悲劇の始まりは、俺が
その日の務めも終え、家に帰ろうとした矢先のこと。
悪魔は唐突に、俺に襲いかかってきたのだ・・・。
時計の針は、3時を指そうとしていた。
深夜。酒場には俺とマスターしか、いない。
マスターが俺に、労いの言葉をかける。
これで俺の今日の仕事はおしまいだ。右肘に左手を添えると俺は、そのまま右腕を大きく頭上後方に伸ばした。
俺の名はロバート・バーン。本来は傭兵である。
傭兵と言えば、魔物が
が、この平和なご時世、傭兵が活躍できる場面などほとんど無く、否応無しに俺は転職せざるを得なくなった。
ま、転職とは言っても、もとより、剣を振り回すのが得意なので、その手の仕事を色々と探し・・・、結局は酒場の用心棒ということで落ち着いている。
給料もそこそこ良いし、割と性に合った仕事だと俺は思う。ただ、酒好きの俺としては、隣で客が飲む酒の匂いを我慢しなければならない、それだけが精神的にきつく感じる。
薄暗いランプが、赤茶けたレンガの壁を照らしている。天井は木製の梁が剥き出しになっており、こちらも褐色に変色している。
随分くたびれた感があるが、何でもこの建物は、もとは和風の料理屋だったらしい。それを壁だけ洋風にしたところ、和洋折衷というかは和洋混在と言った方が良さそうな、今の店舗になったのだそうだ。
カウンター席に腰を落ち着けると、ずらりと並ぶ酒瓶が良く見える。
用心棒としてこの店にいる時は、入り口付近で立っているのだが、そこから見る時とは、随分と感じが違うものだ。
マスターはカウンターの裏側にあるコンロで、俺のためにごちそうをこしらえてくれている。
このコンロも、今は腰を下ろしているので見えないが、随分と年期が入っている。でも手入れは行き届いているらしく、入り口からギリギリ見えるそのコンロは、いつもピカピカだ。
そのコンロの上、鉄板に乗せられたのは匂いから察するに肉であろう、その肉が焼ける心地よい音、そして、肉に添えられているであろう香辛料の得も言われぬ香りが、俺の鼻の奥をくすぐり胃を刺激する。
が。
胃ばかりではなく腸が刺激されたのか、俺は急に便意をもよおした。
そういえば、ここ3日ほど、お通じがなかったな。
マスターに断ってから俺は、店のつきあたりにある、客と従業員兼用のトイレに入った。
ここのトイレは和風のまま。俺はどうも、この和式便所というのは苦手だ。かがまないといけないのは、膝への負担が大きい。腰に提げたカッツバルゲル(S字形の柄を持つ片手剣)は壁に立て掛けてあるものの、革の鎧は着たままなのだ。
どうにかこうにか体勢を整えた俺は、むん、と下腹部に力を込めた。あ、食事中の方は申し訳ない。
しかしその瞬間!
裂けるような激しい痛みが、突如、俺に襲いかかったのである!
傭兵である俺は、数々の戦場を
熱を持ち、鼓動に合わせズキズキと響く痛み。
尻を拭くと、紙にはベットリと血が付いている。
便器も、真っ赤に染まっていた。
これが噂に聞く、痔という病か・・・ッ。
もちろん俺にとっては初めての経験。正直、どういう病かさえ詳しくは知らない。
人は口をそろえて、「痔は辛い」という。これは、それなりに覚悟をしておかないといけないのか・・・。
カウンターに戻ると、マスターは料理を作り終え、待っていた。
皿を見ると、予想どおり肉料理だ。しかも、俺の大好物、ステーキである。おまけに、結構な分厚さ。
マスターとはそれなりに長い付き合いなので、俺の好みの焼き具合も知っている。ステーキは、血も滴る見事なレアに焼き上がっている。
皿に落ちた血を見て、俺はそう思った。肉汁と混じり淡く色づいたスープは、どうしてもトイレでの一件を思い出させるのだ。
俺はそう答えると、肉汁が溢れんばかりに滴る分厚い肉に、ナイフを入れた。
もちろん、ステーキは平らげたし味も申し分なかったのだが、どうにも物足りない気分だ。
ああ、アレさえなければなぁ・・・。
例の件は伏せたまま、マスターに礼だけ言うと、俺は身支度をして帰路についた。
あれから1箇月ほどが経った。
最近、どうも、体力が落ちたような気がする。
痔の方は、最初のうちは2回に1度程度、出血していたが、最近ではトイレで力むたび出血している。
体力の低下は、そのせいかもしれない。
朝。
日増しに暖かくなり、桜もちらほら咲き始める頃。俺が居候をしている
朝食を前に、フィーリアと愛が首を傾げている。
