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絶えぬ苦痛に訣別を

こ、この程度の痛み・・・、物の数ではないッ!
Robert Burn

プロローグ

悲劇の始まりは、俺が用心棒バウンサーとして働いている場末の酒場だった。

その日の務めも終え、家に帰ろうとした矢先のこと。

悪魔は唐突に、俺に襲いかかってきたのだ・・・。

第1景 悪魔

時計の針は、3時を指そうとしていた。

深夜。酒場には俺とマスターしか、いない。

「そろそろ、時間だな。」
「うむ。今日も一日、御苦労だったね。」

マスターが俺に、労いの言葉をかける。

これで俺の今日の仕事はおしまいだ。右肘に左手を添えると俺は、そのまま右腕を大きく頭上後方に伸ばした。

俺の名はロバート・バーン。本来は傭兵である。

傭兵と言えば、魔物がうごめく薄暗い洞窟への冒険や、野盗の巣くう道を行く商人などのお供として活躍する職。

が、この平和なご時世、傭兵が活躍できる場面などほとんど無く、否応無しに俺は転職せざるを得なくなった。

ま、転職とは言っても、もとより、剣を振り回すのが得意なので、その手の仕事を色々と探し・・・、結局は酒場の用心棒ということで落ち着いている。

給料もそこそこ良いし、割と性に合った仕事だと俺は思う。ただ、酒好きの俺としては、隣で客が飲む酒の匂いを我慢しなければならない、それだけが精神的にきつく感じる。

「帰る前に何か、食べて行くかい? とは言っても、残り物だけどね。」
「悪いね、いつも。」

薄暗いランプが、赤茶けたレンガの壁を照らしている。天井は木製の梁が剥き出しになっており、こちらも褐色に変色している。

随分くたびれた感があるが、何でもこの建物は、もとは和風の料理屋だったらしい。それを壁だけ洋風にしたところ、和洋折衷というかは和洋混在と言った方が良さそうな、今の店舗になったのだそうだ。

「よいせ、と。」

カウンター席に腰を落ち着けると、ずらりと並ぶ酒瓶が良く見える。

用心棒としてこの店にいる時は、入り口付近で立っているのだが、そこから見る時とは、随分と感じが違うものだ。

マスターはカウンターの裏側にあるコンロで、俺のためにごちそうをこしらえてくれている。

このコンロも、今は腰を下ろしているので見えないが、随分と年期が入っている。でも手入れは行き届いているらしく、入り口からギリギリ見えるそのコンロは、いつもピカピカだ。

そのコンロの上、鉄板に乗せられたのは匂いから察するに肉であろう、その肉が焼ける心地よい音、そして、肉に添えられているであろう香辛料の得も言われぬ香りが、俺の鼻の奥をくすぐり胃を刺激する。

が。

(うん・・・?)

胃ばかりではなく腸が刺激されたのか、俺は急に便意をもよおした。

そういえば、ここ3日ほど、お通じがなかったな。

「トイレ、使わせてもらうよ。」
「おう。」

マスターに断ってから俺は、店のつきあたりにある、客と従業員兼用のトイレに入った。

ここのトイレは和風のまま。俺はどうも、この和式便所というのは苦手だ。かがまないといけないのは、膝への負担が大きい。腰に提げたカッツバルゲル(S字形の柄を持つ片手剣)は壁に立て掛けてあるものの、革の鎧は着たままなのだ。

どうにかこうにか体勢を整えた俺は、むん、と下腹部に力を込めた。あ、食事中の方は申し訳ない。

しかしその瞬間!

「・・・ッ!?」

裂けるような激しい痛みが、突如、俺に襲いかかったのである!

傭兵である俺は、数々の戦場をくぐってきた。魔物に牙を立てられること、野盗に斬りかかられること、数々。痛みには慣れているはずの俺なのだが、それは、その俺でさえ怯むほどの痛みだった。

「・・・くっ・・・!」

熱を持ち、鼓動に合わせズキズキと響く痛み。

尻を拭くと、紙にはベットリと血が付いている。

(畜生、何てこった・・・!)

便器も、真っ赤に染まっていた。

これが噂に聞く、痔という病か・・・ッ。

もちろん俺にとっては初めての経験。正直、どういう病かさえ詳しくは知らない。

人は口をそろえて、「痔は辛い」という。これは、それなりに覚悟をしておかないといけないのか・・・。

カウンターに戻ると、マスターは料理を作り終え、待っていた。

「おかえり。(料理は)出来てるぜ。」
「ああ、ありがとう。」

皿を見ると、予想どおり肉料理だ。しかも、俺の大好物、ステーキである。おまけに、結構な分厚さ。

「ご、豪勢だな・・・、いいのかい?」
「ああ。たまにはこういうのも、いいだろう? ま、材料を仕入れ過ぎたというのもあるんで、遠慮はいらんよ。」
「や、ありがとう、ここ最近、贅沢な肉は食ってなかったから、嬉しいよ。」

マスターとはそれなりに長い付き合いなので、俺の好みの焼き具合も知っている。ステーキは、血も滴る見事なレアに焼き上がっている。

(ああ、トイレの一件さえ、なければなぁ・・・。)

皿に落ちた血を見て、俺はそう思った。肉汁と混じり淡く色づいたスープは、どうしてもトイレでの一件を思い出させるのだ。

「ん? どうした、体調でも悪いのか?」
「あ、いや、大丈夫だ、何でもない。」

俺はそう答えると、肉汁が溢れんばかりに滴る分厚い肉に、ナイフを入れた。

「ごちそうさま。久しぶりに贅沢させてもらったよ。ありがとう。」

もちろん、ステーキは平らげたし味も申し分なかったのだが、どうにも物足りない気分だ。

ああ、アレさえなければなぁ・・・。

例の件は伏せたまま、マスターに礼だけ言うと、俺は身支度をして帰路についた。

第2景 悪化

あれから1箇月ほどが経った。

最近、どうも、体力が落ちたような気がする。

痔の方は、最初のうちは2回に1度程度、出血していたが、最近ではトイレで力むたび出血している。

体力の低下は、そのせいかもしれない。

第3景 新技術

朝。

日増しに暖かくなり、桜もちらほら咲き始める頃。俺が居候をしているシャオ家に、ちょっとした変化があった。

「あれ、シャオミィさんは?」
「さぁ? 起きてはいたと思うけれど・・・、どこへ行ったのかしら。」

朝食を前に、フィーリアと愛が首を傾げている。

フィーリアというのは、俺達と一緒に暮らしている使い魔。本名はフィーリア・レイクロス。

使い魔というのは、半人半獣の姿をしたお手伝いさんみたいなものである。世間一般の使い魔は、ただひたすら主人に仕えるものらしいのだが、彼女はちょっと変わっていて、自分の意志を持ち行動する。なので見かけは使い魔でも、中身は人間と何ら変わらない。

首あたりでそろえられたピンク色の髪をかき分けるように、白い体毛に覆われた三角形の耳が、左右に、にょっこり突き出ている。そしてその猫のような耳が時々、ぷるぷると動いている。少し気は弱いが、おとなしくて可愛らしい少女だ。

