一方ほたるはというと、さすがに照りつける日射しに参り、海沿いから少し奥に入った所にある椰子の木の林に入っていった。
よくよく見ると、林の茂みの中にほたるくらいならなんとか通れそうな細い抜け道があるのを見つけたのだ。
かぐや島は無人島だから、恐らく獣道だろう。何となく、宝物を隠すにはちょうどよさそうだ。
ほたるはその道に分け入った。下草の長い葉がこそばゆく、こんな所でクモとかヘビとか出てきたら嫌だなと思いつつ、ごそごそと進んでいった。と、不意に林が切れ、樹に囲まれた狭い広場の様になっているところに出た。
丸く円を描くように小さな原っぱがあり、そこここに昔の建築物に使われていたような石柱の名残とおぼしき物が倒れていた。
「・・・??」
ここって人住んでたんだっけ、ずっと無人島だったんじゃなかったっけ?
ほたるがしばらく考えていると視界にサッと動く物が目に入った。
あわてて辺りを見回すと・・・いた。
石柱の影に、ぴくぴくと三角の耳が動いている。うまく隠れているつもりなのだろうが、柱の横からも縞模様のしっぽが覗いている。
それを見て、ふとほたるにイタズラ心が浮かんだ。
なんにも気付かなかった振りをして、ほたるはゆっくりとその石柱の前を通り過ぎようとする。
そのまま行ってしまうと見せかけておいて・・・。
「にゃんっ!!」
いきなり振り向いて、大声を上げた。
たちまちビックリして飛び上がったのは、ほたるの予想通り、猫だった。
まだ小さい仔猫。しかも三匹も。
一目散に空き地の反対側に向けて逃げ出し、ほたるから充分な距離を取ってこちらをじーっと見つめる。
三匹がひとかたまりになってるさまがなんともおかしくて、ほたるは思わずくすくす笑ってしまった。
猫達はそれにまた驚いて、眼をまん丸くさせる。
ほたるもまた動かず、じっと仔猫達を見つめる。しばらくして、そっと手で招く。
「・・・ほら、おいで」
だが猫達はそれが合図だったように、近くの小道に向かって一散に走り去っていく。
「あ、待って!」
ほたるもあわててそれを追いかけた。
さすがに追いつけないかと思ったその時、三匹はぴたりと止まってこちらを振り返り、にゃあにゃあと何やら頻りに鳴いてみせた。
ほたるがまた近づこうとすると、あわててまた駆けていく。それにほたるが付いて一定以上行くとまたほたるの方を向いて、鳴き声を挙げる。
招かれているのか、それとも来るなと言っているのか。
判らないままほたるは自分にとって都合のいい方、つまり前者であると解釈をし、そのまま仔猫の後をつけていくことにした。段々道らしいものもほとんど無い茂みになっていったが、構わず進むと、前方に何かが見えてきた。
近づくと、それは石で出来た祠のようなものだった。
大きなものではない。全長もほたるの背より小さいくらいだ。ほたるの目線よりも少し低いところに、何か中に納めるような大きな窪みがある。
そこで、何かがキラリと光った。
(?)
いつの間にか仔猫らが姿を消していることにも気付かず、ほたるはその窪みを覗いた。
それは美しく透き通って、幾重にも重ねた透明な紫を繊細に中に閉じこめた、小さな小さな八面体。
「螢石・・・!」
自分と同じ名を持つその石を、以前ほたるはせつなに図鑑で見せてもらったことがあった。
本物を見たのは初めてだったが、しかしほたるは絶対そうだと確信した。
「こんな所で、見つけるなんて・・・!」
きっと、これが宝探しの賞品であるに違いない。
ほたるはそう確信し、それに手を伸ばした。
だが、石を掴もうとした瞬間。「――!!」
石から発した電撃のようなものがほたるの全身を打ち、ほたるは一瞬昏倒しかけた。
だが何とか持ち直し、何が起こったのか確かめようとして。
ほたるは、そこに人が立っていることに、気が付いた。
いや、人と言ってしまっていいのだろうか。
女性のような気がするのだが、姿がハッキリと捕らえられない。十二単のような豪奢な着物を着ているようにも見えるし、また何も身につけていないようにも見える。
キラキラと輝いているかと思いきや、霞のように辺りに溶け込んでしまいそうになる。
『あなたは、誰?』
その姿が、不意にほたるに話しかけてきた。
それは肉声ではない。ほたるの心に、魂に直接語りかける声。
『あなたは人なのに、星の力を感じる――。
あなたは人間?それとも違うの?』
ほたるは一瞬何と答えようか迷った。が、星の守護を持つ者であることが見破られている以上、嘘はつけない。
「私はほたる。
そして沈黙の星・土星を守護に持つ破滅と誕生の戦士、セーラーサターン」
『誕生の戦士、セーラー、サターン・・・』
声はゆっくりと復唱した。その眼が一瞬、キラリと光ったような気がした。
「あなたこそ、だれ?」
ほたるは勇気を振り絞って尋ねた。
『私?』
驚いたように声は言う。まるで名前など聞かれたことも無いかのように。
ややあって、返事が返ってきた。
『・・・私は、コン』
「コン?」
『かつて惑星の守人、星の精霊だった者』
「惑星の!?」
ほたるは驚いて声を挙げる。それではもしかしてサターンと、セーラー戦士と近しい者なのだろうか。だが・・・
「"かつて"・・・って、どういうことなの?今はもう違うの?」
思わずほたるは聞いてしまった。
『今ここにいる私は・・・ただの幻。私が星を治めていた五千年前からすれば、今の私など、ものの数にも入らない』
「五千年・・・!?」
『・・・見るか?私の星を』
そう言ってコンは手を翻した。
次の瞬間、周りの風景全てが、幻と化した。