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流行病はやりやまいに魅入られて

ロービーン、てーつーだーえー。
Xiao Mihua

プロローグ

魔法都市アルタイアの冬といえば、厳しいことで有名だ。

雪が積もり、辺り一面、銀世界が広がる。建物も街路樹も、純白の衣装をまとう。

今年の冬はとりわけ、厳しい。何でも、6年振りの大寒波らしい。

そのせいか、街では風邪が流行っている。

健康には気をつけないといけない。

第1景 危機

「今日も寒いねぇ。」
「全くだな。」

ボクはコタツで暖を取りながら、ロバートに話しかけた。

年の瀬。

世間の忙しさをよそに、ボクたちはのんびりくつろいでいる。

ボクの名前はシャオ蜜花ミィホァ、通称「シャオミィ」。どっちかと言えば、頭を使うより体を使う方が得意な、どこにでもいる女子高生だ。(どこにでもいるようなヤツじゃないだろというツッコミがきそうだけど。)

ただ、他の人とは違って、ボクの耳は猫のように、白い体毛に覆われた三角形をしている。そして、腰からは白いシッポが伸びている。

この姿は、半人半獣の「使い魔」としては一般的。なので、ボクはよく使い魔と間違われる。けど、れっきとした人間なんだ。(学校にも通っているし、ね。)

どうしてボクが、人間なのに使い魔の格好なのかは、話せば長くなるからまた、別の機会に話してあげるね。

そしてボクの向かいに座っているのは、傭兵のロバート・バーン。その腕っ節は折り紙付き。昔はよく、行商人等に雇われて、道中の護衛として活躍したのだそうだ。今は我が家に居候しながら、場末にある酒場の用心棒として働いている。

彼は根っからの酒好きで、もらった給料はあらかた、酒代に消えている。ボクには理解できないけど。あんな臭い飲み物の、どこが良いんだろう。前にそう聞いてみたら、それはお前が子供だからだと一蹴されたけどね。

我が家には他にも3人、合計5人が暮らしている。その3人は、実は・・・。

「腹が減ってきたな・・・。」
「だねぇ・・・。」

コタツの上には、ミカンの皮が散乱している。

言うまでもなく、ロビン(ロバートの愛称)とボクとで食べ尽くしてしまったのだ。

「飯、どうする?」
「どうしよう・・・?」

この会話で想像はつくと思うけど、二人とも、まかないに席を立つつもりが、毛頭、ないのである。

「考えると、俺達、フィリィ(フィーリアの愛称)に、随分と甘えていたのかもなぁ。」

フィリィとは、ボク達と一緒に暮らしている使い魔で、本名はフィーリア・レイクロスという。ボクと違って彼女は、生粋の使い魔だけど、クリエイタ(使い魔など生命体を生み出すことができる魔導士のこと、ここではフィーリアの作成者)に「娘」として育てられたそうで、その言動は至って普通の、女の子だ。

使い魔は普通、「物品」として扱われる。お金を出して買うこともできるし(メチャクチャ高いけど)、お金持ち同士での贈答品になったりもする。

主人に仕えることが役目なので大抵、使い魔は自分の意志を持たない。なので、自らの意志で行動する彼女は、ちょっと変わった存在だ。

「いつもフィリィが、ご飯、作ってくれていたからねぇ・・・。」
「全く、よりによって彼女が、ダウンするとはなぁ・・・。」

そう。フィーリアはこの冬、猛威を振るっている風邪に冒され、倒れてしまったのだ。

「おまけに、母さんもアイ(愛の愛称)も、ダウンしてるんだよね・・・。」

アイとは、ロビンフィリィと同じ、我が家の同居人である。こちらは使い魔ではなく、普通の人間。彼女もまた、独り暮らしの経験があるため、フィーリアほどではないにせよ、料理はそこそこ、こなすことができる。

母さんも女手ひとつでボクを育て上げたくらいだから、料理なんて朝飯前。

が。その二人も風邪で寝込んでしまった。

一家5人。料理のできる3人が倒れてしまい、お世辞にも料理上手とは言えないロビンとボクが、取り残されてしまったのである。

「ちくしょう、風邪の奴、俺達を兵糧攻めにする気らしいな。」

傭兵としての腕前はなかなかなのだが、こういう局面では、彼はあまり、役に立たない。

「何か、簡単に食べられるものって、なかったっけ・・・?」
「今朝食べた食パンが最後だったような・・・?」

作り置きのお総菜は病人の朝ご飯になっちゃったし、ミカンでさえ食べ尽くしたくらいだからもちろん、すぐに食べられるようなものが残っているはずもなく。

「出前、取ろうよ。」
「それがさ、さっき連絡してみたけれど・・・、今日はやってないってさ。」

無理もない。この冬は稀にみる大雪で、どの店も軒並み、開店休業状態のはず。そんな中、食事の配達など行われる訳がない。

「諦めて市場に、買い物に行くか?」
「外に出るくらいならこのまま冬眠しようよ・・・。」

どっさり積もった雪。身を切り裂かんばかりの冷気。

ボクの身体に流れる猫の血が、本気で外出を拒否している。

「とりあえず、冷蔵庫チェックをして、俺達でできそうな料理がないか、考えてみよう。」

ボクは二つ返事で、応じた。

ややあって、ロバートが戻ってきた。

「お待たせ、これがそのリストだ。」

ロバートはボクの前に、食材をリストアップしたメモ用紙を置く。

それを覗き込むボク。

「ふむふむ。卵に挽き肉、バター、と。後はニンジン、タマネギ、カボチャに大根かぁ。梅干しもあるね。」
「すぐ食えるものって、梅干くらいか・・・。」

冷蔵庫の中の食材もだいぶ、残り少なくなってきた感がある。

「あれ? チーズって残ってなかった?」
「すまん。昨日の晩に、酒のつまみにちょうど良かったから・・・。」

ボクが聞いてみるとロバートが、申し訳無さそうに答えた。

どうやら、先に食べられてしまったらしい。おにょれっ!

「仕方ない、ボクが何か、作ってくるよ。」
「すまん、この際、食えれば何でもいい。よろしく頼む。」

第2景 活路

コタツを出てキッチンへ移動するボク。ああ、寒い。

さて、何を作ろうか。

ロビンは、食べられれば何でも良いって言ってたっけ。

・・・よし。

冷蔵庫から取り出だしたるは、橙のニンジン。

「まずは、これを水で洗って、と。」

太陽の光を浴びて育ったニンジンは、ずっしりと重い。・・・あれ、ニンジンって根菜だっけ? 太陽の光って、関係あるのかな?