一方で、愛というのは、俺と同じく居候の身の女性。本名は霞ヶ峰・愛というそうだ。

ちょっと癖のあるプラチナブロンドの髪を脇辺りまで伸ばした彼女は、目鼻立ちも良く、美人の部類である。

ここに厄介になる前は一人暮らしをしていたらしく、しかも武器屋を一人で切り盛りしていたそうで、そのためか言葉遣いも結構、丁寧ではあるが、性格は割とキツい。

でも、産まれると同時に母を、成人するより早く父を亡くしたためか、彼女は時折、精神的に弱い一面を見せることがあって、俺にはそれが、とてもいとおしく感じられる。

「まぁ、そのうち、ご飯の匂いに釣られて、顔を出すと思うわ。」
「あはは。」

ここで小馬鹿にされているのは、シャオミィと呼ぶ一人の少女である。本名はシャオ蜜花ミィホァ。この家の主、梨花リィホァさんの娘だ。

彼女の特徴は、茶色の髪でも茶色の瞳でもなく、白猫の使い魔の外見を持ちながら、自らを人間と呼ぶところ。人間なのに使い魔の格好をしているのには、過去に何やら事情があるらしい。「本人曰く『海より深い事情』」だそーだ。俺は良く知らんけどね。

ちなみに若干、レズっ気あり。蕭家随一のトラブルメーカーである。

「どうする? 先に食っちまうか?」
「んー、とりあえず、寝室を見て、それから決めようよ。あたし、見てくるね。」

俺が提案すると、お人よしのフィーリアはそう答えて席を立った。

しばらくして、フィーリアが戻ってきた。

「どうだフィリィ(フィーリアの愛称)、(シャオミィは)見つかったか?」
「あ、えと、トイレみたい。」

聞いてみると、トイレの電気がついていて、人の気配がしたそうだ。

なるほど、シャオミィが顔を見せない訳である。

「どうしましょう、先に戴こうかしら・・・。」
「そうだな・・・。」

俺が愛に応じたその時。トイレの方から、水を流す音が聞こえてきた。

ややあって、ダイニングの戸が開く。

「あー・・・、うー・・・。」

入ってきたのは、先程まで話題に上がっていたシャオミィその人である。

「シャオミィさん、おはようです。」
「ちょうど全員そろったことだし、ご飯にしましょうか。」

愛が提案した。

ちなみに蕭家の主にしてシャオミィの母親である梨花さんは、今日は早朝出勤だそうで、既に家にはいない。

職業は政治家らしいのだが、娘も起きない朝早くから出勤しなけりゃならん政治家というのも、大変なのだな。ま、シャオミィはぐうたらな性格だから、早起きの引き合いに出すには相応しくないかもしれんがね。

「そういえば・・・。」

トーストを片手に、愛が切り出した。

「今日、工事の人が来るそうだけど、フィーリアちゃん、何か聞いているかしら?」
「あ、うん、聞いてるよー。」

彼女は口の中のものを、ごっくしと飲み込むと、そう答えた。

「何でも、トイレに業者さんが入る、って聞いたです。」
「故障かい?」

俺が聞くと、彼女は、首を横に振った。

「あたしは詳しく知らないです・・・。故障じゃないと思うけど・・・。シャオミィさん、さっき、トイレ使っていたし・・・。」
「ふむ、それもそうだな・・・。」

俺は頷くと、トーストをかじった。

「シャオミィ、何か聞いているかしら?」
「んと、ウォッシャを取り付けるんだって。むぐむぐ。」

愛の質問にシャオミィは、食べ物を口に入れたままもごもごと答えた。

「ウォッシャ?」

聞いたこともない単語を聞き、俺は彼女に問い返す。

どーでもいいが、梨花さんがいなくて良かったかもな。いたら、行儀が悪いと叱られただろう。

するとシャオミィが、パンの上に目玉焼きを乗せながら、答えた。どうやら、まとめて食べる算段らしい。

つーか、口の中にある物を先に飲み込めって。それともリスのように、頬袋に詰める気かい?

俺は思わず、シャオミィが頬を膨らませたまま、通学路を走る姿を想像してしまった。

俺の想像の世界で学校へ駆け込む彼女の姿は、なかなか滑稽である。

俺が無駄に想像力を働かせているうちに、話はウォッシャとやらの解説になっていた。

「紙でお尻を拭く代わりに、水でお尻を洗う装置だよ。紙も無駄にならないし、拭き残しもなくなるから便利らしいよ。」
「ほぇ・・・。」

フィーリアが、目をぱちくりとさせている。

水で尻を洗う装置・・・? 何とも、想像しがたいな。

「っと、時間がないや。詳しくは帰ってきてからね。」

そう言うや否や彼女は、目玉焼きを乗せたパンを2つに折り畳んでサンドイッチにし、それを口に押し込むと、席を立った。

何て事だ、頬袋作戦を、本当にやってのけるつもりなのか。

空想の世界の彼女と、今の姿を重ね合わせた俺は、正直、笑いを堪えるのに苦労した。

日が沈むころ。

愛とシャオミィが帰ってきた。

先に帰って来たのは、愛。

彼女は、自警団の一室を借りて、砥ぎの仕事をしている。彼女と初めて知り合った時も、彼女に砥ぎの依頼をしたのがきっかけだった。話せば長くなるので、今は割愛しよう。

彼女の腕は良く、俺は今でも、砥ぎは彼女に任せている。お金はきっちり取られるけどね。身内割り引きくらい、あっても良さそうなんだが・・・。

そして、彼女が帰ってきた後、ややあってシャオミィが帰ってきた。

シャオミィはアルタイアの魔法学校に通う生徒。帰りが遅いのは、部活に勤しんでいたからだろう。

成績は体育を除いて、あまり良くないらしい。本人は大器晩成型だからと言い張っているものの、どう見ても単なる言い訳。学期末にはいつも、梨花さんの説教を受けている。

「ただいま。(トイレの)工事、終わった?」

鞄を放り投げながら、シャオミィが慌ただしくリビングに入ってきた。

「ああ、おかえり。俺は良く知らん。多分、フィリィが立ち会ったんじゃないかな。」

俺はシャオミィにそう応じた。

今日は仕事は休みだったのだが、昼間は庭で剣術の鍛練をしていたので、俺は家の中の様子は把握していない。

すると、リビングのソファに腰掛けて夕刊を読んでいた愛が、口を開いた。

「あのなら、自分の部屋にいるんじゃないかしら。いつもこの時間は、部屋で本を読んでいるみたいよ。」
「了解っ。」

シャオミィは元気良く返事をすると、制服の胸元についているリボンを揺らしながら、各人の部屋がある2階へと上がっていった。

第4景 嵐

しばらくすると、シャオミィがフィーリアを連れて、1階へと降りてきた。

シャオミィはいつの間にか、いや、さっきに決まっているが、しっかり、普段着に着替えている。

「みんな、フィリィが使い方を教えてくれるよ。トイレに集合っ!」

彼女の言により、まだ帰ってきていない梨花さんを除いた全員が、トイレ内外に集合した。もっとも、トイレの中はかなり、狭い。他の3人は中に入っているものの、俺は図体もでかいから外から覗いている。

「しかし、狭いわね・・・。」
「そりゃそうだ、トイレに3人も入ろうとする方が、無茶ってものさ。」

俺は入り口の側にある柱に身を預けながら、茶化すように答えた。

トイレの中には、今までなかった、妙な操作パネルが壁にかかっている。便器は入ってやや右に設置されており、座ったとすると入り口は左手に位置する。その操作パネルは、入り口から見て正面、すなわち、座った状態なら右手に面する壁にかけられていた。