フィーリアというのは、俺達と一緒に暮らしている使い魔。本名はフィーリア・レイクロス。
使い魔というのは、半人半獣の姿をしたお手伝いさんみたいなものである。世間一般の使い魔は、ただひたすら主人に仕えるものらしいのだが、彼女はちょっと変わっていて、自分の意志を持ち行動する。なので見かけは使い魔でも、中身は人間と何ら変わらない。
首あたりでそろえられたピンク色の髪をかき分けるように、白い体毛に覆われた三角形の耳が、左右に、にょっこり突き出ている。そしてその猫のような耳が時々、ぷるぷると動いている。少し気は弱いが、おとなしくて可愛らしい少女だ。
一方で、愛というのは、俺と同じく居候の身の女性。本名は霞ヶ峰・愛というそうだ。
ちょっと癖のあるプラチナブロンドの髪を脇辺りまで伸ばした彼女は、目鼻立ちも良く、美人の部類である。
ここに厄介になる前は一人暮らしをしていたらしく、しかも武器屋を一人で切り盛りしていたそうで、そのためか言葉遣いも結構、丁寧ではあるが、性格は割とキツい。
でも、産まれると同時に母を、成人するより早く父を亡くしたためか、彼女は時折、精神的に弱い一面を見せることがあって、俺にはそれが、とてもいとおしく感じられる。
ここで小馬鹿にされているのは、シャオミィと呼ぶ一人の少女である。本名は
彼女の特徴は、茶色の髪でも茶色の瞳でもなく、白猫の使い魔の外見を持ちながら、自らを人間と呼ぶところ。人間なのに使い魔の格好をしているのには、過去に何やら事情があるらしい。「本人曰く『海より深い事情』」だそーだ。俺は良く知らんけどね。
ちなみに若干、レズっ気あり。蕭家随一のトラブルメーカーである。
俺が提案すると、お人よしのフィーリアはそう答えて席を立った。
しばらくして、フィーリアが戻ってきた。
聞いてみると、トイレの電気がついていて、人の気配がしたそうだ。
なるほど、シャオミィが顔を見せない訳である。
俺が愛に応じたその時。トイレの方から、水を流す音が聞こえてきた。
ややあって、ダイニングの戸が開く。
入ってきたのは、先程まで話題に上がっていたシャオミィその人である。
愛が提案した。
ちなみに蕭家の主にしてシャオミィの母親である梨花さんは、今日は早朝出勤だそうで、既に家にはいない。
職業は政治家らしいのだが、娘も起きない朝早くから出勤しなけりゃならん政治家というのも、大変なのだな。ま、シャオミィはぐうたらな性格だから、早起きの引き合いに出すには相応しくないかもしれんがね。
トーストを片手に、愛が切り出した。
彼女は口の中のものを、ごっくしと飲み込むと、そう答えた。
俺が聞くと、彼女は、首を横に振った。
俺は頷くと、トーストをかじった。
愛の質問にシャオミィは、食べ物を口に入れたままもごもごと答えた。
聞いたこともない単語を聞き、俺は彼女に問い返す。
どーでもいいが、梨花さんがいなくて良かったかもな。いたら、行儀が悪いと叱られただろう。
するとシャオミィが、パンの上に目玉焼きを乗せながら、答えた。どうやら、まとめて食べる算段らしい。
つーか、口の中にある物を先に飲み込めって。それともリスのように、頬袋に詰める気かい?
俺は思わず、シャオミィが頬を膨らませたまま、通学路を走る姿を想像してしまった。
俺の想像の世界で学校へ駆け込む彼女の姿は、なかなか滑稽である。
俺が無駄に想像力を働かせているうちに、話はウォッシャとやらの解説になっていた。
フィーリアが、目をぱちくりとさせている。
水で尻を洗う装置・・・? 何とも、想像しがたいな。
そう言うや否や彼女は、目玉焼きを乗せたパンを2つに折り畳んでサンドイッチにし、それを口に押し込むと、席を立った。
何て事だ、頬袋作戦を、本当にやってのけるつもりなのか。
空想の世界の彼女と、今の姿を重ね合わせた俺は、正直、笑いを堪えるのに苦労した。
日が沈むころ。
愛とシャオミィが帰ってきた。
先に帰って来たのは、愛。
彼女は、自警団の一室を借りて、砥ぎの仕事をしている。彼女と初めて知り合った時も、彼女に砥ぎの依頼をしたのがきっかけだった。話せば長くなるので、今は割愛しよう。
彼女の腕は良く、俺は今でも、砥ぎは彼女に任せている。お金はきっちり取られるけどね。身内割り引きくらい、あっても良さそうなんだが・・・。
そして、彼女が帰ってきた後、ややあってシャオミィが帰ってきた。
