日本食品微生物学会公開シンポジウ

――微生物による食中毒の正しい理解と予防対策――

20021114日日本教育会館で開催されたシンポジウムに参加してきましたので、概略について報告します。

 1題目の伊藤武氏の講演「今、微生物による食中毒で何が問題となっているか?」は基調報告的に総括的な話であった。

1 病原微生物の変遷と多岐化

食中毒にかかわる微生物は時代とともに大きく変遷している。現在国内での食中毒事例の多い病原体は、サルモネラ、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌、病原性大腸菌。小型球形ウイルスやA型肝炎ウイルスも食水媒介であり、食中毒として対応してきたが、昨年の食中毒統計では小型球形ウイルスによる食中毒がトップである。特徴的なことは、特定な血清型が全世界で猛威を振るっていることだ。例えば腸管出血性大腸菌O157Salmonella 血清型Enteritidis、腸炎ビブリオ血清型O3:K6である。

2 少量感染する病原微生物による世界的流行

 1982年に米国で確認されたO157は、国内では96年の大流行起こし、その後も年間2千から3千人の感染者がでている。欧米で流行を繰り返しているサルモネラは国内でも猛威を振るっている。カンピロバクターは従来の3-4倍の集団例になった。小型球形ウイルスの患者は昨年7,332名であるし、米国では約90万名が食水系感染症者と考えられている。現在世界的に流行しているサルモネラ、カンピロバクター、O157SRSV、は100程度の少量菌で発病し、予防対策を困難にしている。

3 大規模・広域食中毒

 これまでに報告された大規模食中毒には「貝割れ大根」によるO157食中毒、「加工乳」による黄色ブドウ球菌エンテロトキシン食中毒など、広域的な食中毒としては「イカ加工品」によるサルモネラ食中毒は全国に患者発生が見られたし、「牛タタキ」などによるO157食中毒では1都6県2市に渡り患者発生があった。昨年11月には「韓国産の生カキ」で赤痢の食中毒もおきている。

4 病原菌と原因食品

 89年以降のサルモネラ食中毒の2/3が血清型Enteritidis(SE)を原因とし、SE食中毒の大部分が鶏卵由来。小型球形ウイルス食中毒の半数がカキを原因食品とする。腸炎ビブリオ食中毒は生食用魚介類。それぞれに焦点を当てた重点対策が求められる。2001年に生食用魚介類などに対する規格規準や保存基準などが制定され、稼動してきたことは高く評価できる。

5 原因施設として飲食店が重要?

 食中毒の約23%が飲食店であり、原因施設としては飲食店が重要であり、衛生管理を徹底すべきである。ただし、食品の生産、加工および流通の各段階での食中毒微生物のリスク低減対策が不完全なために、飲食店や仕出屋、集団給食施設など食品流通の末端に食材を通じて食中毒微生物が汚染し、末端施設の衛生管理の不備が相まって食中毒の発生となったものと推測される。従って、食中毒予防対策は末端施設のみならず、生産や加工・流通段階(生産から消費)からのコントロールが重要。

6 家庭(散発性)での食中毒

 山梨県と広島県では病院で発見された散発患者が食中毒として届けられ、昨年は両県で738名の散発患者が報告されている。原因菌はサルモネラ、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、O157などで、これらの病原菌の自然界の分布から推察して、殆どが食品媒介であると考えられる。

7 今後注目すべき微生物による食中毒

 国内で多発するサルモネラ、カンピロバクター、腸炎ビブリオ、O157およびSRSVに対しては生産から消費まで継続した対策を早急に推進しなければならない。リステリアによる食中毒は国内では明確ではないが、年間数十名の患者が見られることから、リステリア症の感染源や感染経路の解明が急がれる。

 耐性菌の対策、サルモネラのうちS.TyphimuriumDT104は各種の抗生物資に耐性の菌が多いし、カンピロバクターはニューキノロン剤に耐性を示す菌株が増えており、将来的には食中毒菌の抗生剤耐性菌も問題になる。

 

2題目の「微生物による食中毒に対する国の行政対応」宮川昭二(厚生労働省食品保健部)