フィーリアはその傍に立って、いざ、説明をしようとしている。

「フィーリアちゃんはもう、実際に使ったのかしら?」

愛が聞くと、フィーリアは首を横に振った。

「あ、ううん、あたしは工事の人から、使い方を聞いただけです。」

なるほど。

「となると、まだ誰も、実際には使っていないんだな。」

言うまでもなく、俺も使っていないからね。

「うん。だから、使い方だけを大雑把に、説明するね。」
「お願いするわ。」

フィーリアは一呼吸置くと、パネルの方を向いた。

「えと、まず、操作パネルの方を見てください・・・、って、シャオミィさん・・・。」

俺も操作パネルに目をやる。と、シャオミィはパネルの目の前でしゃがみ、それを食い入るように、じっと見つめている。

どおりでさっきから、シャオミィが静かである訳だ。いやはや全く、その操作パネルのどこに、見つめ続ける要素があるのだろう。俺には、そんなに面白そうな物には見えないが・・・。

彼女が凝視しているそのパネルには、5つのボタンがついている。パネル自体は正方形に近い長方形で、その上辺に、パネルを縮小したような四角いボタンが5つ並んでいる。一番右、便座に近いボタンが赤い色になっている以外は、表面に描かれたシンボルマークを除いて、どれも違いがない。

「紙で拭く代わりに、まず、このボタンを押します。」

フィーリアは、右から2番目のボタンを指さした。

そのボタンには、ωオメガ記号と、その下に噴水マークが描かれている。

「この、右から2番目のボタンを押すと、水が出てきて、お尻を洗ってくれるそうです。」
「ふむふむ・・・。」

今まで押し黙っていたシャオミィが、納得の声を漏らす。

ふと、俺の脳裏に、嫌な予感が走った。

「試してみよう。ぽちっと。」
「あ!」

シャオミィが何気なく、そのボタンを押してしまう。

すると。

便器からウィイインという機械音を響かせながら、金属のパイプが伸びてきた。

便器を口に例えるなら、それはまるで、口蓋垂のどちんこ。どことなく、ユーモラスである。

そしてその直後。

ぷしっ、という音を発し、先端のノズルから水が、噴水よろしくほとばしった。

「きゃあ!」

水は美しい放物線を描き、愛の方に向かって飛ぶ。

「おぉ〜。」

足元に水がかかりそうになりのけ反る愛をよそに、シャオミィは感心した風。

あーあー、勝手に触った上に愛さんに水を浴びせちまって・・・。後でとっちめられても知らんぞ、俺は。

「こっちは何だろ?」

しかし、周りの迷惑を一切顧みず彼女は、ω記号と、その下に扇状に噴水が描かれている、中央に位置するボタンを押した。

一直線を描いていた噴水は、ミニ竜巻のような逆さ円錐状に形を変え、さらに飛沫しぶきを辺りに撒き散らしはじめた。

「うあ。こっちに飛んできた。」
「シャオミィさん、止めてー。」
「ど、どーやって・・・?」

知らんならやるなよ、全く・・・。

俺はトイレには入っていないので、水が掛かることもない。高みの見物とはまさに、このことだな。

フィーリアは手を伸ばすと、彼女からは一番遠い位置にある、赤いボタンを押した。

すると、たちどころに放水は止み、出て来た時とは逆の順序でノズルは引っ込んでいった。

「シャオミィ、勝手にいじらないの。」
「えへへ、ごめん、ごめん。」

愛に叱られ、シャオミィはばつが悪そうに頭を掻いている。

愛がそれほどきつく怒っていないのは、水が実際に掛からなかったためだろうか。

「え、えと、この色違いのボタンは、(水を)止める時に使います。」
「ええ、自らの身で以て体感したわ。」

愛さん、実はかなり怒っている・・・ような気がしてきたぞ?

そんな彼女の口調に気付いてか気付かないのか、ともかくもフィーリアは、話を先に進めた。

「右から3番目のボタンは、右から2番目の時より、低い水圧で広範囲に洗います。好みに応じて使い分けてみてください。」
「なるほど。」

俺が相槌を打つと、フィーリアはさらに続けた。

「で、反対側、左から2番目のこのボタンは、前の方を洗います。ロバートさんには、関係無いですね。」

そのボタンには、女性の絵と、例によって噴水が、こちらは赤い塗料で描かれている。

なるほど、女性専用という訳だな。

「最後のボタンは、乾燥です。これを押すと水は止まって、代わりに温風が吹き付けられて、乾燥させることができます。最後に使ってください。」

最後、一番左には、微風そよかぜを連想させる波の記号が、橙色の塗料で描かれていた。

これで一通りの説明は、終わりかな?

しかし聞いているだけで、何やら面白そうだ。使い心地が良ければ、酒場のマスターにも紹介してみるか。

・・・などと考えていたら、まだ説明は続いていた。

「・・・この蓋を開けると、詳細な設定ができます。」

5つのボタンの下、無意味に広いなと思っていたら、その表側はカバーになっていたようで、中には4つのスライダが隠されていた。こちらには、ボタンに絵が描かれているのとは対照的に、WTとかWPとか略号っぽい文字が書かれている。

「WTが洗浄水の温度、WPが洗浄水の水圧です。で、NPがノズルの位置、BTが温風の温度です。」
「うーん、分かりにくいなぁ・・・。」

同感だ。上のボタンの絵はどれも、分かりやすかったのに、こっちは何故こんな無粋な記号なのだろうか。

「あはは、そのうち、慣れるよ。で、これらのつまみを上に動かすと、温度は高く、水圧は強く、位置は前方に、それぞれ変化します。下に動かすと、逆になります。」
「分かったわ。」

俺も何となく、分かった気がする。スライドの方はまだ、怪しいけどね。

しかしシャオミィは。

「よく分かんないや・・・。フィリィ、後でボクに実演して見せて♪」
「こらこら。」

俺は笑いながら、恐ろしい提案をしているシャオミィに、クギを刺しておいた。

どうせシャオミィのことだ、フィーリアを脱がせて、実際に洗浄する様を見せろと言っているに違いない。そして、フィーリアの性格からして、本当に騙されても不思議はないからね。

一通りの説明を受けた俺達は、トイレを後にした。

第5景 効能

夕食の時間。

既に梨花さんも戻り、5人全員で、食卓を囲んでいる。

今日の夕食は、焼き魚だ。魚の種類までは俺には判らないが、フィーリアはサバとか言っていたっけ。

食卓に並べられた時は、背骨は取り除かれていた。が、背骨がないから食べ易いのかと思っていたのだが、さにあらず、身の中ほどに小骨が結構入っており、思いの外食べにくい。生前の魚が遺した、最後の抵抗というやつかも知れないな。