シャオミィはアルタイアの魔法学校に通う生徒。帰りが遅いのは、部活に勤しんでいたからだろう。
成績は体育を除いて、あまり良くないらしい。本人は大器晩成型だからと言い張っているものの、どう見ても単なる言い訳。学期末にはいつも、梨花さんの説教を受けている。
鞄を放り投げながら、シャオミィが慌ただしくリビングに入ってきた。
俺はシャオミィにそう応じた。
今日は仕事は休みだったのだが、昼間は庭で剣術の鍛練をしていたので、俺は家の中の様子は把握していない。
すると、リビングのソファに腰掛けて夕刊を読んでいた愛が、口を開いた。
シャオミィは元気良く返事をすると、制服の胸元についているリボンを揺らしながら、各人の部屋がある2階へと上がっていった。
しばらくすると、シャオミィがフィーリアを連れて、1階へと降りてきた。
シャオミィはいつの間にか、いや、さっきに決まっているが、しっかり、普段着に着替えている。
彼女の言により、まだ帰ってきていない梨花さんを除いた全員が、トイレ内外に集合した。もっとも、トイレの中はかなり、狭い。他の3人は中に入っているものの、俺は図体もでかいから外から覗いている。
俺は入り口の側にある柱に身を預けながら、茶化すように答えた。
トイレの中には、今までなかった、妙な操作パネルが壁にかかっている。便器は入ってやや右に設置されており、座ったとすると入り口は左手に位置する。その操作パネルは、入り口から見て正面、すなわち、座った状態なら右手に面する壁にかけられていた。
フィーリアはその傍に立って、いざ、説明をしようとしている。
愛が聞くと、フィーリアは首を横に振った。
なるほど。
言うまでもなく、俺も使っていないからね。
フィーリアは一呼吸置くと、パネルの方を向いた。
俺も操作パネルに目をやる。と、シャオミィはパネルの目の前でしゃがみ、それを食い入るように、じっと見つめている。
どおりでさっきから、シャオミィが静かである訳だ。いやはや全く、その操作パネルのどこに、見つめ続ける要素があるのだろう。俺には、そんなに面白そうな物には見えないが・・・。
彼女が凝視しているそのパネルには、5つのボタンがついている。パネル自体は正方形に近い長方形で、その上辺に、パネルを縮小したような四角いボタンが5つ並んでいる。一番右、便座に近いボタンが赤い色になっている以外は、表面に描かれたシンボルマークを除いて、どれも違いがない。
フィーリアは、右から2番目のボタンを指さした。
そのボタンには、
今まで押し黙っていたシャオミィが、納得の声を漏らす。
ふと、俺の脳裏に、嫌な予感が走った。
シャオミィが何気なく、そのボタンを押してしまう。
すると。
便器からウィイインという機械音を響かせながら、金属のパイプが伸びてきた。
便器を口に例えるなら、それはまるで、
そしてその直後。
ぷしっ、という音を発し、先端のノズルから水が、噴水よろしく
水は美しい放物線を描き、愛の方に向かって飛ぶ。
足元に水がかかりそうになりのけ反る愛をよそに、シャオミィは感心した風。
あーあー、勝手に触った上に愛さんに水を浴びせちまって・・・。後でとっちめられても知らんぞ、俺は。
しかし、周りの迷惑を一切顧みず彼女は、ω記号と、その下に扇状に噴水が描かれている、中央に位置するボタンを押した。
一直線を描いていた噴水は、ミニ竜巻のような逆さ円錐状に形を変え、さらに
知らんならやるなよ、全く・・・。
俺はトイレには入っていないので、水が掛かることもない。高みの見物とはまさに、このことだな。
フィーリアは手を伸ばすと、彼女からは一番遠い位置にある、赤いボタンを押した。
すると、たちどころに放水は止み、出て来た時とは逆の順序でノズルは引っ込んでいった。
愛に叱られ、シャオミィはばつが悪そうに頭を掻いている。
愛がそれほどきつく怒っていないのは、水が実際に掛からなかったためだろうか。
愛さん、実はかなり怒っている・・・ような気がしてきたぞ?
そんな彼女の口調に気付いてか気付かないのか、ともかくもフィーリアは、話を先に進めた。
俺が相槌を打つと、フィーリアはさらに続けた。
そのボタンには、女性の絵と、例によって噴水が、こちらは赤い塗料で描かれている。
なるほど、女性専用という訳だな。
最後、一番左には、
これで一通りの説明は、終わりかな?