次に、まな板。中央に、真一文字に傷がある。深さ1cmはあろうかというこの傷は、そう、かのロバートの仕業である。固いカボチャを切ろうとして包丁を当ててみたものの彼は、力の加減が分からず、なかなか切れないことにしびれを切らし、ついに、腰に吊したバスタードソード(傭兵ご用達の長剣)でまな板ごと、叩き切ってしまったのだ。

それを受け、我が家では、ロビンに対し「刃物使用禁止令」を発令。以来、彼は食材をカットすることを禁じられてしまったのである。

その傷痕生々しいまな板で、ボクはトントンとニンジンを輪切りに。厚さはおよそ1cm。

後はこれを器に盛り付けて、と。

お皿を手に、キッチンからリビングの和室に移動。

「お待たせ。ニンジンのお刺し身、完成っ!」
「き、聞いたこともねぇな・・・。でも折角だ、ありがたく戴こう。」

コタツで向き合い、無言でニンジンを食べるボク達。ポリポリという虚ろな音が響く。

「・・・。」
「・・・。」

味付けは醤油だけ。さっきまで冷蔵庫に入っていたので、ニンジンは凍っているのかと疑うほど、冷たい。

「・・・なぁ、シャオ(シャオミィの愛称)。」

ロバートが口を開く。

「・・・んむ?」
「・・・ウサギって、大変なんだな・・・。」
「・・・だね・・・。」

ウサギが醤油など使うはずもないけど、それの存在はこの際、無視。

「・・・せめて、火を通してあればなぁ。」
「忘れた? ボク、コンロ使用禁止なんだけど・・・。」
「そういえば、そうだったよなぁ・・・。」

ロビンが刃物禁止で、ボクはコンロ禁止。

ボクは過去に、トーストを黒焦げにし、サンマを黒焦げにし、暖めていた味噌汁を焦げ付かせ、サバの味噌煮を炭化させ・・・、とまぁ数々の料理を炭に変えてしまったという、(いろんな意味で)真っ黒な実績を持つため、「蕭家の炭焼き職人」という不名誉な称号を与えられ、火を使う調理法の一切を禁じられてしまっているのである。

ぐうぅ。

ニンジンは、何とか完食。しかし早くも、お腹の虫が、次の食べ物を要求している。

「今度はロビン、キミの番だよ。」
「うむ、しかし俺は、料理のレパートリーなどほとんど知らんぞ?」

そう言いながらロビンは、顎をさすりながら続けた。

「今度は大根の丸噛りでもしてみるか?」

いや、もうキリギリスみたいな食事は、遠慮したいなぁ。

「挽き肉の刺し身に挑戦してみる?」
「さすがにそれはヤバいだろ。」

むぅ。

「仕方ない、フィリィに知恵を借りよう。」
「そうだね、そうしよう。」

ボク達はコタツを出て、フィリィの部屋へ向かった。

第3景 助力

フィリィ、起きてる・・・?」

ボクはノックをし、フィリィの部屋に入った。ちなみにロビンは、フィリィの部屋の前で待機中。女の子の部屋だし、ね。

ピンクを基調とした彼女の部屋は、とても暖かい印象。その一角に据えられたベッドの上で彼女は、丸くなって眠っていたが。

「・・・シャオミィさん?」

ボクが近づくと彼女は目を覚まし、ボクの方にその幼くあどけない顔を向けた。

桜の花を思わせるピンクの髪。サファイアのような深いブルーの瞳が、ボクを見つめる。

聞くところによるとフィーリアは、生まれつき身体に異常があるそうで、途中で成長が止まってしまったのだそうだ。何でも、成長ホルモンのバランスがどうとか・・・。なので彼女は、本当は25歳だけど、見た目は10歳くらい。しかも性格は臆病な上、言動が子供っぽいので、ボク的にはもう、たまらない存在である。

「気分はどう?」

ボクが問いかけると彼女は、笑顔を作って見せた。

「ありがとう。ちょっと熱っぽいけど、大丈夫・・・。」

真っ白な体毛に覆われた三角形の耳、その内側が紅潮している。確かに、熱があるようだ。

ふと、枕元をみると、体温計が置いてある。

「お熱、測ろうか。」

ボクは左手で、体温計を振って目盛りを戻しながら、右手で布団をまくり上げた。

「あぅ、寒い・・・。どうして布団を・・・?」

フィーリアがいぶかしがる。

「だって、お尻を出さないと、体内温度が測れないじゃん。」

それを聞いたフィーリアは、飛び上がらんばかりに驚いた。

「ええっ!? わ、腋の下で大丈夫だよ・・・?」
「だーめ。直腸検温が一番、信頼できるんだから。」

フィーリアは、とても困ったような表情を浮かべた。

あぁ、その顔、すごくかわいい・・・っ。

「で、でも・・・。」
「メッ!」

口応えしようとしたフィリィに、アップで迫りながら一喝。フィリィの性格からして、こういうふうに強く言われると、断り切れないんだよね。

彼女はうつむいたまま、しばらく迷っていたが、誰かが助けてくれるはずもなく。仕方無さそうにボクから体温計を受け取り、今朝出したお総菜に被せられていたラップを体温計に巻くと、布団の中にそれを引き込み、もぞもぞし始めた。

