*     *

――黄金色に輝く海面は、蜜のようにトロリと静かに凪いでいた。空は深い碧(みどり)にけぶり、しかし同時に明るい透明感をも孕み、刻々とその濃淡を変えている。
海にぽかりと一つ浮かぶ島に生える樹木はやけに高々として、その葉は青く、文字通り蒼に紫に藍に染まり、先を細長く裂いた旗のようにかすかな潮風に吹かれなびいていた。
それらは見慣れぬ色彩ながら、不思議と違和感は覚えなかった。そこはただ静かに、まどろむような静けさの中でたゆたっていた。
そこはかつてコンの星だったところ、水星と金星の間にあったという、小惑星の一つなのだ。
ほたるはいま五千年の時を遡り、今はもう無いその惑星を、コンと共に見ているのだった。

島の海岸沿い、こればかりは見慣れた白い色をした砂浜を駆ける、3つの小さな影。
互いにじゃれつき合いながら、その四つ足の生き物は水を跳ね上げ砂を蹴散らして波打ち際を走っていく。
視点が少し近づく。体中を覆う短い体毛、丸い頭についているピンと立った三角耳、やわらかそうな長い尻尾、うっかり仲間を傷つけないように用心深く引っ込められている爪、などが目に入った。
仔猫だ。どこかさっきの猫たちに似ている。
あるいは、本当は猫とは違う生き物なのかもしれないが、ほたるはそう思った。
猫たちを見て、コンがそっと微笑む気配が感じられる。
それは、小さいながらも自分が司る惑星に生きる命に対する、限りない慈しみと愛情の表れだった。

・・・と、三匹のうちの虎毛の一匹が、ふと何かの音を聞きつけたかのように耳をピクリをさせ、動きを止めた。きょろきょろと頭をめぐらせ、天を見上げる。
もつれ合うようにして遊んでいた他の二匹も、続いて顔を上げて同じ方向を見る。
長い尾を後ろに引くそれは翡翠の空を真っ二つに裂き、灼熱に燃え盛る火の玉となって、真っ直ぐにこちらに向かってきていた。
最初は真珠の一粒ほどの大きさだったそれは見る間にずんずん大きくなり、太陽よりも、そして空に浮かぶ他の惑星たちよりも巨大になって迫り来る。
―止まって!―
コンが・・・五千年前のコンが、必死にその前に立ちはだかる。まるで子供を危険から守ろうとする母親のように。
―これ以上こっちに来ないで。ぶつかっちゃう・・・!―
『馬鹿め!』
遠く聞こえる哄笑。
『我が求むるはただ一つ、銀水晶のみ。
貴様こそそこを退け。退かぬなら、木っ端微塵にしてくれるわ!』

野望に燃える強大な彗星(コアトル)を、どうしてちっぽけなただの小惑星が止められるだろう。
火の玉はやがて小惑星の空を一面に覆い尽くすほどになり、轟音が耳を聾し、そして・・・
 

そして、破滅と崩壊がその小惑星を襲った。

コンの星は、彗星コアトルと正面から衝突し、粉々に砕け、幾万もの無残な岩のかけらと化したのだった。
 

*     *

『私の星は滅びた。粉々の塵になって』
そのヴィジョンから思わず顔を背けたほたるに、コンは淡々と続けた。
『本来なら私も消滅しているはずだった。けれども何の因果か、私の星種(スターシード)はコアトルに取り込まれ、共に地球へと連れ去られた』
「あなたのスターシード・・・まさかこれが!?」
『そう、それは私のスターシード、"天の螢石(フルオライト)"。
私を滅ぼしたコアトルと共にいることが堪えられず、私は逃げるチャンスを待った。
そしてコアトルが地球に自分の隕種(メテオシード)の一部を放った時、私もそれに紛れて地球に逃げ延びた・・・この島に』
「・・・!」
『私は待った。再び天空に輝く星となれる時を。再び生命息づく惑星となれる日を、五千年間、ただひたすら・・・
けれども星になるには強大な力が必要。スターシードのみとなった私では、どうしても力が足りない。
けれども、私にも遂に運が向いてきたみたいね』
コンは微笑んだ。――星の精霊に相応しくない、邪悪な微笑み。
「五千年の時を経て、今またコアトルが地球に近づいてきている。これこそコアトルへの復讐を遂げ、再び惑星として復活する絶好の機会。
さぁほたる、いいえセーラーサターン、あなたの"再生"の力、私に頂戴――!」
(駄目よ、サターンの力は、軽々しく使ってはいけないものなのよ!)
そうほたるは叫んだ・・・つもりだったが、口が動かなかった。
(誰か一人の為だけにこの力を使ったら、宇宙の均衡までも崩してしまうかも知れない。せつなママがそう言ってた・・・!)
だが、体もまた、痺れたように動かない。
コンがその体に手を伸ばす。その手はほたるの左胸に吸い込まれるようにズブズブと入っていく。
ほたるの中にある、もう一つの魂。その奥底にある、力の源。
コンはそれに向けて、まっすぐに手を伸ばす。それを鷲掴みにし、奪い取ろうとする。
手だけではない。コンの腕が、そして全身が今やほたるの中に少しずつ入り込み、内側からその身体ごとほたるを支配しようとする。
ほたるはあらがう術を知らず、ただ意識が霞み遠のいていくのを、身体と意識をぼんやりとまるで他人事のように感じているだけだった。
 

←PREV  ★  NEXT→


↑小説のお部屋に戻る


↑↑トップページへ戻る