しかし聞いているだけで、何やら面白そうだ。使い心地が良ければ、酒場のマスターにも紹介してみるか。
・・・などと考えていたら、まだ説明は続いていた。
5つのボタンの下、無意味に広いなと思っていたら、その表側はカバーになっていたようで、中には4つのスライダが隠されていた。こちらには、ボタンに絵が描かれているのとは対照的に、WTとかWPとか略号っぽい文字が書かれている。
同感だ。上のボタンの絵はどれも、分かりやすかったのに、こっちは何故こんな無粋な記号なのだろうか。
俺も何となく、分かった気がする。スライドの方はまだ、怪しいけどね。
しかしシャオミィは。
俺は笑いながら、恐ろしい提案をしているシャオミィに、クギを刺しておいた。
どうせシャオミィのことだ、フィーリアを脱がせて、実際に洗浄する様を見せろと言っているに違いない。そして、フィーリアの性格からして、本当に騙されても不思議はないからね。
一通りの説明を受けた俺達は、トイレを後にした。
夕食の時間。
既に梨花さんも戻り、5人全員で、食卓を囲んでいる。
今日の夕食は、焼き魚だ。魚の種類までは俺には判らないが、フィーリアはサバとか言っていたっけ。
食卓に並べられた時は、背骨は取り除かれていた。が、背骨がないから食べ易いのかと思っていたのだが、さにあらず、身の中ほどに小骨が結構入っており、思いの外食べにくい。生前の魚が遺した、最後の抵抗というやつかも知れないな。
にもかかわらず愛やフィーリアは、きれいに身を切り分けている。なかなかどうして、器用なお二人だ。
この家の主、梨花さんが切り出した。
フィーリアが箸を休め、それに応じる。
俺が聞くと彼女は頷いた。
ああ、なるほど、そもそもの発端は、梨花さんだったのか。
梨花の問いに、フィーリアは首を横に振った。
俺もまだだな。そもそも、出る物がまだ出そうにないからね。って、食事中に考えるもんじゃないけど。
すると愛が。
・・・いつの間に。
なるほど、覚えておこう。
・・・そういえば、一番はしゃいでいたシャオミィが、随分と静かだな。
疑問に思い見てみると彼女は、テーブルの隅っこでサバと格闘中。皿の上には、ボロボロに崩されたサバの身が散らばっている。
その隣にいるフィーリアと比べても、食べ方の上手下手は一目瞭然だ。
ふーん、珍しいな。好奇心旺盛、道端に変わった草でも生えていようものなら全て引っこ抜くまで気が済まないシャオミィのことだから、真っ先に試すと思ったのだが。
ま、俺もいずれ試すことになるんだろうし。食事中にその話題を盛り上げるのも、気が引けるな。
俺の提案に、愛が賛成した。
食事を終えた後。
愛は皆の食器を下げ、フィーリアは洗い物をしている。二人とも居候の身であることを自覚しているのか、甲斐甲斐しく働いている。
え、俺?
まぁ、俺も居候なんだけどね。俺が手伝っても足手まといになるだけなんで、食器洗いとかは手伝えない。ま、代わりと言っちゃ何だが、もしこの家に強盗でも押し入ったら、その時は皆を護るんで、今は勘弁してもらおう。
梨花さんとシャオミィの母娘は、どこへ行ったのだろう、行方知れずである。
・・・と思ったら、いた。梨花さんは夕刊を探しに行っていたようで、一時的にいなかっただけらしい。
梨花さんはリビングに入ってくると、俺の向かいのソファに座り、新聞を広げた。
政治家なんだから、ニュースは誰よりも先に知っているはずなのに、何故わざわざ読むのだろう。以前、そう聞いてみたら、政治家とて全てのニュースを知り尽くしている訳ではない、とのこと。
そんなものなのかな。
と、そこへ。
何やら、憔悴しきった表情で、シャオミィがやって来た。
どうせ、たいしたことではないんだろうけど、好奇心に勝てず、俺は聞いてみた。
ほう、ほう。
それを聞いた梨花さんが、新聞の上辺から顔を覗かせた。
母親に指摘され、娘が口をとがらせる。
俺が聞くと彼女は、呆れたように肩をすくめた。
釣り堀、か。確かに。そんなことをすれば、嫌なものが釣れそうだし、な。
しっぽがあるというだけで、トイレすらままならんのか・・・。他にも、人間用に作られたものが使えなくなることがあるんだろうな。使い魔って、色々と大変みたいだ。
すると、梨花さんが口を開いた。
諭すような、それでいてちょっと悪戯っぽい声。
ほほう、そんな物があったのか。
なるほど。今度、見てみよう。
と、そこへ。
愛がやって来た。
梨花さんが
梨花さんの真似をしたシャオミィは、愛に殴られるより早く、母親から拳骨をもらっていた。
その様子を見ていた俺達は思わず、吹き出した。
彼女の、
前にも触れたが、愛は砥ぎ師である。俺が使っているような大きめの剣でさえ、問題なく砥ぎ上げる腕前の持ち主なので、包丁を砥ぐ程度、造作もないのだろう。
よし、無料で砥いでもらえるなら、一緒にお願いするか。
と思ったらやっぱり、きっちりお金は取ると言う訳だな。言葉遣いも
ま、品物も見ずに値段を提示するあたり、こちらも本気で頼んではいないということを、愛も判っているのだろう。
冗談ぽく食い下がってみると。
まるで、俺の世話にはなっていないと言わんばかり。
ナイスタイミングでシャオミィがツッコむ。
俺達4人は、たまらず、吹き出した。
それからしばらくリビングで4人、雑談に興じていると、フィーリアがやってきた。
見ると彼女は、いつものメイド姿ではなく、薄い黄色の寝間着を着ている。
シャオミィの目が爛々と輝きだした気がするのは、気のせいだろうか。
彼女はソファの、空いている席に腰を下ろした。
間髪をいれず、シャオミィがその隣に移動する。
ほう、ほう。彼女もご他聞に漏れず、文明の機器を使ってみたらしい。
熱い視線を投げかけるシャオミィ。が、フィーリアは、それに気付く素振りも見せずに続ける。
・・・背中に?