「・・・こ、これで、いい・・・?」

顔を真っ赤にしながら彼女が問う。

個人的にはこの目で、ちゃんと体温計がセットされているかどうかを確認したいんだけど、これ以上フィリィをいじめると本気で泣かれそうなので、この辺にしておこう。

ボクは頷くと、フィーリアの、ふわふわしている耳を、優しくなでておいた。

そして、2分ほどが経過。

「もう、(体温計を)抜いても、いい?」
「だーめ、後1分。」
「あぅ、お尻がむずむずする・・・。」

さらに1分が経過し、フィーリアが抜いた体温計を確認してみると。

「むむっ。39度6分だ。」

なかなかの熱である。猫の使い魔の平熱は人間のそれよりも若干、高めとは言え、これは良くない。

「今日はゆっくり寝ないと、ね。」
「うん、ありがとう・・・。」
「そういえば、(体温計に巻いてあった)ラップは?」

ボクが聞くと、フィーリアは、トマトもびっくりの赤い顔で答えた。

「そ、その・・・、お、お尻に入ったままだから・・・、後であたしが捨てておくから・・・、そ、その・・・。」

なるほど、なるほど。

「とにかく、ゆっくり休んでね。ご飯はボク達で何とかするから・・・。あ、そうだ。」

ここに至りようやく、本来の目的を思い出すボク。

「冷蔵庫の中にかくかくしかじかの食材があるんだけど、どういう料理が作りやすいかな?」
「あ、ちょっと待ってて、すぐ作るから・・・。」

ボクが事情を説明すると、フィーリアは、急いでベッドから起き上がった。

家事ばかりしている使い魔の習性、というやつだろうか。

しかしその精神とは裏腹、病に冒された身体はついて行かず、彼女はその場に崩れるように、倒れてしまった。

「だ、大丈夫、フィリィ!?」
「はうぅ、ごめんねシャオミィさん・・・。」

まるで、行火あんかのように熱気を帯びた、彼女の小さな身体を抱き上げると、ベッドに寝かせ、布団をかける。

「ご飯の心配はしなくていいから、早く、治してね。・・・ちゅ♪」

フィリィの頬にそっと、お休みのキス。

あーあー、顔、真っ赤にしちゃって・・・。もう、かわいいなぁ♪

そして部屋を出ようとしたら、背中越しにフィーリアのアドバイスが飛んできた。

「タマネギをみじん切りにして、挽き肉と、卵と、パン粉を混ぜて、こねて焼けばハンバーグになるよ。がんばってー。」

部屋を出ると、ロビンが話しかけてきた。

「何だか、随分と長かったな。」
「あ、ごめんゴメン。えへへ。」

ロビンはボクの顔をしばし、見ていたが。

「しかしお前ら、本当に仲がいいな。」
「ん、分かる?」

ボクが問い返すと、彼は呆れたような顔をした。

「その、にやけた顔を見れば、想像はつくさ。フィリィとイチャイチャしてたんだろ?」

えへへー。

「お前さんも女の子なんだし、少しは異性に興味を持ったらどうなんだい?」
「えー。フィリィのかわいさには、誰も勝てないよ。」

ロリコンと言われようがレズとけなされようが、やっぱりフィリィが一番、かわいい♪

「あー、はい、はい。」

ロビンは、諦めきったかのような声で、そう言った。

第4景 受難

続いてボク達は、アイの部屋にやってきた。表向きは、彼女からも料理のアドバイスを・・・、ということなのだが、実は単に、アイに恋心を抱くロビンのためを思ってのことである。

ちなみに、アイ自身は、そんなロビンの心境に気づかないのか、気づいていて無視しているのかは知らないけど、彼にはぞんざいな態度を見せることが多く、結局、ロビンがいつも空回り。哀れと言えば哀れだ。

アイ、起きてる? 熱はどう?」

ボクが声をかけると、彼女はゆっくりと起き上がった。

「あら、シャオミィ、心配してくれてありがとう。」

病のせいか、腋の下くらいまである彼女の、少し癖のあるプラチナブロンドの髪は、ややくすんで見える。

姓は霞ヶ峰、名は愛。こうやって見ると一見、深窓の令嬢といった感じの彼女だが、本職は砥ぎ師で、宮廷の衛兵や自警団の隊員から、砥ぎの仕事を受けて生計を立てているという、およそ、その外見からは想像もできない生活をしている。

そのせいで、腕は結構、モリモリと筋肉質だ。

こんなコト本人の前で言うと、もこもこしたその腕で、たちまち絞め殺されちゃうけどね。

身寄りがないため、ロバートと同じように、うちに居候している彼女はボクにとって、普段はとても優しいお姉さん。でも怒らせると、すごーく怖い。

「そこにいるのはロビンかしら?」

彼女のはしばみ色の瞳が、ドアの陰に立つロビンの姿を捉えた。

「そんなところに立ってないで、入ってきてくださいな。」
「ええっ、いいのかい?」

ロビンは頭を掻きながら、それでも嬉しそうな表情を浮かべたまま、部屋に入ってきた。

「女性の部屋だから、遠慮していたんだが・・・。」
「女性の部屋? ここ、ボクの部屋じゃないよ?」

とりあえず茶茶を入れておく。

「私が女っぽくないと、言いたいのかしら、シャオミィさん?」

案の定、アイが小突いてきた。

でもまぁ、想い人の部屋に招待されて、嬉しくない男の人は、いないよね。

「それで、調子はどうだい?」
「今回の風邪は、熱が出るようね。咳は出ないけど、体全体が、重く感じるわ。」

フィリィと同じ感じだね。起き上がれる分、アイの方が軽いのかもしれないけど。

「熱、どれくらいなんだい?」

ロバートが心配そうに尋ねた。

「39度くらいかしら? 測ってないから正確には分からないわ。」

そういえば、フィリィが体温計、持っていたっけ。

フィリィの部屋に体温計があったから、持ってきたほうがいい?」
「ええ、お願いするわ。」

ボクが聞くと、アイはそう答えて、再びベッドに伏した。

フィリィの部屋に戻り、彼女に断ってから体温計を持ち出すと、再びアイの部屋へ。

戻ってみると、ロビンアイと何か、話し込んでいる。

「体温計、持ってきたよ。」
「ありがとう。助かるわ。」

ロビンとの会話を中断したアイは、ボクから体温計を受け取ると、それを口に含んだ。

「あー!」
「?」
「どうしたんだい?」

思わず、声を上げたボクを、二人が不思議そうに見る。

「あー・・・、ゴメンね、アイ、怒らないで聞いてくれる?」
「はら、はひかひら?(あら、何かしら?)」

ボクはうつむきながら、恐る恐る、切り出した。

「えっと、その・・・、その体温計、フィリィに・・・、直腸検温・・・。」
「ぶっ!!」

直腸検温と聞いた瞬間、愛は体温計を吹き出した。

「何をやっとるかっ!」

愛に代わり、ロバートの拳が飛ぶ。体重の軽いボクは部屋の端っこまで吹き飛ばされる。

「ぐぅ。」

そして愛は一目散に、数多あまたの公式試合を勝ち抜いてきた陸上選手顔負けのすばらしいスピードで、口を漱ぎに洗面所へ走っていった。

「全く、何をやってるのよ、貴方は・・・。」

ラップを巻いていたことも含め、必死に説明し、ようやく愛の怒りも収まったところで、本題。

「で、何の話だったかしら?」
「ああ、さっき話していたことなんだけど、俺達に作れそうな料理、何か教えてもらえたら、と思ってね。」

ボクに代わりロバートが事情を説明した。

それを聞いた愛は、フィーリアとは対照的に、即答。

「お米はあるかしら? あるなら、お鍋に水を張って炊けば、お粥になるわ。お粥なら失敗しないわよ、きっと。」
「何か、気をつけることは?」

ボクが聞くと愛は、ベッドに横になりながら、アドバイスしてくれた。

「水の量は、お米の3倍から4倍くらい、お米を研ぐ時に洗剤はいらない、それくらいかしら?」
「ありがとう、助かるぜ。出来上がったら、愛さんにも持ってくるから、待っていてくれ。」
「ありがとう、楽しみにしているわ。」

ボク達はとりあえず、廊下に出た。

「全く、何だってあんなこと、したんだ?」

ロバートが立ち止まり、憮然とした表情で切り出した。

「あんなことって?」
「体温計!」

ああ、フィリィのお尻に入れたことね。なるほど、想いを寄せる人の口に、直腸検温した体温計が入る、などということが起これば、大抵の人は怒り出すに違いない。

「そっちの方が正しい結果になるし・・・。それに・・・。」
「それに?」

とりあえず反論したボクに、ロバートが語調を弱めずに問いただす。

「・・・萌えるでしょ?」
「あのな。」

ロビンが額を押さえる。

むむっ、その態度。さてはフィリィの良さが分かってないね?

ボクは語調を強め、反論の言葉を継いだ。

「あのな、じゃないよ、直腸検温だよ!? 直・腸・検・温・っ! フィリィのお尻にぷっすり! これに萌えないとしたら、この世界の一体何に、萌えるって言うの!?」
「だからそーゆー問題じゃ・・・。」

ロビンが言葉の反撃をし始めたその時。扉の向こうから、愛の、何かを吐き出すような呻き声が聞こえた。

「と、とにかく、キッチンに戻ろうぜ。」
「さ、賛成。(愛が)噴火する前に、逃げよう。」

ボク達は顔を見合わせると、愛の耳の届かないキッチンまで、一目散に逃げ出した。

第5景 苦闘

台所に戻ったボク達。さぁ、お料理開始っ!