○依然として多いO157

昨年、感染症発生同行調査で報告された腸管出血性大腸菌(EHEC)の感染症患者および無症状病原体保有者は4,319人と前年を大きく上回った。食中毒の届出としては24件378名に留まっている。昨年のO157による集団食中毒事件では、牛タタキなどによる事例や和風キムチによる事例など、広範囲に流通し広域に発生したいわゆる“Diffuse Outbreak”であった。これらの事例では、いずれも感染者や原因食品から分離された菌株の遺伝子型が一致している。広域で発生するEHECの対応として食中毒事例の早期探知や発生の未然防止及び発生時の被害拡大防止のため、厚生労働省及び国立感染症研究所ではパルスネットなどの利用による迅速な情報交換の取り組みを行なっている。

○食品衛生推進に向けた取り組み

 食品安全委員会は来年度6月に立ち上げる。それにあわせて食品衛生法の改正を行なう予定になっている
3題目「消費者の求める食中毒対策とは?」和田正江(主婦連合会)

○消費者はあまり食中毒のことを知らない。特に若い世代では話題にならない。行政や専門家がもっと情報を出し続けてほしい。小さいこどもや高齢者、特に高齢者の一人暮らしなどでは配食サービスされたものなども、残しておくことが多い。福祉関係者などにも情報を届けてほしい。

○徹底した情報公開とわかりやすい情報の提供がほしい。主婦連には食品関係団体からどっさりとパンフレットなどが送られてくるがまったく説明なし。これで消費者にも理解を得たと言われてもこまる。

4題目From Farm To Table”におけるリスクの低減化 一色賢司(食品総合研究所)

敵を知り、己を知る

 食中毒菌を含む微生物は、昔からこの地球に暮らしている。抜群の環境への適応力と増殖力を持ち生き続けている。我々は、微生物のいない世界では暮らしていけないが、我々にとって困った存在となる微生物もあるので、過去の経験を頼りに殺したり、増殖を抑制したりして難をのがれている。世界に誇る生食文化を持つ我が国では、食中毒対策のみに固執せずに、積極的に食水感染症対策に取組むことが必要。

フードチェインと食品衛生

  国際食品規格委員会Codexは、97年に「食品衛生の一般原則」を採択し、食糧生産から消費までの流れ(フードチェイン)と捉え、全ての段階でリスク低減化努力の必要性を強調している。我が国でも食糧の一次生産の場面から自主衛生管理の必要性が強調され始め、HACCPの考え方を導入した衛生管理の有効性が国際的にも合意され、前提条件として食品衛生思想の普及や適正農業規範(Good Agricultural Practice,AGP)の具体化が模索されている。

汝の欲せざる処、人に施すことなかれ

 誰も保証できない100%安全を他人に求め、その一方でコスト負担を回避するよりも、「汝の欲せざる処、人に施すことなかれ」の精神を持って、お互いに思いやる気持ちとフードチェインの全体への理解が必要です。特に、病原体を殺す工程(kill step)を経ずに摂食される刺身やサラダ等のリスク低減化には国民的な理解が必要です。

○世界とともに食べる

 Thinking Globally Working Locally(世界の食糧事情を把握し、自国の食糧事情の向上に努めよう)食糧自給率40%の我が国では率先垂範すべき。農林水産省では、「不測時の食糧安全保障マニュアル」を策定し、万一に備えている。起きては欲しくないことですが、欧米では食品の領域でテロの対策も進んでいます。食糧自給率が低い我が国は、世界とともに食べるための貢献のひとつとして、テロ対策を含めて生産から消費までのフードチェインのリスク低減化にさらに努力する必要がある。

5題目行政指導とHACCPによる食の安全性確保」都食品監視課 藤田満

○これまでの自主管理推進事業

 平成8年2月都食品衛生調査会答申を受け、HACCPの考え方に基づく自主管理推進のための管理手法の導入「ステップ1(基礎編)「ステップ2(点検表の作成)」「ステップ3(HACCP総括表の作成)」のマニュアル作成の手引き書を作成し、平成10年からこれらの手引きを活用し、講習会等の開催や業界リーダーの育成等を図った。

  一方、これらの事業により、事業者に自主管理の知識は普及されたものの、日常行われている衛生管理には十分反映されていなかった。講習会への出席が悪く、さらに点検記録の継続は非常に困難であることが判明した。