そんな俺の疑問に答えるように、愛と梨花さんが答えた。
ああ、なるほど。こっちは、しっぽ云々以前に、足が短いから深く腰掛けられないのか。
梨花さんがアドバイス。
うーん、こうやって聞いてみると、使いこなすのには結構、骨が折れるのかもしれないな。
突然、シャオミィが俺に話題を振ってきた。
考えてみれば、未経験者は俺だけなのか。
俺がそう答えると、シャオミィは右手の人差し指を立てた。
相変わらず、好奇心の固まりだ。これは、トイレを覗かれないように、本気で気を付けておいた方が良いのかもしれないな。
さて翌日。
今日は仕事。しかし今月は早番、すなわち勤務時間がティータイム(4時)からなので、起床時間も他の皆と合わせられる。
ちなみに今日は休日。梨花さんも愛もシャオミィも皆、朝食を食べ終え、リビングでくつろいでいる。のんびりとした朝である。
フィーリアは甲斐々々しく、部屋のお掃除中。同じ使い魔の格好でも、そこのソファで転がっているシャオミィとは天と地の差だ。
梨花さんは新聞から顔を上げ、娘の方を見た。
愛が聞く。するとシャオミィは、愛の方を振り返りながら答えた。
なるほど、そいつは良かった。
朝食を食べたせいだろうか、はたまたウォッシャの話を聞いたせいか、いや、ここ数日、お通じがなかったのも事実だがとにかく、下腹部から外に圧迫するような、独特の便意に俺は襲われた。
こいつはちょうど良い、ウォッシャとやらの性能を試してみようじゃないか。
俺はそう判断し、無言でリビングを出た。
余計なことを言うと、シャオミィが何かやらかしそうだし、な。沈黙は金、というやつさ。
トイレに入ろうとしたその時。
廊下を歩いていたフィーリアに声をかけられた。
俺はありのまま答えた。
彼女なら、周りに言い触らすこともないだろうと判断してのことである。
なるほど、彼女の目的地もトイレだったらしい。もっとも、目的は違った訳だが。
俺はそう言うと、トイレに入った。
外から遠巻きに眺めていた時は気付かなかったが、トイレは随分と変容していた。
特に、便座の付け根に大きな機械部が取り付いているのは、大きな変化である。邪魔にはならない大きさだけどね。
よく見ると横一直線に、指3本程度の径で、溝が彫られている。ははぁ、さてはこれが、梨花さんの言っていた「しっぽ退避用の溝」だな。シャオミィのものだろうか、白い猫毛も付いてるし。
ズボンを降ろして腰を下ろす。便座が温かいことを除けば、今までと特に変わりはない。便座が温かいのは大きな変化だが。
例の痔の方は、あまり良くない。痛みには慣れた。とはいえ決して、それは気持ちの良いものではない。
出すものを出し終えた俺は、左にあるトイレットペーパーに手を伸ばした。
いつもの癖。俺は自嘲しながら、右にある操作パネルに手を伸ばした。
記憶を辿ることおよそ1分、俺は手前から2番目のボタンを押せば良いことを思い出した。
かちっという手ごたえ。便座に僅かながら、振動が走る。
そして、次の瞬間!
水が、凄まじい圧力で俺に襲いかかってきた!
沁みるッ!
俺にぶつかり、飛び散る水。それが病巣部に触れるだけで、奥深くまで沁みる痛み。
俺は歯を食いしばり、ともすれば漏れ出でる声を、必死で噛み殺した。
今まで俺は、傭兵として、いくつもの修羅場をくぐってきた。手ごわい魔物どもに囲まれ、満身創痍になりながらも切り抜けたことだってあった。両腕に咬み傷を負い、血を流しながらカッツバルゲルを振り回したことだってあった。
あの時に比べたら、この程度ッ!
ロバート・バーンよ、お前ならこれしきの苦痛、耐えられぬ訳がない!