「なぁシャオ梨花リィホァさんには聞きに行かなくて、いいのかい?」
「いーよ、いーよ。どーせお小言、言われるだけだから。」

あ、梨花ってのは、母さんの名前ね。

「ふむ。じゃ、とりあえずお粥から作ってみるか。」
「オッケィ。」

ロバートの提案を受けて、ボクは鍋を取り出した。母さんと二人暮らししていたころ(ロバート達が居候を始める前)、よく使っていた奴だ。取っても片手用だし、それなりに小さい。

「愛さん、水は米の何倍って言っていたっけ?」
「んー、確か、3倍だっけ? 4倍?」

記憶の引き出しを開け、さっき聞いたばかりの情報を探すボク。

「どっちだよ?」
「じゃ、中を取って3.5倍で。」

ボクは米びつを覗き込んだ。

米の量は、充分である。

ロビン、何か、(何か米の量を)量れるもの、ある?」
「ジョッキならあるぜ。」

あはは、ロビンらしいや。

「じゃ、それでいいや。貸して。」
「オッケィ。」

ボクは、ロビンから受け取ったビールジョッキで、米を2杯、ボウルに入れた。

「ちょっと(米の量が)多くないか?」

ロバートが首を傾げる。

「1杯だと、水は3.5杯で中途半端になっちゃうでしょ? (米の分量が)2杯だと、(水の分量が)7杯で、ちょうどじゃん。」
「その辺は目分量で良いじゃねぇか。」

気楽そうなロバートの台詞。

一方でボクは、フィリィから聞いたことを思い出していた。

『分量はちゃんと量らないと、お料理は失敗しちゃうから、ちゃんと量らないといけないの。』

確か、お菓子を作っている時だったっけ。

「だーめ。ちゃんと量らないと、失敗しちゃうよ。フィリィもそう言っていたし。」

ボクがそう言うと、ロバートはおとなしく引き下がった。

ざく、ざく。

愛は洗剤は要らないと言ったので、言われた通り水だけで研いでいる。でも、手が冷たいので2回目からお湯にしたけど。

別に構わないよね。多分。

米を研ぎ終え、鍋へ。研ぐ時に多少、こぼしちゃったけど、そこはそれ、ロビンも大ざっぱな性格、誰も、何も言わない。

水も量り入れ、お鍋をロバートにバトンタッチ。

「強火でいいのか?」

うーん、ボクに聞かれてもなぁ。いいや、適当にやっちゃえ。

「いいんじゃない?」

ボクがそう言うとロビンは、頷いて鍋を火にかけた。

さて次は、ハンバーグである。

まずは、タマネギをみじん切りに。

「うう・・・、目にしみる〜、ロビン代わってー。」
「悪いねシャオ。俺、刃物使用禁止だから。」

むぅ。この役立たずー。

心の中で愚痴をこぼしつつ、どうにか、こうにか、タマネギを輪切りにまでしたボク。

「もう、輪切りでいいんじゃない?」
フィリィは、みじん切りって言ってなかったかい?」

むうぅ。そう言われると、反論はできない。

フィリィのために、頑張れ。」

よし。頑張ろう。

さく、さく・・・。

フィリィの名前だけで、ここまで張り切れるというのは、やはり、愛する気持ちは誰にも止められないということだね。たとえタマネギの汁でも。

このハンバーグ、上手く作れたら真っ先に、フィリィに食べてもらおう。

喜んでくれるかなー、えへへー。

あ、食べてもらうより、食べさせてあげた方が、ボク的には萌えるね。

そうだっ。口移し! これだっ! いや、これしかないねっ!

さく、さく、・・・、ざくっ。

「っ!! ぎゃーーー!」

妄想しながらタマネギを切っていたら、ボクは見事に、左の人差し指先端に、切り傷を作ってしまった。

ボクの指から血が滲み、タマネギの切れ端を赤く染める。

「お、おい何やってんだ、大丈夫か?」

ボクの悲鳴を聞いたロバートが、こちらを振り返った。

「フィ、フィリィ呼んできてー。」
「病人を呼んでくるのか? 絆創膏、取ってきてやるから、それで我慢しろ。」

むぅ。回復の魔法はナシかぁ、しくしく。ああ、こんなことなら魔法、もっと勉強しておくんだった・・・。

戻ってきたロバートから絆創膏を受け取り、指に巻く。傷口がまだ、ずきずきと痛む。

「これ以上、タマネギを切るのはやめて、材料をこねよう。」

選手交替である。

今までは見ているだけだったロビンが、米を研いだ後のボウルに、材料を放り込んだ。

タマネギのみじん切り。挽き肉。卵。

「後、何が必要なんだい?」
「むむ・・・。憶えてないや。」

ボク達は顔を見合わせた。

「ま、いいか。死にやせんだろ。」

言うが早いか、ロビンはボウルに手を突っ込み、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜ始めた。

さすがロビン。気楽さの代名詞と言われるだけのことはある。

ボクの方はとりあえず暇になったので、包丁を洗っていた。そして、何げなくコンロを見てみると・・・。

「ああっ、ロビン! お鍋、吹いてる!」

順調に行けば、お粥になるはずの食材を放り込んでおいた片手鍋、その蓋が持ち上がり、泡を吹いている。

「とりあえず、蓋を取っておいてくれ!」

ロバートは急いで手を洗うと、ボクと立ち位置を交替した。

「ハンバーグの方、よろしく!」
「任せてっ。」

泡を吹き続ける鍋に、息を吹きかけるロバート。いや、火を小さくした方が、良いんじゃないかな? そう思いながらボクは、ボウルに両手を突っ込み、粘土状の生地をこね始めた。