そこで、さらに、自主管理を推進するために平成133月に「自主管理推進事業基本方針」を策定した。

【3つの目標と7つの取組み】

目標1 新たな自主管理推進事業の展開

 @「集団給食」、「仕出屋」等の重点対象業種の総点検調査を行うとともに、衛生管理レベルに応じたモデル事業を実施し、指導技術の確立を図る。

 A新たな知見を取り入れた事業者用の手引きを作成するとともに、技術的な統一を図るために監視員向けの指導要領の整備を検討する。

 B自主管理推進事業の執行にあっては、衛生管理のノウハウを有する業界団体との連携や自治指導員等の既存の民間組織を有効活用する方策を検討する。

 C事業の内部評価に基づく進行管理を確立し、効果的な事業展開を図る。

目標2 衛生基準などの制度の見直し

 D食品衛生法施行条例に、HACCPに基づく自主管理手法を事業者の責務として具体的に規定することを検討する。

目標3 自主管理を推進する制度の構築

 E事業者が自主管理の導入する現実的なメリットも実感できるように、新たな公的な認証制度等の導入を検討する。

 F消費者や事業者にとって食品選択や事業者の取引き先選定の判断基準の一つとして自主管理レベルが容易にわかる制度を検討する。

○新たな自主管理推進事業の展開

 都保健所管内の全仕出し屋を対象として、自主管理状況の総点検調査を行い、施設をグループ分けして、各グループに応じた事業を実施し、点検表による点検・記録の継続を図った。

・総点検調査:施設の実態調査→グループ分け→レベル(グループ)にあった指導→グループ別のモデル事業の実施

・モデル事業:点検表の作成→一般的衛生管理の改善指導→記録の確認

・成果検証

○今後のモデル事業

6題目「流通及び製造業における食中毒対策」(株)セブンイレブンジャパン 佐藤和久

1 はじめに

 コンビニエンスストアは1973年からはじまり、身近で便利な店とのコンセプトで伸長してきた。特にその商品はすぐに食べられるものとしてのおにぎり、弁当、調理パン等食品衛生の面から見ると、温度管理や保存性等についてまだまだ技術的にも確立していないものが中心であった。昭和の時代は腸炎ビブリオに次いで黄色ブドウ球菌の食中毒が多く発生していたのでその対策が中心となった。平成に入りサルモネラがブドウ球菌を上回りさらに、平成8年(96年)以降は病原大腸菌、カンピロバクターによる食中毒が増加し、従来の時間経過による微生物の増殖や、毒素産生のパターンではなく、菌量が少なくても発症する可能性もある食中毒に対する対策も必要となってきており、食中毒対策もより厳密に幅広くなってきている。現在セブンーイレブンでは毎日、米飯類414万食、そうざい類をあわせて700万食を販売している。

2 初期の衛生管理

 おにぎり等米飯類の販売をはじめた当時、店ではレジのカウンターの上で販売し、製造メーカーも温かい状態で造り納品する仕組みであった。昭和54年に、大手サンドイッチメーカーの食中毒事件があり、セブンーイレブンでは納品メーカーによる協同組合「日本デリカフーズ協同組合」(24社→現在84社)を発足するとともに、専任の品質管理担当を置き、食中毒対策に取り組みはじめた。全体の枠組みとしては、製造から販売を通して20℃±2℃の管理を目標に仕組みをつくることだった。工場においては、加熱中心温度90℃以上、冷却温度20℃以下であり、当時まだ少なかった真空冷却機を順次全工場に導入するとともに物流車両の開発、店舗販売ケースの温度管理を進めた。20℃はエンテロトキシンを意識していたものでなく、10℃以下ではご飯の老化が激しく、30℃では腐敗・変敗は早すぎるためであった。その後、改めて検査機関で黄色ブドウ球菌をご飯や玉子焼きに植菌し一定時間内での菌数やエンテロトキシンの産生の確認を行ったが、基本的な問題は見られなかった。

  工場における衛生管理は、個人衛生管理とサニテーションの管理が中心だった。特に手指の傷、鼻前庭による黄色ブドウ球菌の判定とマスク・手袋・帽子の着用、検便の毎月実施、手洗い方法の指導等である。また、サニテーションについては、洗剤の選択から始まり機械・設備毎のサニテーションマニュアル作り等を進め、衛生ビデオの作成と衛生教育を合わせて定着化を図った。