にもかかわらず愛やフィーリアは、きれいに身を切り分けている。なかなかどうして、器用なお二人だ。

「トイレの工事の方は、滞りなく終わったのかしら?」

この家の主、梨花さんが切り出した。

フィーリアが箸を休め、それに応じる。

「あ、はい、大丈夫みたいです。他のみんなには、あたしから、使い方の説明をしておきました。」
「梨花さんは使い方、知っているのかい?」

俺が聞くと彼女は頷いた。

「ええ、もちろんよ。議事堂にあるトイレには、全部、ウォッシャがついているわ。とても快適よ。」
「それで、こちら(蕭家)にも取り付けることにしたのですよね。」

ああ、なるほど、そもそもの発端は、梨花さんだったのか。

「誰か、もう使ったのかしら?」

梨花の問いに、フィーリアは首を横に振った。

俺もまだだな。そもそも、出る物がまだ出そうにないからね。って、食事中に考えるもんじゃないけど。

すると愛が。

「私は使ってみたわ。」

・・・いつの間に。

「慣れないと面食らうけれど、存外、良いわね。ただ、乾燥時はちょっと、冷たく感じたけれど。」
「それなら、乾燥時の温度を、高めに設定しておくと良いわ。」

なるほど、覚えておこう。

・・・そういえば、一番はしゃいでいたシャオミィが、随分と静かだな。

疑問に思い見てみると彼女は、テーブルの隅っこでサバと格闘中。皿の上には、ボロボロに崩されたサバの身が散らばっている。

その隣にいるフィーリアと比べても、食べ方の上手下手は一目瞭然だ。

「シャオ(シャオミィの愛称)、お前さんは試してないのか?」
「ん、まだだヨ。ご飯の後に試す予定。」

ふーん、珍しいな。好奇心旺盛、道端に変わった草でも生えていようものなら全て引っこ抜くまで気が済まないシャオミィのことだから、真っ先に試すと思ったのだが。

ま、俺もいずれ試すことになるんだろうし。食事中にその話題を盛り上げるのも、気が引けるな。

「体験談は今後の楽しみにして、とりあえず飯、食っちまおうぜ。個人的には愛さんの話には、興味あるけどね。」
「そうね、そうしましょう。」

俺の提案に、愛が賛成した。

食事を終えた後。

愛は皆の食器を下げ、フィーリアは洗い物をしている。二人とも居候の身であることを自覚しているのか、甲斐甲斐しく働いている。

え、俺?

まぁ、俺も居候なんだけどね。俺が手伝っても足手まといになるだけなんで、食器洗いとかは手伝えない。ま、代わりと言っちゃ何だが、もしこの家に強盗でも押し入ったら、その時は皆を護るんで、今は勘弁してもらおう。

梨花さんとシャオミィの母娘は、どこへ行ったのだろう、行方知れずである。

・・・と思ったら、いた。梨花さんは夕刊を探しに行っていたようで、一時的にいなかっただけらしい。

梨花さんはリビングに入ってくると、俺の向かいのソファに座り、新聞を広げた。

政治家なんだから、ニュースは誰よりも先に知っているはずなのに、何故わざわざ読むのだろう。以前、そう聞いてみたら、政治家とて全てのニュースを知り尽くしている訳ではない、とのこと。

そんなものなのかな。

と、そこへ。

「うぁー・・・。」

何やら、憔悴しきった表情で、シャオミィがやって来た。

「どうしたんだい?」

どうせ、たいしたことではないんだろうけど、好奇心に勝てず、俺は聞いてみた。

「ウォッシャ、使ってみたんだけどさ。」

ほう、ほう。

「どうだった?」
「しっぽの付け根に水が掛かった・・・。」

それを聞いた梨花さんが、新聞の上辺から顔を覗かせた。

「あらあら、(便座に)浅く座っていたのね。」
「仕方ないじゃん、キミ達と違って、しっぽがあるんだから。」

母親に指摘され、娘が口をとがらせる。

「そういえばシャオ、普段、(用を足す時は)しっぽはどうしているんだい? まさか、便器の中に垂らしてるとか・・・。」

俺が聞くと彼女は、呆れたように肩をすくめた。

「んな訳ないでしょ。釣り堀じゃないんだし・・・。」

釣り堀、か。確かに。そんなことをすれば、嫌なものが釣れそうだし、な。

「横に曲げてるんだよ。きつく曲げると痛いけど。」
「なるほど、それで浅く座るのか。」

しっぽがあるというだけで、トイレすらままならんのか・・・。他にも、人間用に作られたものが使えなくなることがあるんだろうな。使い魔って、色々と大変みたいだ。

すると、梨花さんが口を開いた。

「あら、気付かなかった?」

諭すような、それでいてちょっと悪戯っぽい声。

「ん?」
「今度、便座の付け根をご覧なさい。ちゃんと、しっぽ退避用の溝があるわよ。」

ほほう、そんな物があったのか。

「そこにしっぽをめ込めば、奥まで腰掛けられるわ。そのためにわざわざ、使い魔兼用の品を探したんだから。」

なるほど。今度、見てみよう。

と、そこへ。

「梨花さん、食器洗い、終わりましたわ。」

愛がやって来た。

「いつも御苦労様。助かるわ。」

梨花さんがねぎらう。するとシャオミィも。

「うむり、御苦労であった。・・・あいたっ。」

梨花さんの真似をしたシャオミィは、愛に殴られるより早く、母親から拳骨をもらっていた。

「あんたも少しは手伝いなさい。」

その様子を見ていた俺達は思わず、吹き出した。

「・・・そうそう、梨花さん、包丁の切れ味が少し、鈍ってきていますわ。今度、砥ぎ直しをしましょうか?」

彼女の、はしばみ色の瞳が、答えを促すように、梨花さんの方へ向く。

「もちろん、お金はいらないわ。お世話になっているから。」

前にも触れたが、愛は砥ぎ師である。俺が使っているような大きめの剣でさえ、問題なく砥ぎ上げる腕前の持ち主なので、包丁を砥ぐ程度、造作もないのだろう。

「あら、ありがとう、お願いしようかしら。」

よし、無料で砥いでもらえるなら、一緒にお願いするか。

「ついでに俺のも頼もうかな。」
「あら、ありがとう。1980ペブル(この世界の通貨)になりますわ。」

と思ったらやっぱり、きっちりお金は取ると言う訳だな。言葉遣いも営業用ていねいごになってるし。

ま、品物も見ずに値段を提示するあたり、こちらも本気で頼んではいないということを、愛も判っているのだろう。

「無料じゃないのか?」

冗談ぽく食い下がってみると。

「包丁とカッツバルゲルでは、物の大きさからして、違いますわ。それに梨花さんには、普段からお世話になっていますし。」

まるで、俺の世話にはなっていないと言わんばかり。

「冷たいなぁ。俺と愛さんとの仲じゃないか。」
「仕方ありませんわね・・・。特別に、2980ペブルで承りますわ。」
「ふ、増えてるッ!」

ナイスタイミングでシャオミィがツッコむ。

「なんてこったい、嗚呼、でも、その差額でどんな世話サービスがつくかと思えば、これはこれで楽しみだ。」
「心を込めて砥いで差し上げますわ。当社比1.1倍。」

俺達4人は、たまらず、吹き出した。

それからしばらくリビングで4人、雑談に興じていると、フィーリアがやってきた。

「はうぅ・・・。」

見ると彼女は、いつものメイド姿ではなく、薄い黄色の寝間着を着ている。

「あ、フィリィ、もうおネムの時間?」

シャオミィの目が爛々と輝きだした気がするのは、気のせいだろうか。

「いあ、そうじゃなくて・・・。」

彼女はソファの、空いている席に腰を下ろした。

間髪をいれず、シャオミィがその隣に移動する。

「あたしもウォッシャを使ってみたのですけど・・・。」

ほう、ほう。彼女もご他聞に漏れず、文明の機器を使ってみたらしい。

「どうだった?」

熱い視線を投げかけるシャオミィ。が、フィーリアは、それに気付く素振りも見せずに続ける。

「思いっきり、背中に掛かった・・・。」

・・・背中に?