ぐに、ぐに、べた、べた。むにゅ〜っ。

何とも言えない、冷たく軟らかい感触。気持ち良いと言われれば良いし、悪いと言えば、悪い。

ひたすら、こね続けて・・・。

「そっちも、もうそろそろ、良いんじゃないかな?」

ロバートが声をかけてきた。

「うん、うん。じゃ、フライパンで焼こうよ。」

ボクが、ハンバーグ生地を適当な大きさにちぎっている間に、ロバートがフライパンを火にかけた。

ハンバーグというからには、形は小判型だよね。

どれくらいの大きさが良いかな? 作るのは確か5人分だから、逆に、生地を5等分すれば良いね。

「どうだろう、ちょっと大きい?」

そのうちの一つを丸め、形を整えたボクは、それをロバートに見せ、同意を求めた。

が、ロバートは。

「ん、良いんじゃないかな?」

ろくすっぽ、こっちも見ずに応答。

うーむ。何ともいい加減な・・・。

「じゃ、まな板の上に並べておくから、焼いていってね。」
「よし来た、任せろ!」

じゅうぅと美味しそうな音が、キッチンに広がる。そして、この良い匂い。こうやってると、料理が苦手なボク達でも、結構、何とかなるものなんだね。

と、思ったのも束の間。

「げっ。」

ロバートの、何やら、ただならぬ叫び声が聞こえた。

「どしたの?」
「ハンバーグがフライパンに貼り付いちまった。」

むぅ。

覗き込んで見ると確かに、フライパンの上に薄い、ハンバーグ生地が残ってしまっている。

ロビン、油、ちゃんと引いた?」
「あ。」

こらこらー。そりゃ、くっついちゃうよ。

「今からでも遅くないよ。油、引こう。」
「オーケイ。で、油はどこにあるんだい?」

むむっ。そういえばボクも、場所は知らないなぁ。

いいや、この際、バターを使っちゃえ。

ボクは急いで冷蔵庫を開け、バターを取り出すと、それをロビンに渡した。

「サンキュ。バターナイフは?」
「多分、ここかな。」

いつも、ナイフやフォークなどを仕舞ってある引き出しを、ボクは開けた。案の定、小さなバターナイフが、出番は今かと待ち構える袖裏の役者のように、そこに待機している。

ボクはそれを掴むと、ロビンにパスした。

ロビンはそれを手に、バターを親指大の大きさに切り出す。そして、淡黄色の欠片がくっついたバターナイフを、フライパンの上でぶんぶんと振り始めた。

「何やってんのさ?」
「いや、バターが落ちてくれないのでね。」

ああもう、世話が焼けるなぁ。

「こうすればいいじゃん。」

ボクはロビンからバターナイフを受け取ると、付着したバターをフライパンの縁に擦り付け、内側に落とした。

バターはじゅうと音を立て、縁から滑り落ちて行く。

「おお、なるほど。」

ロバートは感心したふうに、ぽんと手を打った。

「うん、うん。良い感じ。」

・・・そういえば、お粥の方はどうなったんだろう?

見てみると、件の片手鍋は、ロバートが蓋を開けて放置していたためか、大分、水が減っていた。

そして何とも言えない、香ばしい香りが僅かながら、漂ってくる。

ロビン、これ、焦げてない?」
「な、何ッ!?」

慌てて、杓文字しゃもじで鍋の底から掻き混ぜるロビン

幸いにも、気づくのが早かったため、キツネ色のお焦げが多少、出来てしまったに留まった。

「ふぅ、この程度なら大丈夫だろ。しっかしシャオ、相変わらず鼻が利くなぁ。」
「えっへん。」

猫の使い魔の身体だからね。

「そうだシャオ、お粥の味付け、任せて良いかな? こっちはハンバーグで手一杯になりそうなんで。」
「オッケィ、ボクに任せてっ。」

お粥と言えば、当然、塩だね。さて、塩はどこかな?

調味料が仕舞ってある棚の扉を開けると、醤油や胡椒と並んで、白い粉が入っている四角い透明な容器が2つ、鎮座している。

「どっちかが塩で、どっちかが砂糖かな。」

さて、どっちだろう?

とりあえず、蓋を開けて匂いを嗅いでみると・・・。

「匂いで判るものなのか?」

ボクの独り言を聞き付けたロバートが、こちらを見ながら訊ねてきた。

「確かに、匂いは違うんだけどね。片方は何だか、ヘンな臭いがするよ。」

でもどっちが塩かは、判らないんだけど。塩の匂いなんて知らないし。

「素直に味見したらどうだい?」

それもそうだね。

ロバートの助言に従い、ヘンな匂いのしない方をなめてみると、しょっぱい。

「こっちが塩だ。」

ボクは砂糖をしまうと、塩の入った容器を片手に、コンロの方へ移動した。

第6景 破綻

お粥の蓋を取って、匙に1杯。

「これくらいかな?」

杓文字で軽くかき回して味をみると、まだ味はほとんどついていない。

「もう少しかな?」

2杯目を加えるボク。

するとロバートが、隣から割り込んできた。

「塩梅はどうだい?」
「なかなか、味がつかないね。そっちは?」
「こっちは最後の1個を焼き始めるところさ。」

彼はそう言うと、4個のハンバーグが乗った皿を、得意げに見せた。どれも、とても美味しそうである。

ロビンの方は順調らしい。ボクも頑張らないと。

(でも、この小さいスプーンで塩を入れていくのは、効率が悪いなぁ。)

そこでボクは、容器を斜めにして、角の部分から塩をかき出すようにしてみた。たちまち、塩がさらさらと鍋に入っていく。

が。

どこに潜んでいたのか、大きな塩の固まりが出現。

「あ。」

しまったと思った時にはもう、手遅れだった。

鍋にダイビングを果たした塩の固まりはゆっくりと溶け、満足げな表情を浮かべながら美しく崩れて行く。

「ん、どうした、どうした?」
「な、何でもない、何でもないヨ?」

ボクは、知らない振りをしたが。

「嘘つけ、目が泳いでるぜ?」

あっさり、バレてしまった。

恐る恐る、粥を混ぜて味を均一にしてから、なめてみると・・・。

(うあ。しょっぱーい。)

とても、食べられたものではない。

「お前、まさか・・・。」

ボクの様子をみていたロバートが、声のトーンを変えながらそう言い、鍋の中の粥を一口、すくって口に入れた。

「!!」

目を白黒させるロバート。

「ど、どうしよう、」
「お、俺達の力作が・・・。と、とりあえず水で薄めちまおう。」

でも、水が多少減ったとは言え、鍋はもう、ほぼ満杯。

そういえば、おでんとかを作る時に使う、深い鍋があったはず・・・。

ボクはそれを収納棚から捜し出すと、ロバートにパスした。

ロバートは受け取ると、粥を移し替え、水を足して火にかけた。

「よし、これで大丈夫だろ。」

掻き混ぜてから味をみると、今度は微妙に、薄い。

どうやらロビンの加減した水が、多すぎたみたいだね。

「むぅ、味が薄い。ここは塩を・・・。」
シャオ、とりあえずお前は味付け禁止!」

ロビンが慌てて、ボクを制止した。

「えー。」
「もう少しでハンバーグが仕上がるから、それまで待て。」

むー。つまらないなぁ。

暇を持て余したボクは、冷えた手を鍋の上にかざしていた。

米粒が、真ん中から浮いてきては周囲から沈んで行く。

(ん?)

ふと見るといつの間にか、指の傷口が開いてしまったらしく、血がぽたぽたと滴っている。

当然、血は粥の上に落ち、僅かながら、赤い染みとなって広がっている。

「ボ、ボクの生き血が・・・。ゴ、ゴージャスな仕上がりになっちゃった・・・。」
「ん、何か言ったかい?」

ロビンがこちらを見ている。

ボクはロビンに何か言われる前に、杓文字でお粥を混ぜておいた。

「よし、ハンバーグは焼き上がり、と。さて、(粥の)味付けをしようか。」

最後の1個を皿に盛りながら、ロバートがこちらへやってきた。

「じゃ、後はよろしくっ。」
「任せな。」

互いの手を打ち合わせ、バトンタッチの合図。

「ん? なぁシャオ、お前、絆創膏を貼ったんじゃなかったのかい?」

ん? 貼ったはずだよ?