俺は自らを鼓舞するように、自身を叱り飛ばした。
拳を強く握り締める。
噛み締める歯が、ぎりりと切迫した音を鳴らす。
患部が熱い。灼けるようだ。
伸ばした右腕の裏拳で、俺はスイッチを叩き切った。たちまち、水は止まり、機械音を震わせて仕掛けが元の鞘に収まっていく。
病巣部の痛みと熱もしばらくは続いたが、やがてそれらは、永遠に続く夜がないように、次第に薄れていった。
安堵の息が漏れる。
俺は心の中で、そう呟いた。
まさか、これ程刺激がきついものだとは思っていなかった。しかも、精密射撃である。ダーツで言えば、真ん中の赤いシンボルをたった一矢で射貫くようなものだ。しかも、渾身の力を込めて、である。ここで活躍させるには、あまりにも惜しい腕前じゃないか。
何気なく、操作パネルの蓋を開けてみると、水圧の設定が最強になっていた。
リビングでの会話からして、最後に使ったのは、ヤツか。一体、何を考えているのやら・・・。
あまり長く留まると、後で小うるさいシャオミィがいろいろ詮索してくるに違いない。
しかし、今ので本当に汚れは落ちているのだろうか。正直、不安だ。
俺は念のため、トイレットペーパーで尻を拭き直すと、トイレを後にした。
昼食中。
案の定シャオミィが、俺に聞いてきた。
実際、使ったのだし、嘘をつく必要もないので、俺は素直に首を縦に振った。
興味津々、という表情の彼女。
俺は、どうとでも取れる答を返しておいた。
すると。玉虫色の返答に、シャオミィが詳細を求めるべく、話の続行を促してきた。
・・・やはり、貴様の仕業かッ。
しかし詳細の催促は、愛によって遮られる。
二人がかりの制止を受け、さすがのシャオミィも、それ以上の会話続行はしなかった。
そう、今日の昼食は、チキンカレー。フィーリアが朝から、ことことと煮込んでいた品である。それほど辛くもなく、まろやかな仕上がりになっている。
フィーリアが、カレーを口に運ぶ最中の俺に声を掛けてきた。
スプーンを持った手をそのまま口元で止め、聞き返すと。
彼女は上目使いに、俺を見ながら言う。
その瞬間、シャオミィの耳が撥ねるように、ぴくりと動いた。
ああ、地獄耳とはこのようなことを指すのか。俺は妙に、納得してしまった。
シャオミィが明らかに、不機嫌そうな顔になった。
シャオミィは見かけも生物学上も、歴とした女性だが、フィーリアのような幼女が大好き。平たく言えば、ロリコンで同性愛者である。
もっともその愛は、一方通行だけどね。
なので彼女にとっては、他の人、特に俺のような男性がお呼ばれするのは、ただならぬ事態と言えよう。
傍から見ていても、彼女が嫉妬の炎に包まれている様が、手に取るように分かる。
なだめてやるべきか?
いや、放っておいても面白そうだから、放置してみよう。
俺は頷いた。
食後。彼女の部屋に向かうまでの間、俺はリビングで時間潰しをしていた。当のフィーリアはキッチンで洗い物をしていたが、それも終わったらしく、リビングに顔を出した。どうやら、俺がリビングにいるのを知っていたらしい。
フィーリアの部屋に入ると、彼女は一人掛けの椅子に座るよう、促した。彼女自身は、机の前にある椅子に腰掛け、こちらを向いている。
彼女の、ピンクを基調とした部屋は、どことなく温かみを感じる。
俺が切り出すと、彼女は少し頬を赤らめた。
思わず、オウム返し。
あながち外れてはいないが、俺がはぐらかすと。
フィーリアは胸の前で、両手の人差し指の先端同士を付けたり離したりしながら、俺の質問に答えた。
掃除の時って・・・。臭いがするとは言っても、嗅ぎ分けられるほど残っているものなのだろうか?
そういえば、彼女は猫の使い魔だった。嗅覚が並外れているとしても、不思議じゃないな。
フィーリアは続ける。
うわ。きっちり見抜かれてる。
ということは、シャオミィあたりにもバレてるのかも・・・。あいつも猫(の使い魔)だし。
・・・いや、あいつは頭も猫相応だから、気付いてないだろうな。
俺の反応から、彼女は悟ったようだ。
俺はフィーリアの顔を見た。
そこには、好奇心に満ちた顔ではなく、俺のことを気遣ってくれているような、心配そうな表情があった。
俺は少し考えた後、決断した。
もし、興味本位で聞いていたなら、OKしなかったろう。
俺がからかうと、彼女は首を横に振った。
でも俺も、からかってはいるが、半分は本音だ。彼女の心遣いを知っているからね。
彼女につられ、俺も思わず表情を崩した。
かくして、治療が始まった。
まずフィーリアは、部屋の隅に置かれたベッドを指さし、身振りを交え、俺に、腹ばいに近い格好をさせた。
腹ばいになっているのは腰から上だけで、膝は床についた状態。ベッドもそれほど高くはないので、胸まではベッドについているが、腰の方は浮いてしまっている。両腕を組んで顎を乗せると、さぁ今からマッサージでも受けようか、という感じである。
フィーリアが俺の視界から消えた。気配から察するに、後ろに回ったのだろう。
ちょうど、俺の尻の前当たりだろうか。
それって、まさか・・・。
ちょっと待て。それはさすがにヤバいだろ。
俺は首を縦に振ろうとした。が、うつ伏せなので頭を動かしづらい。仕方なく俺は口で返事をした。
確かに、それも困る。何たって、用心棒は相手を威圧できなくてはならないし、最悪、酔客との闘いだって有り得る。体力が落ちている状態で用心棒を務めるというのは、あまりにも危険だ。