3 現在の食中毒対策

 今求められている「食の安全」は、食中毒対策は言うに及ばず、無許可食品添加物、残留農薬、表示問題等多岐にわたる項目について一つ一つ確認をとる仕組みの構築が必要となっている。それは製造者、販売者の品質管理担当部門だけでできることでなく、原材料メーカー、製造メーカー、販売者等の商品開発部門、資材調達部門、製造部門ひいては機械開発メーカー等も巻き込んだ情報共有化の仕組みの中で協同化を図ることが全ての前提になる。

  今、セブンーイレブンでは調理場は準清潔区域と規定されていることに疑問を持って、清潔区域とするための工場レイアウトを考え、それに合った機械の導入を準備している。

フライヤーなどは従来から一方向の作業になっているものがあったが、釜が双方向なので加熱前と加熱後が交差していた。これを一方向にするために、釜の機能や調理場のレイアウトを変えて、交差汚染を防止するような仕組みを考えている。

 【商品開発から製品化までの流れ】

(1)   商品規格,製造工程の決定

開発メーカーで作成し、開発レベルでの微生物検査の実施

(2)   原材料確認(原材料・農薬等・加工工程・環境)

加工工場で原料入荷―洗浄―カット―焼き―冷却―凍結等の工程確認及び品質管理手法、微生物検査、工場の水質・環境チェック

(3)   ロットテスト

開発メーカー、製造メーカーで実施し製造工程での不適合、注意事項等の確認、使用機械の設定条件と品質、微生物検査の適合が最重点課題となる。

(4)   最終マニュアル作成

最終商品規格決定、工場ライン製造品微生物検査、官能検査の実施

(5)   製造(HACCPシステムの現場適用のポイント)

@     工場レイアウト設計時に交差汚染の防止を徹底する。

→加熱調理室における加熱前・加熱後の区分。区分しきれない所については、工場危害地図作成による危害発生可能性の認知と作業確認の実施。

A     製造機械毎に特性を把握し、機器別CCP整理表を作成。

→機械特性を把握した上で単品別の条件設定を行う。

B     危害総括チャートの作成

→製造工程とリンクした形で危害発生工程を把握し、作業標準を設定する。

C     製品毎にHACCPプランに基づき、工程別確認事項が整理されているので、現場ではそれに基づき温度管理,作業記録として記入する。

食中毒対策のポイントは、商品設計時点で何が危害となりうるかを想定し対応を図ることに尽きる。米飯では、包装開始から喫食までの時間を20℃の管理で最長27時間としているが、発症菌量の少ないカンピロバクター食中毒に対しては、十分な加熱と二次汚染を起こさない仕組みを加熱以降の工程で作り上げることが絶対条件となる。そのことを確実に実行できる現場を作り上げるための日常的な教育、設備改善等が必要となる。
 

7題目「なぜ学校給食から食中毒が減ったのか?」中村明子(共立薬科大学) 

◎「学校給食衛生管理の基準作成

◎「衛生管理推進指導者派遣・巡回指導事業」

◎学校給食による食中毒の発生要因

・二次汚染48%、加熱不足26%、室温放置24%

◎「学校給食における改善したい施設設備・作業50例」の作成

◎二次汚染の防止

・学校給食調理場のドライ化(野菜の洗浄水、肉のドリップで床を汚染し、2次汚染に)

・汚染と非汚染の区別(2次汚染防止には汚染と非汚染区域に分けて

◎温度管理の徹底

・加熱調理の徹底(75℃1分の加熱、中心温度計による測定・記録、生野菜は出さない)

・室内放置の禁止

◎学校給食従事者の健康管理(月2回の検便、夏休み中も)

◎食中毒に対する意識の改革(少量菌数で感染・発症する微生物の対策、対象がハイリスク者)

◎食中毒の防止にはハードとソフトの両面が必要

・平成10年に完全ドライシステムの学校給食調理場で食中毒が発生。ウエット方式の作業習慣が払拭されていなかった。「ドライシステムを使いこなすことによって安全性が確保される」
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