そう思い、切ってしまった指先を見てみると・・・、確かに、絆創膏は影も形も無い。

そういえば、さっき血が垂れた時にも、なかったような・・・。

「あれれ? 確かに貼ったはずだけど・・・、どこに消えたんだろ?」
「さっきまで塩を入れていたけど、その時に外れたか?」

うーん、考えにくいね。

「ケガした後は、タマネギは刻まずに・・・。」
「その後、俺に代わってハンバーグをこねてなかったかい?」
「あー! それだっ!」

ベタベタしていたから、その時に外れちゃったんだ!

と、いうことは・・・。

「このハンバーグのどれかに、ボクの絆創膏が・・・。」

ロバートが、額を押さえてうつむく。

「ど、どーしよう?」
「・・・バラして取り除くより他、ないよな・・・。」

味付けは後回し。ボクの直感で選ばれた1個の、哀れなハンバーグが、ロバートの手によってほぐされていく。

「ああ、ボク達の力作が・・・。」
「言うな、俺だって辛いさ・・・。」

いろいろ苦労して、やっとできあがったハンバーグ。フィリィにもアイにも、母さんにも見られる事なく形を失うボク達の作品。

言いようのない悲しさと、落胆がボク達を支配している。

しかし、絆創膏は見つからない。

「次はどれが怪しい?」
「う、うーん・・・、これかな?」

2個目の犠牲者として選ばれたハンバーグが、少しずつ、その形を変えていく。

ハンバーグ・バラバラ殺人事件だ。

「だめだ、見つからん。次はどれだと思う?」

ボクに指された、3個目の作品に、ロバートのフォークが入った。

確率的には、この3個目で見つかる可能性が、最も高いはず。しかし。

「チクショウ。見つからねぇ。」

あるのはただ、元はハンバーグだったはずの、小さな塊だけ。

いよいよ、ボク達のハンバーグは残り2個になってしまった。

「どっちだろ・・・。」
「一斉の、で決めようぜ。」

いよいよ、4個目が、悪魔のような絆創膏の生贄として捧げられることに決まった。

ロバートが慎重に、ハンバーグを崩していく。

「頼むからこれで見つかってくれよ・・・。」

皿の上には、解体された後の残骸が、転がっていた。その惨状は、目を背けたくなるものがある。

試しに、いくつかの欠片を、再びくっつけようとしてはみた。でも、やはり、くっつかない。壊れたものは、元に戻らないということを、思い知らされる瞬間だった。

ロバートが、4個目を7割方崩し終えた時だった。

「お! あった、あったぜ、シャオ!」
「え、ホント?」

ロバートの声に応じ、見てみると、しわしわの状態で、ぺちゃんこに潰された絆創膏がそこにはあった。

その絆創膏はどことなく、してやったりといった、邪悪で、満足げな表情を浮かべていた。

「くぅ。これのお陰でボク達は・・・。」
「言うな、シャオ。もう、済んだことだ・・・。」

ロビンとボクは、がっくりと肩を落とした。

第7景 日頃の恩返し

ロバートが手際良く、鍋に塩を振り、お粥の味付けも完了。尤も、水で薄めすぎたせいか、お粥というより重湯に近いけど。

でも、ボク的には、ロビンの手際の良さが、ちょっと意外。その日暮らしの傭兵なのに、何故・・・。

五体満足(?)のハンバーグは1個だけなので、これを誰にあげるかでロビンと一悶着あったけど、結局、ハンバーグの提案者であるフィリィに、ということで落ち着いた。代わりと言っては何だけど、食事は先に、アイに持って行くことに。

さぁ、喜んでくれるかな・・・?

アイ、入るよー。」

戸を開けると、淡いスミレ色の壁紙が貼られた壁が、ボク達を出迎える。そして、愛本人はと言えば・・・。

ベッドですぅすぅと寝息を立てていた。

「もしかして、寝てるのか?」
「・・・かも?」

様子を聞くロビンに、ボクはそう応じた。

折角だからリポーター風にやってみよう。

「こんにちはー、皆さん。ボクは今、アイの部屋にきていまーす・・・。」
「わざわざ声を潜めてまでして、何やってんだ?」

呆れ顔のロビン。でもこの際、無視。

アイは今、夢の中にいるようです・・・。その女神のような美しい寝顔からは、普段の狂暴さは欠片も見当たりません・・・。見事な化けっぷりです・・・。」
「おいおい、いーのか、そんなこと言ってて。」

どーせ寝てるんだもん。分かりゃしないよ。

「では早速、彼女の鼻をつまんでみましょう・・・。」

むにゅ。

・・・。

さぁ、何秒くらいで起きるかな・・・?

が。

「!」

突如、愛がボクの手首を、むんずと掴んできた。そして、恐ろしいパワーでぎゅうと締め付ける。

「私を女神に喩えたのは褒めてあげるわ。でも、その後の『狂暴』とか、『化けっぷり』というのはどういうことかしら、説明して、戴・け・る・か・し・ら?」
「痛いイタイ、いーたーいー。」

だから、そういうところが狂暴なんだよー。

でも一体、どれだけ握力があるんだろう。まるで万力だよ。

「あ、愛さん、起きてたのかい?」
「いえ、寝ていたわ。でも、耳元であれだけゴソゴソと言われたら、いくら私でも起きるわよ。」
「そうか、起こしちまって悪かった。ところで、愛さんに教わったお粥が出来たんで、持ってきたんだが・・・。」

ロバートが本題を切り出すと、愛はボクの手を放した。

ああ、痛かった、ようやく解放されたよ・・・。まだちょっと痺れてるけど。

「あら、ありがとう。でも、今はあまり食欲がないのよ・・・。」

けーボクの腕を掴むくらい、元気だったクセにー。

絶対、その化けの皮を剥いでやるー。

(・・・。)

む。ちょっといいこと、思いついちゃった。

「じゃ、ボクが食欲の出る道具アイテム、持ってきてあげるよ。」
「食欲の出る道具・・・? 何じゃそりゃ?」

ボクはキッチンに戻り、大急ぎで道具を取ってきた。

「おっけー、持ってきたよ。ロビンアイの枕元に、お鍋置いて。」
「どっこいせ、と。これでいいのかい?」

ボクに言われるまま、ロバートがどっかと、深鍋を降ろした。

「あら、また随分と沢山、作ったのね。」

ベッドに横になっていた愛は、それを見て素直な感想を漏らす。

「えへへー。じゃ、アイ、そのまま寝ていてね。で、口開けて、はい、あーん。」
「た、食べさせてくれるのは嬉しいわ、でもちょっと恥ずかしいわね・・・。」

そう言いつつも愛は、素直に口を開けた。

が、ボクが持ってきた道具というのは、匙じゃなくて・・・。

「??」

『道具』を咥えた愛が、訝しそうに目を開く。

漏斗じょうご? そんなもの、どうするんだい?」
「どうするって、これで食べさせてあげるんじゃない。」

ボクは右手で、愛に咥えさせた漏斗を真っすぐに固定し、左手でロバートに手招きをした。

「準備完了っ。さ、ロビン、お粥を(ここに)流し込んで。」
「あ、あなた、私を殺す気!?」

ボクの言葉を聞いて、愛が即座に跳ね起きた。本当に病人かと、疑いたくなるほどの勢いである。

「いや、でも、ほら、無理してでも食べないと、風邪も治らないじゃん?」
「待て、待て。無理の仕方を、間違ってないか?」

ロバートが突っ込んだ。ボク達、もしかして、漫才コンビになれるかな?