・・・なるほど、そういう事情があるのか・・・。
しかし、頭で理解はしても、実際に服を脱げと言われると、さすがに抵抗がある。しかも相手は女性。さらに、外見はあどけない少女だ。その状態で、すんなり服を脱げるほど俺の神経は太くないんだよ。
頭の中で、理性と
このまま痔で苦しむ方がまだマシじゃないか、とさえ思う。しかし服を脱ぐことを苦に治療を断るのは、せっかくの彼女の厚意を無為にしてしまうのではないだろうか。
俺は、相当、悩んだ。
そんな俺を決断へと導いたのは、彼女への普段からの厚い信頼と、彼女の人柄だった。
俺はズボンを降ろした状態で、上半身のみベッドに伏していた。フィーリアは後ろに回って、傷口を確認している。
表面上、冷静な返事はしたものの、正直、とても恥ずかしい。いくら見かけは子供とはいえ、中身は大人のフィーリア。そんな彼女に自分の尻の穴をまじまじと観察されることが、恥ずかしくないわけがない。
フィーリアは、俺の尻の皮を前後左右に、ぐにぐにと引っ張り始めた。
・・・無茶言うな。
しかし、痛くはない。むしろ、痒いところを伸ばされているので気持ちが良い。
俺は、ほっと胸をなでおろした。
痔の具合より、この状況が終わると期待してのことであるのは、言うまでもない。
彼女は苦笑しながら、付け加えた。
指先で傷口の周囲をなぞりながら、フィーリアが解説する。
いや、解説はいいから治療に進んでくれ。何度も思っているのだが、この格好、かなり恥ずかしい。
と、その時。
ととととと・・・、と、廊下を誰かが走り来る音。
ふと、嫌な予感がした。
そして。
ノックの後、フィーリアが言い終わらぬうちに、部屋の扉がシャオミィによって、開けられた。
時間が、止まった。
半開きの扉から半身を覗かせた状態で、シャオミィが。
尻を丸出しにした状態で、俺が。
その後ろで診察中の、フィーリアが。
3人が3人とも、完全に、硬直した。
間違いない、見られた。
でも、別にやましいことじゃない、正当な治療行為のはずだ。
俺が尻を出しているのは、必要なことなんだ。
もっと言えば、それが必要だと言ったのは、俺じゃなくてフィーリアだ。
一瞬で、様々な弁明が頭に浮かぶ。そしてそれらが脳裏で渦巻く。まるで、竜巻に舞う木の葉のように。
この状況、どの木の葉を選べば良い?
やっとのことで、喉の奥から言葉を絞り出す俺。
ああ、言い訳にすら、なってないな・・・。
だが、その言葉は、呪いを解く司祭の呪文のように、俺達を金縛りから解き放った。
シャオミィは、ショックを受けたのか、無言のまま顔を引っ込め、ととととと、と走り去っていった・・・。
もしかしたら、今起きたのは夢?
いや、そんなはずはない。でも、夢だと思いたい。
唯一、相手がシャオミィだったのが、不幸中の幸いか。これがもし、愛さんだったら・・・。
フィーリアは扉に後付けされた金具に
ちゃちな鍵だが、ともあれ、これで一安心である。
何だか、説明が長くなりそうな予感。
シャオミィのことだ、放心状態になっていない限り、何かしてきそう、というか、多分、何かしてくる。
フィーリアが呪文を唱えると、徐々に、裂傷を負った箇所が、じんわりと温かくなってきた。もし暖炉に尻を向けたら、こんな感じになるのだろうか。いや、尻を暖炉に向ける変態的なポーズは想像したくはないが。・・・でも俺の今の状況は・・・。
やがて、フィーリアから送られて来る熱気に、俺の内部は火を点けられたのか、内側からポカポカと温かくなってきた。
不思議で、幸せな感覚。傷口が塞がっていくかのような、錯覚さえ覚える。
俺は今の恥ずかしい状況も忘れて、至福の時間を感じていた。
果たして、どれほどの時間が流れたのだろう。1分すら、経っていないのではないだろうか?
扉の向こうから、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
一人の足音ではない。随分、荒い感じだ。
再び脳裏を
・・・やがてそれは、現実のものとなった。
ドン、ドンドンドン!
扉をたたく乱雑な音。扉はもちろん、この部屋の扉。
この声は、シャオミィだ。間違いない。
自分の名を呼ばれたためか、フィーリアは魔法の詠唱を中断した。
しかし、次の瞬間!
バァンッ!
すさまじい破壊音と共に、扉は解放された。
金属で造られた閂は、その役目を全く果たせず、ぐにゃりと曲がり、勢いよく吹き飛び柱にぶつかった後、無残な姿で床に転がった。
扉が開くと同時に、シャオミィが弾丸のように飛び込んで来る。
その軌道は、俺に向かって一直線。
手には、箒。
バシィッ!
勢いよく振り下ろされた箒は、無防備な臀部を直撃した。
ビシッ! バシッ!
やばい、聞く耳持たぬという感だ。
フィーリアはただ、おろおろしている。
彼女の悪い性格。こういう状況になると彼女は、咄嗟の判断ができなくなってしまう。
おまえさんから、こいつを説得してくれなければ、この場は収まらんよ。パニックになっている状況じゃないんだ。頼むよ、フィリィ!
幾度となく打ち下ろされる箒に、俺はひたすら耐えるしかなかった。
もちろん最初の、不意打ちの一撃以外、尻は両腕でガードしてはいるが、痛いことには変わりない。
やがてシャオミィの攻撃が、止んだ。
疲れてしまったのだろうか?
