰性の曲線を描きましたが、共通の食品はなく、考えられたのはおう吐をしている患者をそれぞれが短時間で接触したためではないかと推測される例もありました。

原因食品や感染源がつかめないのは、SRSV(ノロウイルス)は人の腸管のみで増殖し、食品中では増えないため、検査でSRSV(ノロウイルス)が検出できるのは患者や調理人などの糞便や生カキなどの二枚貝等に限られており、その他の食品ではあまりにも量が少ないため検出が困難になっていることがあげられます。最近はPCRの技術が向上し少ないウイルスも検出できるようになりつつあります。

 食中毒予防の3原則の見なおし

 食中毒予防の3原則とは、菌を付けない、菌を増やさない、菌を殺すのいずれかが出来ていれば食中毒は起こらないとされていました。この3原則は、これまで主な食中毒起因微生物である腸炎ビブリオや黄色ブドウ球菌をターゲットにした予防策でした。食中毒起因微生物が付着していなければ、微生物による食中毒は起こりません。しかし、夏場の生鮮魚介類にはかなりの確率で腸炎ビブリオが付いていたり、人の手指などには黄色ブドウ球菌が付いているので、「おにぎり」などは黄色ブドウ球菌に汚染されていることがあります。この場合は菌を増やさない(低温保管、菌が増殖しないうちに早く食べる)ことによって予防することができます。また、生肉などはかなりの菌数が付いていますが、これは加熱して殺菌することによって食中毒を予防してきました。いうなれば菌が付いていることを前提とした予防対策だったのです。

しかし、ここにきて少量の菌数(微生物量)によって食中毒を起こす微生物が多く現れました。どれくらい少量かというと、腸炎ビブリオは1g当り10万個以上とか、黄色ブドウ球菌がエンテロトキシンを発症させるまで産生するには1000万個以上の菌数が必要となっていましたが、O157では10数個の菌を口に入れただけで発病するとか、カンピロバクターやサルモネラ・エンテリティディスなどでは数百個から数千個程度でも発病すると言われています。例えば、生野菜に肉汁(カンピロバクターが付いている)が1滴ついただけで保育園児40人から50人も発病させてしまうというものです。さらにSRSV(ノロウイルス)は食品中では増殖しないため、食品に10数個付いた程度で発病するのではないかといわれています。

追加情報【実際03年1月にはバターロールパンで小学生が集団食中毒になるという例がありました。パン工場でロールパンを素手で触ったためにパンにノロウイルスが付着したのではないかと推定されました。

 このように、黄色ブドウ球菌などに効果があった「菌を増やさない」=(早くたべる、冷蔵庫に保管する)予防法が通用しなくなってしまったのです。感染を広げないということでは、まだ一定の効果がありますが、発症させないという点では不充分ということになります。

 だから、これまでと同じようにやっているから事故は起こらないと思って調理に従事していると、思わぬ不覚を取ることになるのです。現在の微生物に対応した予防策が必要になっている、食中毒予防の発想の転換が求められているということです。

 では具体的どのように予防するのか

 危ない食品は避ける

 少量感染する菌については、ついていると思われる食品、SRSV(ノロウイルス)であれば「生食用かき」、O157であれば「生レバー」や「生焼けの肉」、カンピロバクーであれば生の鶏肉はできるだけ避けるようにするということです。特に、調理従事者の方は注意してください。

 感染していることを前提にした衛生管理を

しかし、菌はこれらの食品を特定して付着しているわけではありませんので、知らず知らずに菌を取りこむことになります。検便をすることによって、便を採取したその日の体内(腸内)の状況は分かりますが、次の日の状況はもう分かりません。

 腸内で増殖する細菌は糞便を通して感染を広げます。いつでも保菌しているつもりでトイレの後の手洗いを徹底することが最も重要です。

 食品以外からの感染にも注意を

 SRSV(ノロウイルス)はおう吐した物でも感染すると言われていますので、吐物の処理などにも注意が必要です。特に調理従事者は吐物に触れた後は入念な手洗いや服装などの交換も必要になる場合があります。

 環境からの感染も

 O157などは牛の糞便からの感染が考えられますので、生の糞をかけた野菜や糞に止まった「ハエ」などが感染を広げる可能性があります。野菜の洗浄やハエなどの駆除、防除が必要になります。

 最も確実な殺菌は加熱すること

 菌を殺し、ウイルスを不活化するには加熱することがもっとも有効です。汚染が心配されるものは十分加熱することによって防ぐことができます。それぞれの調理場を見渡してどのような危険があるのか、その危険を防ぐにはどうしたら良いのか保健所などの専門化と相談して施設ごとに対応してください。

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