「本当、呆れたねぇ。ちゃんと食べるから、そこに置いておいてくださいな。」

愛が諦めたかのように、そう言った。

お粥を茶碗に入れ、「元ハンバーグ」、というかただの肉片を適当に、小さな皿に入れて愛に渡すと、ボク達は部屋を後にした。

次はフィリィの部屋。早速、行ってみよー。

フィリィ、起きてる?」
「・・・、シャオミィさん?」

部屋に入ると、ベッドの上で寝ていた彼女は、眠そうな目をこすりこすり、上半身を起こした。

「気分はどうだい?」

今回はロビンも一緒に入ってきた。邪魔しなきゃ、いいけど・・・。

「ご飯、持ってきたよ。具合はどう?」
「ううん、さっきとあまり変わらないかな。ありがとう。」

微笑みながら答えるフィーリア。

彼女のことだからきっと、無理して笑顔を作っているに違いない。

ボクはとりあえず、茶碗にお粥を入れ、ハンバーグの皿と共にお盆に乗せて、彼女の枕元へ運んだ。

「わぁ、美味しそう。」

フィーリアは胸の前で手を合わせ、嬉しそうに言う。

フィリィのお陰だよ。ありがとう♪」

ボクは礼を言うと、匙でお粥をすくい、彼女の口元に近づけようとした。

すると。

「あ、ちょっと待って。」

そう言うとフィーリアは、枕元に置いてあった、薄黄色のタオルを手にすると、それを手際よく胸元に広げ、即席の前掛けにした。

「これで、こぼれても大丈夫。」

なるほど。確かに、

「あ、でも、もっと確実な(こぼさない)方法もあるよ。」

ボクが提案すると、ロビンが割り込んできた。

「確実な方法?」
「口・移・し♪」
「あのな・・・。」

呆れたように、額を手で押さえるロビン。しかし、ロビンが突っ込むより先に、フィリィが口を出した。

「ダメだよシャオミィさん。風邪が染っちゃうよ。」

うーん、残念。期待していたのになぁ・・・。仕方ない、匙で食べさせる、これで我慢するしか、ないか。

「はい、あーん。」

お粥をすくって匙を差し出すと、フィーリアは素直に口に入れた。

「味の方は、どうだい?」

味付け担当のロビンは、やはり、味の仕上がりが気になるらしい。

「うん、美味しいよ。でも、ちょっと、水の量が多いかな・・・?」
「あ、あははは・・・。」

ロバートがジロリとボクを睨む。

いーじゃん、少々。フィリィも美味しいって言ってくれているんだし。

「じゃ、次はハンバーグ。はい、あーん。」

ボクはハンバーグを一口サイズに切り、匙に乗せてフィーリアの口に運んだ。

むぐむぐとフィリィが口を動かす。

が。

数回、噛んだところで、彼女の口の動きがぴたりと止まった。

ややあって。

「・・・うぅ・・・、味がない・・・。」
「え゛・・・?」

ロビンとボクの声がきれいに合唱しハモった。

「ごめん、ロバートさん、シャオミィさん。味付け、説明するの、忘れてたね・・・。」

フィーリアが肩を落としながら、謝った。それを聞いてロバートも、詫びる。

「悪い、俺達も気が利かなかったよ。」
「全く、ロビンったら気が回らないんだから・・・。」

ボクがそう言うと、案の定ロビンがつっついてきた。

「お前も同罪だ!」

それを見てフィーリアがくすくすと笑う。

うあ。その顔、めちゃくちゃ可愛いっ!

「と、とりあえず、コショウで味付けするから、持ってきて欲しいな。」

笑い涙を指で拭いながら、彼女が言った。

「おっけー。ロビン、急いで取ってきて。」
「何で俺なんだよ。ったく・・・。」

フィリィに取りに行かせる訳にはいかないじゃん。

でも、ボクがそう言い返すより早く、彼は調味料を取りに、廊下へ出て行ってくれた。

これでしばらくは、フィリィと二人っきり。

せっせとお粥をフィリィの口に運んでいると・・・。

「シャオミィさん?」
「ん?」

フィーリアが疑問の声を発した。

「どうしてあたしの方をじっと見てるの?」

そりゃもちろん、フィリィが可愛いからだよ。ついでに言うと、御飯粒とかが口元につかないかなあと期待もしてたり。ついたら当然、舐め取って・・・。

「♪」
「・・・。」

しばらくして、コショウを手にロビンが戻ってきた。

フィリィ、持ってきたぜ・・・って、お前ら何やってんだ?」
「ん?」

ロバートが呆れた顔でこちらを見ている。

多分、原因はボクの位置だろうけど。

ロビンがいたときは、ボクはフィリィの正面から、向き合う形で食べさせていたんだけど、今は彼女の右隣りに、べったりとくっついて座り、左手をフィリィの左肩に回した状態で食べさせているからね。

「ま、仲が悪いよりかはマシ、か。ほい。」

ロビンがコショウの入ったビンを手渡すと。

「あ、ありがとう。」

フィーリアの小さな手がビンを受け取り、コショウをぱっぱっと散らす。

これで、枯れ木に花が咲くかのごとく、味気無いハンバーグに美味しさが加わるはずだ。

「元気になったら、美味しいソースの作り方、教えてあげるね。」

ソースの作り方かぁ。あんまり興味は、ないんだけど・・・。

あ、でも、教えてくれるということは、ボクとフィリィとの二人きりで、キッチンでお料理ということに・・・。

「うん、楽しみにしてるよ。」

ボクの返事を聞き彼女は、こちらの心の内を知ってか知らずか、嬉しそうな表情を浮かべた。そして、左手で握った匙でハンバーグを口に運ぶと、美味しそうに口を動かし始めた。

次は、母さんの部屋である。

コンコンとノックをし、部屋に入ると、母さんは奥のベッドで目を閉じていた。

「どうだ、起きてるかい?」
「寝てるかも?」

どうしようか。

「起こすのは、気が引けるなぁ。って、いいのか?」

入り口から様子を伺っていたロバートが、ゆっさゆさと母さんを起こしにかかったボクを見て、疑問を投げかけた。

「んー・・・。あらミィホァ。」
「あ、起きた、起きた。」

ボクは揺らすのをやめ、容体を聞いてみた。

「母さん、具合は、どう?」
「小康状態よ。」

なるほど、良い感じだね。

「ご飯、作ったんだけど、食べる?」
「ええっ!? ミィホァ一人で?」

むぅ。何も、そんなに驚かなくても・・・。

ロビンも一緒だよ。」
「それなら、安心ね。(食事を)もらおうかしら。」

どーいう意味さー。

実の娘を信用できないってこと?