そんな俺の疑問に答えるように、愛と梨花さんが答えた。

「あら、可哀想に。」
「相当、浅く座っていたのね。」

ああ、なるほど。こっちは、しっぽ云々以前に、足が短いから深く腰掛けられないのか。

「ノズルの位置を調整すれば、何とかなるかしら・・・。」

梨花さんがアドバイス。

「はい、次はそれを試してみます。」

うーん、こうやって聞いてみると、使いこなすのには結構、骨が折れるのかもしれないな。

「ロビン(ロバートの愛称)はどうだった?」

突然、シャオミィが俺に話題を振ってきた。

考えてみれば、未経験者は俺だけなのか。

「ご期待に沿えなくて悪いが、俺はまだ試してないな。出るモノがまだ、出る気配を見せないからね。」

俺がそう答えると、シャオミィは右手の人差し指を立てた。

「そか、残念。じゃ、使った後、かならずボクに報告するように。」
「何で、わざわざ・・・。まぁ、いいけどさ。」

相変わらず、好奇心の固まりだ。これは、トイレを覗かれないように、本気で気を付けておいた方が良いのかもしれないな。

第6景 試行

さて翌日。

今日は仕事。しかし今月は早番、すなわち勤務時間がティータイム(4時)からなので、起床時間も他の皆と合わせられる。

ちなみに今日は休日。梨花さんも愛もシャオミィも皆、朝食を食べ終え、リビングでくつろいでいる。のんびりとした朝である。

フィーリアは甲斐々々しく、部屋のお掃除中。同じ使い魔の格好でも、そこのソファで転がっているシャオミィとは天と地の差だ。

「そうそう、母さん、ウォッシャの、しっぽ退避用の溝、ついさっき試してみたよ。」
「あら。」

梨花さんは新聞から顔を上げ、娘の方を見た。

「どうだったの?」

愛が聞く。するとシャオミィは、愛の方を振り返りながら答えた。

「とても良い感じ。ウォッシャも問題なく使えたし。」

なるほど、そいつは良かった。

(うん・・・?)

朝食を食べたせいだろうか、はたまたウォッシャの話を聞いたせいか、いや、ここ数日、お通じがなかったのも事実だがとにかく、下腹部から外に圧迫するような、独特の便意に俺は襲われた。

こいつはちょうど良い、ウォッシャとやらの性能を試してみようじゃないか。

(長時間占領することになるかもしれんが、他の皆に断るのは止めておこう。)

俺はそう判断し、無言でリビングを出た。

余計なことを言うと、シャオミィが何かやらかしそうだし、な。沈黙は金、というやつさ。

トイレに入ろうとしたその時。

「あ、トイレですか?」

廊下を歩いていたフィーリアに声をかけられた。

「あ、ああ。ちょっと長くなるかも、な。」

俺はありのまま答えた。

彼女なら、周りに言い触らすこともないだろうと判断してのことである。

「はい、じゃ、トイレの掃除は後回しにしますね。」

なるほど、彼女の目的地もトイレだったらしい。もっとも、目的は違った訳だが。

「ああ、悪いね。」

俺はそう言うと、トイレに入った。

「ふむ・・・。」

外から遠巻きに眺めていた時は気付かなかったが、トイレは随分と変容していた。

特に、便座の付け根に大きな機械部が取り付いているのは、大きな変化である。邪魔にはならない大きさだけどね。

よく見ると横一直線に、指3本程度の径で、溝が彫られている。ははぁ、さてはこれが、梨花さんの言っていた「しっぽ退避用の溝」だな。シャオミィのものだろうか、白い猫毛も付いてるし。

ズボンを降ろして腰を下ろす。便座が温かいことを除けば、今までと特に変わりはない。便座が温かいのは大きな変化だが。

「・・・。」

例の痔の方は、あまり良くない。痛みには慣れた。とはいえ決して、それは気持ちの良いものではない。

「ふぅ・・・。」

出すものを出し終えた俺は、左にあるトイレットペーパーに手を伸ばした。

(っと、今回はこっちじゃないな。)

いつもの癖。俺は自嘲しながら、右にある操作パネルに手を伸ばした。

(・・・はて、どれだったかな。)

記憶を辿ることおよそ1分、俺は手前から2番目のボタンを押せば良いことを思い出した。

かちっという手ごたえ。便座に僅かながら、振動が走る。

そして、次の瞬間!

「ぐぁっ!?」

水が、凄まじい圧力で俺に襲いかかってきた!

(ぐ、ぬぬぬ・・・ッ!)

沁みるッ!

俺にぶつかり、飛び散る水。それが病巣部に触れるだけで、奥深くまで沁みる痛み。

俺は歯を食いしばり、ともすれば漏れ出でる声を、必死で噛み殺した。

今まで俺は、傭兵として、いくつもの修羅場をくぐってきた。手ごわい魔物どもに囲まれ、満身創痍になりながらも切り抜けたことだってあった。両腕に咬み傷を負い、血を流しながらカッツバルゲルを振り回したことだってあった。

あの時に比べたら、この程度ッ!

ロバート・バーンよ、お前ならこれしきの苦痛、耐えられぬ訳がない!

俺は自らを鼓舞するように、自身を叱り飛ばした。

「こ、この程度の痛み・・・、物の数ではないッ!」

拳を強く握り締める。

噛み締める歯が、ぎりりと切迫した音を鳴らす。

患部が熱い。灼けるようだ。

「ぬんっ!」

伸ばした右腕の裏拳で、俺はスイッチを叩き切った。たちまち、水は止まり、機械音を震わせて仕掛けが元の鞘に収まっていく。

病巣部の痛みと熱もしばらくは続いたが、やがてそれらは、永遠に続く夜がないように、次第に薄れていった。

「ぬふぅ。」

安堵の息が漏れる。

(しかしこれはまた、とんでもない装置だな・・・。)

俺は心の中で、そう呟いた。

まさか、これ程刺激がきついものだとは思っていなかった。しかも、精密射撃である。ダーツで言えば、真ん中の赤いシンボルをたった一矢で射貫くようなものだ。しかも、渾身の力を込めて、である。ここで活躍させるには、あまりにも惜しい腕前じゃないか。

何気なく、操作パネルの蓋を開けてみると、水圧の設定が最強になっていた。

リビングでの会話からして、最後に使ったのは、ヤツか。一体、何を考えているのやら・・・。

(ともかく、あまり長居をする訳にもいかない・・・。)

あまり長く留まると、後で小うるさいシャオミィがいろいろ詮索してくるに違いない。

しかし、今ので本当に汚れは落ちているのだろうか。正直、不安だ。

俺は念のため、トイレットペーパーで尻を拭き直すと、トイレを後にした。

第7景 魔法

昼食中。

案の定シャオミィが、俺に聞いてきた。

「ねーロビン、ウォッシャ、使ってみた?」

実際、使ったのだし、嘘をつく必要もないので、俺は素直に首を縦に振った。

「ああ。使ったよ。」
「おー。で、どうだった?」

興味津々、という表情の彼女。

「うん、新鮮な感じだったね。」

俺は、どうとでも取れる答を返しておいた。

すると。玉虫色の返答に、シャオミィが詳細を求めるべく、話の続行を促してきた。

「もっと具体的に。例えば、水の勢いとか。」

・・・やはり、貴様の仕業かッ。

しかし詳細の催促は、愛によって遮られる。

「食事中の話題じゃないわ。」
「周りの状況をきちんと、把握しなさい、蜜花。」

二人がかりの制止を受け、さすがのシャオミィも、それ以上の会話続行はしなかった。

(メニューがカレーライスだ、無理もないよな。)