恐る恐る目を開け、後ろの様子を伺う。しかし、後ろを振り向くより先に、俺の視界には、すらりと長い脚が映し出された。
視線を上に動かすと、短めのズボンと、へそが出るくらいの丈が短いシャツ。そしてプラチナブロンドの髪と、
俺が密かに想いを寄せる人、愛である。
後ろには梨花さんもいる。
愛さん、いつの間に・・・。
ああ、彼女にだけは見られたくなかった。
彼女は俺を、はるか上方から睨め付ける。
口調は静かだが、その言葉は俺を冷たく射貫く。
梨花さんも、信じられないものを見たと言わんばかりの口調。
これには、話せば長くなるが、海より深い事情ってヤツがあるんだ。
しかし俺の必死な言い訳は、愛の止めの言葉で中断させられた。
彼女は、愛は、まるで汚物を見るかのような目付きで、吐き捨てるようにそう言い放った。
俺はこの瞬間、彼女の俺に対する認識が、霊長類ヒト科ヒトから、食肉類ケダモノ科(?)のイヌに成り下がったことを直感した。
もう、涙が出そうだ。
心が痛いというのは、こういうことなのか!
シャオミィに言われたのなら、まだ耐えられる。梨花さんでも、多分、耐えられる。
でも、愛さんに言われるのは、かなり、堪える。
俺は、どうすれば良いんだろう・・・。
もはや反論する気力さえ失い、俺はベッドに突っ伏していた。
遠くの方から、フィーリアの声がする。
きっと、俺の名誉を回復しようとしてくれているんだろう。
ああ、でもちょっと遅かったよ。
俺の繊細な心は、既にズタズタさ・・・。
この声は、シャオミィだ。
いやフィリィ、突っ込み所はそこじゃない。
違うんだ、違うんだよ愛さん・・・。
ああフィリィ、そういう曖昧な言い方は避けてくれ・・・。
梨花さん、盛大に勘違いしてるぞ?
この声はシャオミィだ。
まぁシャオミィの言うことだから、真剣に受け止めなくても大丈夫だろうけどよ・・・。
彼女が半ば強引に、俺に話を振ってきた。しかし俺が応じるより早く、愛が割り込む。
彼女の中では、俺は既にモノ扱いらしい。
精神的には、すっごく傷ついてるんですけど、愛さん・・・?
怪我って、さっきのじゃなくて、痔のことかな?
いや、もう伏せなくてもいいぜ? 既にそれ以上のダメージ、受けちまったし。
ああ、ようやく、まともな方向に話が動き出したよ・・・。
フィーリアが解説すること3分。
愛と梨花が、納得の声を漏らした。
ようやく、誤解は解けたらしい。
ここまでたどり着くのに、一体どれだけの犠牲を払ったのだろうか、俺は。
いや、釈然としてくれ、シャオミィさんよ。
俺からしちゃ、威厳もプライドも、何もかも失ってるんだ。これでなお、納得してもらえないというなら、これ以上、俺は何を失えば良いというのだ?
・・・え?
何か、変な方向に話が進んでないか?
慌てて目を開け後方を確認すると、ちょうどシャオミィがこちらへ近付いてくるところである。
俺は慌てて、両手で患部を隠した。
シャオミィは小悪魔っぽい笑みを浮かべている。
図星だな、これは。
こら、スルーするんじゃない! というか、他を巻き込むな、頼むから!
愛さんなら、俺の心の痛みを
梨花さん、せめて、このバカ猫だけでも回収していってくれーッ!
結局、愛とシャオミィがフィーリアに説得されて部屋から出て行ってくれるまで、俺は散々いじられることになった。
今まで、おふくろにすら見られたことのない恥ずかしい場所を、年頃の女性に、まじまじと観察されるという恥辱。
尻だけではなく、きっと、おいなりさんの裏側とかも見られているに違いない訳で・・・。
しかも、全裸ではなく半裸。格好も変態的だ。このまま鞭か何かでぶたれている方が、まだ絵になったかもしれない。
やべぇ、涙が出てきた・・・。
俺の呼びかけに彼女は、治療の手を止めた。
慰めてくれるのは嬉しいのだが、彼女の声が上ずっているのは、気のせいじゃないな・・・。
俺の後ろで、フィーリアが魔法の詠唱を再開した。
きっと、痔は快方に向かうだろう。
でも恐らくは、俺の心の傷は、癒えるまでに相当な時間がかかるに違いない・・・。
2時間後。
俺は仕事場である、居酒屋に到着していた。
マスターが厨房で、料理を仕込みながら挨拶をよこす。
努めて、普段どおりに振る舞う俺。あんな悪夢はすぐにでも忘れてしまいたい。
何か、見抜かれてないか? 俺としては、普段どおりに振る舞っているつもりなのだが。
いや、それはちょっと大袈裟だな。
心の中で俺は、礼の言葉を述べた。
その時、店の戸に取り付けられた鐘が、からからと鳴った。
さぁ、今日も頑張るか・・・。