「とりあえずロビン、入ってきて。」
「了解。」

ロバートは部屋の中に鍋を運び入れると、よっこいせと掛け声を掛けながらそれを床に置いた。

「すみませんねぇロバートさん。」
「いやいや、こっちも世話になっているからね、多少は役に立たないと、ね。」

ボクは茶碗に、母さんの分のお粥をよそった。

「ミィホァが何か、迷惑を掛けませんでした?」
「どーゆーことだよっ!?」

聞かれたロバートは、あさっての方向を向き、頬を掻きながら答える。

「えーと、いや、その、何だ、えーと・・・。」
「ロビーン、そこはきっぱり否定するトコでしょ?」

多分、お粥の味付けと絆創膏の件が、ロビンを縛っているんだろうなー。

「はい、どーぞ。」
「ありがとう、戴くわ。ところで、そっちの皿は?」

茶碗を受け取った母さんは、ロビンが持っている大皿に目をつけた。

例の、ハンバーグの成れの果てが乗っている皿である。

「俺達の力作・・・、のはずだったんだが、いろいろあってね。」

ロバートは詳細をぼかしながら、悲しきハンバーグ(っぽい食べ物)を小皿に取り分けた。

「・・・田麩でんぶ?」

ひ、ひどい。ハンバーグなのにー。

面と向かって否定できないところがまた一層、悲しいけど。

「それと、ソースの作り方が分からなかったので、味付けができていないんだ・・・。手数をかけるけど、これで味付けしてもらえるかな?」

ロバートがそう説明すると、母さんは、彼からコショウのビンを受け取り、頷いた。

第8景 戦いは終わり・・・

ロバートともに母さんの部屋を後にしたボク達は、キッチンへと戻った。

「さーて、俺達も食うか。・・・ん、シャオ、どうした?」
「あ、うん、何か、忘れている気がして・・・。」

ボクがそう言うと、ロビンは虚空を睨めながら腕を組んだ。

「ふむ・・・、何だろう。言われてみれば確かに、俺も、何かを忘れているような気がするな・・・。」

んー、何だったかな?

「ま、そのうち、思い出すでしょ。とりあえずご飯にしようよ。」
「それもそうだな。よし、食うぞ。」

お粥の方は、少し塩辛かったものの、割りと普通の味だった。もっとも、米の量が少なくて、というより水の量が多すぎて、水っぽかったけどね。

元ハンバーグの方は、フィリィの指摘どおり、味がなかったものの、コショウをかけると普通に食べられた。

隣には、お粥を喉に流し込むロビンがいる。ちゃんと、味わっているのかな?

ロビン、(お粥は)どれくらい残ってる?」
「まだまだあるぜ。」

ロビンが深鍋の中身が見えるよう、ボクの方へ傾けて見せた。

彼の言うとおり、まだ底は見えない。お粥はたっぷり、入っている。

「じゃ、お代わりしようかな。」
「おう、食って、食って、食いまくれ! ああでも、トイレが近くなるかもな。」

ロビンが、豪快に笑った。

それはそうと今回、意外だったのが、ボク達でもちゃんとした・・・と言うにはちょっと届かないけど、それなりに料理を作れるんだ、ということ。そういう意味でも、今回のお料理は、経験できて良かったのかもしれない。

第9景 嵐は去って

翌日。

今日も外はとても寒い。

ボクとロビンの料理の甲斐あって(?)、フィリィアイも、母さんもみんな、すっかり回復し、いつも通りの朝が戻ってきた。

ボクもいつもの休日と同じように、コタツに入っている。そして、うつら、うつらしていると・・・。

「うあ・・・。シャオミィさーん・・・。」

キッチンから、フィーリアの情けない声。

「どうしたの?」

ボクがキッチンへ行ってみると・・・。

「どうしたの、じゃないでしょ、ミィホァ。料理の後の片付けは?」

フィーリアの後ろから、腰に手を当て、母さんが睨む。

愛も口を開いた。

「洗い物は、水に浸けておかないと汚れが落ちないのよ。それと油汚れは(フライパンが)温かいうちに。知らなかったかしら?」
「むぅ。」

確かにあの後、お腹が一杯になったボク達は、調理器具はそのままに、コタツに入って寝てしまったのだ。

「やっぱり、まだまだ、ミィホァに家事は任せられないわね・・・。はぁ・・・。」

母さんがつぶやく。

「で、でもほら、ご飯をつくってくれたのは嬉しかったし、お粥もハンバーグもおいしかったし・・・。」

ご機嫌斜めな二人をなだめようと、フィリィがフォローしてくれた。

ありがとうフィリィ、後でキスしてあげちゃう♪

ところが。

「ハンバーグ?」

頷くフィーリアに、母さんと愛が怪訝な顔をする。

「もしかして、あの味のない、そぼろのことかしら・・・?」
「え? え??」

むぅ。

一応、ハンバーグのつもりだったのに・・・。

「薄味なのは良いけれど・・・、せめて、もう少し味がついていればねぇ・・・。」

愛が、溜め息をついた。

あー、それで思い出した。昨日から、何かを忘れているような気がしていたのはきっと、アイに調味料を渡していなかったことだ。

味がないのを指摘したのはフィリィで、アイにはその前に賄いを運んだので、調味料を渡していなかったのだ。

「とにかく、この食器類を洗うこと! それが終わらないうちは、一人前とは認めませんよ!」

母さんは人差し指をこちらの前で上下させながら、ビシッと言い放った。

ごし、ごし。

水が冷たい。

一緒に料理をしたロビンは、病人の部屋を廻ったせいか、はたまた、コタツで寝てしまったせいか、見事に風邪を引いてしまい、彼の部屋で寝ている。

お陰で、ボクが一人で片付けるはめになった。

「これくらいで大丈夫かな。」
「まだ汚れているでしょ。」

母さんが後ろで仁王立ちしているものだから、手を抜くこともできない。

うう、手が冷たいよ。

(別に一人前になれなくてもいいから、誰か助けてー。)

と、そこへ。ふらふらしながらロバートがやってきた。

「ああ、頭が痛ぇ・・・。水、水・・・。」
「ロービーン、てーつーだーえー。」
「病人に何を言っているの!?」

むぅ。ボクは今ほど、病気にかかりたいと思ったことはないっ。

「すまんなシャオ、元気なら手伝ってやれたんだが・・・。」
「むぅ。」

じゃ、せめてその風邪をちょうだい。

「口を動かす前に、手を動かす!」
「ぁぃ。」

エピローグ

考えてみれば、この洗い物、フィリィアイは毎日、やっているということになる。

自分でやってみて、初めてその辛さが分かる、なんてよく言われるけど、実際にその通りなんだなー。感謝しなくちゃ。

そうだ、感謝の気持ちも込めて、今日の、フィリィのお昼寝に、添い寝してあげよう♪

じゅるり。

いけないいけない、思わず涎が・・・。

そんな妄想をしていたのがいけなかったのか、その洗い物はお昼になっても終わらなかった。

そして、昼食で出た汚れ物も、母さんの「何事も練習!」という一声で、ボクが洗うことになってしまった。

ああ、無情。

結局、全て洗い終えたのは3時過ぎ。それはフィーリアが、お昼寝から目覚めたのと、ほぼ同時だった。

おしまい
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