そう、今日の昼食は、チキンカレー。フィーリアが朝から、ことことと煮込んでいた品である。それほど辛くもなく、まろやかな仕上がりになっている。

「あ、そだ、ロバートさん。」

フィーリアが、カレーを口に運ぶ最中の俺に声を掛けてきた。

「ん、何だい?」

スプーンを持った手をそのまま口元で止め、聞き返すと。

「大切なお話があるので、後で、あたしの部屋に来てもらえますか?」

彼女は上目使いに、俺を見ながら言う。

その瞬間、シャオミィの耳が撥ねるように、ぴくりと動いた。

ああ、地獄耳とはこのようなことを指すのか。俺は妙に、納得してしまった。

「ボクも行って良い?」
「ごめん、シャオミィさん。これは、ロバートさんと二人っきりで話さないといけない内容なの。」
「むぅ。」

シャオミィが明らかに、不機嫌そうな顔になった。

シャオミィは見かけも生物学上も、歴とした女性だが、フィーリアのような幼女が大好き。平たく言えば、ロリコンで同性愛者である。

もっともその愛は、一方通行だけどね。

なので彼女にとっては、他の人、特に俺のような男性がお呼ばれするのは、ただならぬ事態と言えよう。

傍から見ていても、彼女が嫉妬の炎に包まれている様が、手に取るように分かる。

なだめてやるべきか?

いや、放っておいても面白そうだから、放置してみよう。

「いつ頃、(フィーリアの部屋に)行けば良い?」
「食後、30分後くらいでお願いします。」

俺は頷いた。

食後。彼女の部屋に向かうまでの間、俺はリビングで時間潰しをしていた。当のフィーリアはキッチンで洗い物をしていたが、それも終わったらしく、リビングに顔を出した。どうやら、俺がリビングにいるのを知っていたらしい。

「あ、ロバートさん、お待たせしました。」
「いやいや。洗い物、御苦労様。」

フィーリアの部屋に入ると、彼女は一人掛けの椅子に座るよう、促した。彼女自身は、机の前にある椅子に腰掛け、こちらを向いている。

彼女の、ピンクを基調とした部屋は、どことなく温かみを感じる。

「で、大切な話とは?」

俺が切り出すと、彼女は少し頬を赤らめた。

「えと、最近、何か、困っていること、ないですか?」
「困っていること?」

思わず、オウム返し。

「はい、例えば、体力が落ちた、とか・・・。」
「なぜ、そう思うんだい?」

あながち外れてはいないが、俺がはぐらかすと。

フィーリアは胸の前で、両手の人差し指の先端同士を付けたり離したりしながら、俺の質問に答えた。

「最近、トイレ掃除をする時、時々、血の臭いがするんです。」

掃除の時って・・・。臭いがするとは言っても、嗅ぎ分けられるほど残っているものなのだろうか?

「分かるのか?」
「あ、はい。嗅覚には自信があります。」

そういえば、彼女は猫の使い魔だった。嗅覚が並外れているとしても、不思議じゃないな。

フィーリアは続ける。

「最初は他の方かとも思ったのですが、屑入れにも(生理用品を)処理した形跡は見つからないし・・・。そして今日、ロバートさんが使った後、掃除をしに入った時に、血の臭いが強くしたから、もしかしたらロバートさん、痔なのかな・・・、と思ったのです。」

うわ。きっちり見抜かれてる。

ということは、シャオミィあたりにもバレてるのかも・・・。あいつも猫(の使い魔)だし。

・・・いや、あいつは頭も猫相応だから、気付いてないだろうな。

「やっぱり、そうだったんですね・・・。」

俺の反応から、彼女は悟ったようだ。

「痔を患うと、体力が落ちるとか、いろいろ悪影響があります。ロバートさんさえ良ければ、魔法で治しますよ。」

俺はフィーリアの顔を見た。

そこには、好奇心に満ちた顔ではなく、俺のことを気遣ってくれているような、心配そうな表情があった。

俺は少し考えた後、決断した。

「・・・ありがとう、お願いするよ。」

もし、興味本位で聞いていたなら、OKしなかったろう。

「しかし(痔であることを)あっさり見破るとは、フィリィは名医だなぁ。」
「いえ、そんなことないですよー。」

俺がからかうと、彼女は首を横に振った。

でも俺も、からかってはいるが、半分は本音だ。彼女の心遣いを知っているからね。

「わざわざ二人っきりにしてくれたし、患者の心が分かっている証拠だ。安心して任せられるよ、先生。」
「あ、あはは、先生なんかじゃないですよ、なんだかくすぐったいな。」

彼女につられ、俺も思わず表情を崩した。

第8景 惨劇

かくして、治療が始まった。

まずフィーリアは、部屋の隅に置かれたベッドを指さし、身振りを交え、俺に、腹ばいに近い格好をさせた。

「こうかい?」

腹ばいになっているのは腰から上だけで、膝は床についた状態。ベッドもそれほど高くはないので、胸まではベッドについているが、腰の方は浮いてしまっている。両腕を組んで顎を乗せると、さぁ今からマッサージでも受けようか、という感じである。

「はい、おっけーです。」

フィーリアが俺の視界から消えた。気配から察するに、後ろに回ったのだろう。

ちょうど、俺の尻の前当たりだろうか。

「では、傷の具合を確認しますね。」
「ああ・・・。って、確認!?」

それって、まさか・・・。

「ひょっとして、脱ぐのか、ここで?」
「あ、はい。お願いします。」

ちょっと待て。それはさすがにヤバいだろ。

「ま、魔法で治すなら、傷口の確認などいらないんじゃないか?」
「あ、えと、傷が深いようなら治療方法を変えないといけないのです。ロバートさん、この後、お勤めですよね?」

俺は首を縦に振ろうとした。が、うつ伏せなので頭を動かしづらい。仕方なく俺は口で返事をした。

「あ、ああ。」
「回復の魔法は、短時間で傷を治せる反面、被術者(魔法をかけられる人のこと、ここではロバート)の体力を、かなり消耗してしまいます。体力を失って、ふらふらの状態でお仕事、という訳にはいかないですよね。」

確かに、それも困る。何たって、用心棒は相手を威圧できなくてはならないし、最悪、酔客との闘いだって有り得る。体力が落ちている状態で用心棒を務めるというのは、あまりにも危険だ。

「もし、傷が深いなら、別の魔法を使います。その見極めのためにも、傷口を確認しないといけないのです。」

・・・なるほど、そういう事情があるのか・・・。

しかし、頭で理解はしても、実際に服を脱げと言われると、さすがに抵抗がある。しかも相手は女性。さらに、外見はあどけない少女だ。その状態で、すんなり服を脱げるほど俺の神経は太くないんだよ。

