「――駄目よ!」
不意に茂みから走り出た誰かが、横ざまにほたるを抱きとめた。
体を抱きしめる必死の力はコンの動きを止め、またほたるを一気に正気付かせた。
その抱擁の力強さ、あたたかさには、ほたるは覚えがあった。
「せつなママ!!」
宝探しの合間にせつなとはぐれてしまっていたことに、ほたるは今になってやっと思い当たった。
大丈夫?と目顔で問い掛けられ、ほたるはコクリと頷く。せつなはようやくほっとしたように肩の力を抜いた。

「コン、って言ったわね」
せつなはほたるの眼を見つめ、ほたるの中のほたるでない存在に、コンに問い掛ける。
「あなたにだって判っているはずよ。あなたの星は、もう甦りはしないんだって。
いくら願っても時間は戻らない。サターンや銀水晶の力を頼っても同じ事。
どんな手段を使っても何の力を頼っても、過去の狭間に失われたものを取り返すことは、誰にだって出来はしない。
時がそれが滅びることを定めたのだから・・・」
そうコンを諭すせつなの言葉には、真理のみが持つ静かな、だが逆らえない強い力があった。
セーラー戦士としての力は封じ込められている筈なのに、それでもやはりせつなは、時空を護る戦士プルートなのだ――
ほたるはせつなを、誇らしい思いでまぶしく見つめた。

『でも・・・!』
ほたるの中で、コンは抗う。
『私の星は、やっと生命が息づき始めたところだったのよ。これからもっと大きく、たくさんの命が私の上で育ち、栄えていくはずだった。
あのまま行けばこの地球のように、いいえもっと素晴らしい星になっていた。
それなのに、どうして滅ぼされなければならなかったの?
私も、私の星の者たちも何も悪いことなんてしていない。ただ与えられた命を、その日その日を生きていただけ。
なのに、なんでみんなあんな風におびえ苦しみながら惨めに死ななければならなかったの?
悪いのはあのコアトルよ。あいつが壊されるのならともかく、どうして私たちが・・・!』
怒りに震え、ほたるの目から涙すら流すコンに、せつなは微笑んだ。
その笑みは共感に満ちて限りなくやさしく、そして哀しかった。

せつなはゆっくりと首を横に振る。
どんなに理不尽な運命であろうと、たとえ悪魔のいたずらとしか思えないようなことでも、誰もそれを否定することは出来ない、それは受け入れなければならないものなのだと。
それは今までいくつもの悲しい運命を見てきた時空の門の守、プルートだけが持ちうる重みだった。
 

自分の中でコンがうなだれる気配を、ほたるは感じた。
『・・・判ったわ』
しばらくして、ほたるの体の中からすうっとコンが出てきた。
『けれども、それなら私の運命は一つ、この地球と共に再びコアトルに滅ぼされるだけだというの・・・?』
「ううん、そんなこと無い!」
突然ほたるが叫んだ。
「ほたる?」
「もう起きちゃったことは仕方ないかも知れないけど、まだ起きてないことだったら、きっと何とかなるよ!」
『ほたる――』
「みんなに相談してみようよ。事情を全部話してさ」
『・・・』
「大丈夫、私たちのプリンセスは、とってもすごいんだから。
ときどきちょっと失敗もするけど、いざとなったら無敵なんだから!
――ねぇコン、もう一度私の中に入って。
一緒にみんなに会いに行こう!」
しばしの沈黙のあと、コンの口から言葉が漏れた。
『ありがとう』と。

コンと再び一体となると、コンの色々な思いが実感となってほたるに伝わってきた。
コンがいかに自分の星を愛していたか、それを失ってどんなに悲しかったか。
そして、地球に漂着した時、共に地球に降り立った三つの幼い、生まれたばかりの星種(スターシード)。
"おかあさん――!!"
"まってよ、あたしたちをおいていかないで!!"
銀水晶の反撃に遭い、太陽系を去っていくコアトルに必死に呼びかける声。
やがて彗星は消え、うなだれる星種達にコンはそっといたわりの手をさしのべる。
たちまち泣きつく子供ら。
"おかあちゃん、うちらをのこして、いってしもた・・・"
『大丈夫、いつか必ず、お母さんはあなた達を迎えに来てくれるわ』
"ほんとう?ほんとうにきてくれるの?"
『ええ、きっと』
コンは請け合った。
たとえコアトルの再来は、地球に再び滅亡の危機をもたらすものだとしても。
たとえその子らが、地球帝国を滅ぼす一因となり、この島を呪いの地に変えた暗黒水晶の種を、その身に抱いて降りてきた者であったとしても。

 

「だからコンは、ミック達を子猫の姿に変えたの。昔自分の星にいた動物の姿に。
昔と同じ暮らしがしたかったんだね、きっと」
「そして、その暮らしは五千年続いた・・・。
けれども、それが終わる時が近づいているのね。
五千年前地球に襲来したコアトルが、今再び近づいてきている。
五千年前眠りについたアルティカのプリンセスが、コアトルと銀水晶の接近に、再び目覚めた。
五千年間止まっていた時間が、ようやく今動きだそうとしているのよ――」

 

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