頭の中で、理性と道徳モラルとがせめぎ合う。

このまま痔で苦しむ方がまだマシじゃないか、とさえ思う。しかし服を脱ぐことを苦に治療を断るのは、せっかくの彼女の厚意を無為にしてしまうのではないだろうか。

俺は、相当、悩んだ。

そんな俺を決断へと導いたのは、彼女への普段からの厚い信頼と、彼女の人柄だった。

「ここで起こったことは全部、秘密にします。約束しますよ。」
「・・・、解ったよ。」

俺はズボンを降ろした状態で、上半身のみベッドに伏していた。フィーリアは後ろに回って、傷口を確認している。

「うーん、思ったより、(傷は)深そうですねー。ちょっとただれてるし・・・。」
「ふむ・・・。」

表面上、冷静な返事はしたものの、正直、とても恥ずかしい。いくら見かけは子供とはいえ、中身は大人のフィーリア。そんな彼女に自分の尻の穴をまじまじと観察されることが、恥ずかしくないわけがない。

「この辺、中の方で切れてるかなー・・・。痛かったら言ってくださいね。」
「!」

フィーリアは、俺の尻の皮を前後左右に、ぐにぐにと引っ張り始めた。

「あ、もうちょっと力を抜いて、楽にしてください。」

・・・無茶言うな。

しかし、痛くはない。むしろ、痒いところを伸ばされているので気持ちが良い。

「んー・・・、(傷は)深いけど、重症って言うほどひどい状況でもなさそうですねー。」
「お、本当かい?」

俺は、ほっと胸をなでおろした。

痔の具合より、この状況が終わると期待してのことであるのは、言うまでもない。

「本当は、触診とかしないといけないんですが、あたしはそこまで詳しくないので、省略してますけど。」

彼女は苦笑しながら、付け加えた。

「外から見ても、この辺とか、この辺に傷が見えますよ。」

指先で傷口の周囲をなぞりながら、フィーリアが解説する。

いや、解説はいいから治療に進んでくれ。何度も思っているのだが、この格好、かなり恥ずかしい。

と、その時。

ととととと・・・、と、廊下を誰かが走り来る音。

ふと、嫌な予感がした。

そして。

フィリィ、入るよー。」
「あ、今はダメ・・・。」

ノックの後、フィーリアが言い終わらぬうちに、部屋の扉がシャオミィによって、開けられた。

「んっふっふ♪ 何をしてるのかな・・・、!?」

時間が、止まった。

半開きの扉から半身を覗かせた状態で、シャオミィが。

尻を丸出しにした状態で、俺が。

その後ろで診察中の、フィーリアが。

3人が3人とも、完全に、硬直した。

間違いない、見られた。

でも、別にやましいことじゃない、正当な治療行為のはずだ。

俺が尻を出しているのは、必要なことなんだ。

もっと言えば、それが必要だと言ったのは、俺じゃなくてフィーリアだ。

一瞬で、様々な弁明が頭に浮かぶ。そしてそれらが脳裏で渦巻く。まるで、竜巻に舞う木の葉のように。

この状況、どの木の葉を選べば良い?

「ち、違うんだ、これは・・・。」

やっとのことで、喉の奥から言葉を絞り出す俺。

ああ、言い訳にすら、なってないな・・・。

だが、その言葉は、呪いを解く司祭の呪文のように、俺達を金縛りから解き放った。

シャオミィは、ショックを受けたのか、無言のまま顔を引っ込め、ととととと、と走り去っていった・・・。

「な、何か、ヤバいことになった気がするんだが・・・。」
「むぅ・・・。」

もしかしたら、今起きたのは夢?

いや、そんなはずはない。でも、夢だと思いたい。

唯一、相手がシャオミィだったのが、不幸中の幸いか。これがもし、愛さんだったら・・・。

「と、とりあえず、鍵をかけておきますね。」
「あ、ああ・・・。」

フィーリアは扉に後付けされた金具にかんぬきをかけると、ベッドに戻って来た。

ちゃちな鍵だが、ともあれ、これで一安心である。

「えと、ロバートさんなら体力的に、大丈夫だとは思いますが、念のため、負担の少ない魔法を使いますね。」
「ああ、お願いするよ。」
「一応、説明をします。今からかけるのは『再生』という火の精霊魔法で、自然治癒力を高めます。回復の魔法の、弱体化したものと思ってください。治りは遅いですが、体力の消耗が少ないのが特徴です。この魔法は・・・。」

何だか、説明が長くなりそうな予感。

「すまん、大体は解ったから、治療に入ってくれ。シャオが何かしてきそうで、怖い。」

シャオミィのことだ、放心状態になっていない限り、何かしてきそう、というか、多分、何かしてくる。

「あ、ごめんなさい、すぐに始めますね。」

フィーリアが呪文を唱えると、徐々に、裂傷を負った箇所が、じんわりと温かくなってきた。もし暖炉に尻を向けたら、こんな感じになるのだろうか。いや、尻を暖炉に向ける変態的なポーズは想像したくはないが。・・・でも俺の今の状況は・・・。

やがて、フィーリアから送られて来る熱気に、俺の内部は火を点けられたのか、内側からポカポカと温かくなってきた。

不思議で、幸せな感覚。傷口が塞がっていくかのような、錯覚さえ覚える。

俺は今の恥ずかしい状況も忘れて、至福の時間を感じていた。

果たして、どれほどの時間が流れたのだろう。1分すら、経っていないのではないだろうか?

扉の向こうから、階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

一人の足音ではない。随分、荒い感じだ。

再び脳裏をよぎる、嫌な予感。

・・・やがてそれは、現実のものとなった。

ドン、ドンドンドン!

扉をたたく乱雑な音。扉はもちろん、この部屋の扉。

フィリィ、ここを開けて!」

この声は、シャオミィだ。間違いない。

「え、え、シャオミィさん・・・?」

自分の名を呼ばれたためか、フィーリアは魔法の詠唱を中断した。

しかし、次の瞬間!

バァンッ!

すさまじい破壊音と共に、扉は解放された。

金属で造られた閂は、その役目を全く果たせず、ぐにゃりと曲がり、勢いよく吹き飛び柱にぶつかった後、無残な姿で床に転がった。

扉が開くと同時に、シャオミィが弾丸のように飛び込んで来る。

その軌道は、俺に向かって一直線。

手には、箒。

「この、変態がー!!」

バシィッ!

「ぐはッ!」

勢いよく振り下ろされた箒は、無防備な臀部を直撃した。

「この、このっ! 鬼畜っ! 外道っ! ロリコンっ! ペドフィリアっ!!」

ビシッ! バシッ!

「ご、誤解だ! こ、これは、いてッ、せ、正当な、ぐあッ、や、止めろっ!」

やばい、聞く耳持たぬという感だ。

「あ、あうぁぅ・・・。」

フィーリアはただ、おろおろしている。

彼女の悪い性格。こういう状況になると彼女は、咄嗟の判断ができなくなってしまう。

おまえさんから、こいつを説得してくれなければ、この場は収まらんよ。パニックになっている状況じゃないんだ。頼むよ、フィリィ

幾度となく打ち下ろされる箒に、俺はひたすら耐えるしかなかった。

もちろん最初の、不意打ちの一撃以外、尻は両腕でガードしてはいるが、痛いことには変わりない。

やがてシャオミィの攻撃が、止んだ。

疲れてしまったのだろうか?

恐る恐る目を開け、後ろの様子を伺う。しかし、後ろを振り向くより先に、俺の視界には、すらりと長い脚が映し出された。

「!?」

視線を上に動かすと、短めのズボンと、へそが出るくらいの丈が短いシャツ。そしてプラチナブロンドの髪と、はしばみ色の目。

俺が密かに想いを寄せる人、愛である。

後ろには梨花さんもいる。

愛さん、いつの間に・・・。

ああ、彼女にだけは見られたくなかった。

「貴方に、露出癖があったなんて、知らなかったわ・・・。」

彼女は俺を、はるか上方から睨め付ける。

口調は静かだが、その言葉は俺を冷たく射貫く。

「貴方は、真面目な人だと思っていたのよ・・・。」

梨花さんも、信じられないものを見たと言わんばかりの口調。

「よりによって、こんな幼子に・・・。」
「ち、違うんだ、愛さん・・・。」

これには、話せば長くなるが、海より深い事情ってヤツがあるんだ。

しかし俺の必死な言い訳は、愛の止めの言葉で中断させられた。

「最ッ低。」

彼女は、愛は、まるで汚物を見るかのような目付きで、吐き捨てるようにそう言い放った。

(うわあぁあああッ!)

俺はこの瞬間、彼女の俺に対する認識が、霊長類ヒト科ヒトから、食肉類ケダモノ科(?)のイヌに成り下がったことを直感した。

もう、涙が出そうだ。

心が痛いというのは、こういうことなのか!

シャオミィに言われたのなら、まだ耐えられる。梨花さんでも、多分、耐えられる。

でも、愛さんに言われるのは、かなり、堪える。

俺は、どうすれば良いんだろう・・・。

もはや反論する気力さえ失い、俺はベッドに突っ伏していた。

遠くの方から、フィーリアの声がする。

「み、皆さん、落ち着いて・・・。」

きっと、俺の名誉を回復しようとしてくれているんだろう。

ああ、でもちょっと遅かったよ。

俺の繊細な心は、既にズタズタさ・・・。

「落ち着いてなんか、いられないよっ! よりによって、ボクのフィリィに・・・。」

この声は、シャオミィだ。

「『ボクの』・・・?」

いやフィリィ、突っ込み所はそこじゃない。

「フィーリアちゃん、嫌なものは嫌と、はっきり言わなきゃ、ダメじゃない。」

違うんだ、違うんだよ愛さん・・・。

「え、えと、これはヘンなことじゃなくて・・・。」

ああフィリィ、そういう曖昧な言い方は避けてくれ・・・。

「フィーリアちゃん、こういうことは、好きな人とするものなのよ。無理強いさせられてすることではないわ。」

梨花さん、盛大に勘違いしてるぞ?

「む、無理強いとか、そんなこと、ないです・・・。」
「どーだか・・・。」

この声はシャオミィだ。

まぁシャオミィの言うことだから、真剣に受け止めなくても大丈夫だろうけどよ・・・。

「えと、ロバートさん、怪我の方、大丈夫ですか・・・?」

彼女が半ば強引に、俺に話を振ってきた。しかし俺が応じるより早く、愛が割り込む。

「コレが、あの程度で参るほど、軟弱やわとは思えないわ。」

彼女の中では、俺は既にモノ扱いらしい。

精神的には、すっごく傷ついてるんですけど、愛さん・・・?

「いや、そうじゃなくて・・・、ロバートさんが怪我をされていて・・・。」

怪我って、さっきのじゃなくて、痔のことかな?

いや、もう伏せなくてもいいぜ? 既にそれ以上のダメージ、受けちまったし。

「怪我を、して『いた』?」
「あ、はい。それで、怪我の具合を診ていたのです。」

ああ、ようやく、まともな方向に話が動き出したよ・・・。

フィーリアが解説すること3分。

「・・・、そういうことだったのね。」
「勘違いして、ごめんなさいね。」

愛と梨花が、納得の声を漏らした。

ようやく、誤解は解けたらしい。

ここまでたどり着くのに、一体どれだけの犠牲を払ったのだろうか、俺は。

「んー、でも、何かこう、釈然としないなー・・・。」

いや、釈然としてくれ、シャオミィさんよ。

俺からしちゃ、威厳もプライドも、何もかも失ってるんだ。これでなお、納得してもらえないというなら、これ以上、俺は何を失えば良いというのだ?

「よし、ボクもロビンの怪我の具合を診てあげよう。」

・・・え?

何か、変な方向に話が進んでないか?

慌てて目を開け後方を確認すると、ちょうどシャオミィがこちらへ近付いてくるところである。

俺は慌てて、両手で患部を隠した。

「何でお前さんが診察する訳だ?」
「いーじゃん。人の親切心を無にしちゃだめだよ、ロビン。」

シャオミィは小悪魔っぽい笑みを浮かべている。

「お前さんの場合、親切心じゃなくて、好奇心だろ?」
「んっふっふ〜♪」

図星だな、これは。

「こんな機会、滅多にないからね〜。しっかり観察しなくちゃ。」
「おい待て! 今、『診察』じゃなくて、『観察』って言ったよな!?」
「みんなも一緒に、どぉ?」

こら、スルーするんじゃない! というか、他を巻き込むな、頼むから!

「あら、私もご一緒しようかしら。」
「ちょ・・・。」

愛さんなら、俺の心の痛みを理解してわかってくれると思ったのに・・・。

「・・・私は、リビングに戻るわ。ああ、頭が痛い・・・。」

梨花さん、せめて、このバカ猫だけでも回収していってくれーッ!

結局、愛とシャオミィがフィーリアに説得されて部屋から出て行ってくれるまで、俺は散々いじられることになった。

今まで、おふくろにすら見られたことのない恥ずかしい場所を、年頃の女性に、まじまじと観察されるという恥辱。

尻だけではなく、きっと、おいなりさんの裏側とかも見られているに違いない訳で・・・。

しかも、全裸ではなく半裸。格好も変態的だ。このまま鞭か何かでぶたれている方が、まだ絵になったかもしれない。

やべぇ、涙が出てきた・・・。

「ふぅ・・・。じゃ、治療に取り掛かりますね。」
「なぁ、フィリィ・・・。」

俺の呼びかけに彼女は、治療の手を止めた。

「はい?」
「これは、悪い夢だよな・・・?」
「き、きっと、1カ月も経てばみんな忘れちゃいますよ。元気を出してください。」

慰めてくれるのは嬉しいのだが、彼女の声が上ずっているのは、気のせいじゃないな・・・。

「じゃ、火の魔法・再生を、かけますね。」
「いっそ、火の魔法で俺を焼き殺してくれ・・・。」
「むぅ・・・。」

俺の後ろで、フィーリアが魔法の詠唱を再開した。

きっと、痔は快方に向かうだろう。

でも恐らくは、俺の心の傷は、癒えるまでに相当な時間がかかるに違いない・・・。

エピローグ

2時間後。

俺は仕事場である、居酒屋に到着していた。

「や、御苦労様。今日もよろしく頼むよ。」

マスターが厨房で、料理を仕込みながら挨拶をよこす。

「うむ。」

努めて、普段どおりに振る舞う俺。あんな悪夢はすぐにでも忘れてしまいたい。

「・・・、どうしたんだい? 何だか、背中が煤けてるじゃないか。」
「そうか?」

何か、見抜かれてないか? 俺としては、普段どおりに振る舞っているつもりなのだが。

「何があったのかは知らないが、元気を出せ。人ってのは、悲しみを乗り越えた数だけ、強くなれるんだ。」

いや、それはちょっと大袈裟だな。

(ありがとう。)

心の中で俺は、礼の言葉を述べた。

その時、店の戸に取り付けられた鐘が、からからと鳴った。

「らっしゃーい。」

さぁ、今日も頑張るか・・・。

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