「がんで死ぬのはもったいない」 平岩 正樹 著(講談社)
中国新聞2002年9月12日コラム「天風録」

広島市出身の外科医、平岩正樹さん(48)=東京在住=に話を伺う機会があった。新著「がんで死ぬのはもったいない」(講談社)で、日本の進行がん治療のお粗末さと、それを変えようとする試みを、実例を踏まえて書いた人である▲治療や相談、講演、原稿執筆などで、「プライベートな時間はゼロ」。休んだのは一年間に、風邪で倒れた一日だけだった。そのエネルギーの源は「必死で頑張っている患者さんの存在」と言う▲各地の病院で、「もう治療法はない」と言われてやって来る患者。考えられる最良の抗がん剤治療を続ける平岩さん。一緒になって闘う姿が本に紹介されていて感動的だ。同時に、このような治療が行いにくい日本の現状には驚かされる▲がんであると患者に気付かれないことが最重視されたため、本格的な抗がん剤治療は大きく後れを取った。がん治療といえば手術と思われ、抗がん剤は副作用が強いという認識が定着した▲七年前、平岩さんはがんの百パーセント告知に踏み切った。患者と徹底的に話し合った。工夫を凝らし副作用を抑えた。優れた抗がん剤があるのに使えない国の承認の遅さも批判した・・・▲がんで死亡する日本人は年間約三十万人。医師の中には「どうせ進行がんは治らないから、がんとは闘うな」との意見もある。だが、平岩さんは強調する。「少しでも長く健康に暮らせるように努力するのが医学の使命」。開拓者の心意気といえようか。

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「がん治療の情報戦」
平岩正樹(元東京大医学部腫瘍外科・広島市出身)
中国新聞「くらし」欄

[えせ治療、「高額」「権威」は疑おう](29)2000年7月23日
[時間帯選び副作用軽減、夢は夜ひらく](23)2000年6月11日
[「薬でできること」不快な症状をまず改善](22)2000年6月4日
[外来受診のコツ、質問まとめ説明を録音](21)2000年5月28日
[セカンドオピニオン、応じない医師は「失格」](20)2000年5月21日
[効かない薬に年間1000億円、ある患者の告発](10)2000年3月12日

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[えせ治療、「高額」「権威」は疑おう](29)2000年7月23日

困っている人を食い物にする輩(やから)は、どこにでもいる。今は、癌(がん)難民が餌食(えじき)になっている。似非(えせ)癌治療の特徴は三つある。

(1)値段が高い。東京近郊のあるクリニックは、磁気ネックレスで月十五万円、ビタミン剤で月二万円を巻き上げる。これで癌の治療だと言う。尿療法は月百万円だ。癌治療を値段で分類すると、「高額の偽治療」「通常料金の標準治療」「無料に近い最新治療」の三種類になる。「最新」は効果が不明の「研究」であり、研究は公的予算で賄われる。

(2)治療を受けられる場所が限られる。例えば丸山ワクチンを受けるためには、東京・千駄木の日本医大の坂に一度は並ばないといけない。フランス人が丸山ワクチンを受けたい場合も、成田空港経由で千駄木に来ないといけない。しかし少しでも丸山ワクチンが有効なら、二十年以上もそれを独占している日本は、サミットや国連で糾弾されるはずだ。密輸出されたという話もない。

(3)権威づけがある。ある東京大学名誉教授は偽免疫療法をしているクリニックに、理事長として就任した。彼は確かに癌研究の権威だったが、それは基礎研究の分野で、扱っていたのはネズミまでだ。とても人間は治せない。

(1)(2)(3)を眺めると、神社のお札と同じだと分かる。がんに効くという健康食品や代替療法には、共通したダマシのテクニックがある。医学部教授、医学博士、医者、ジャーナリストたちが仲間になっている。例えば、「アガリクス」のメーカーに問い合わせると、犬の治療論文が返ってくる。人のデータはない。だからメーカーのカタログには、「癌に効く」とは決して表示されない。それは違法行為になる。その代わり、医者たちが本などで「癌に効く」と広報係をする。医者の裁量権は広く、どんなでたらめも「学説」として扱われることを悪用しているのである。

医者の言うことも信用できないのなら、何を信用すればよいのか。それは医学論文である。ただし、これも悪用する医者がいる。自著の肩書に、英文の医学論文のタイトルを羅列するのだ。しかし、見破るのは簡単である。今は、世界中の九百万の英文の医学論文を瞬時に検索できる。インターネットのホームページ(http://www.healthy.pair.com/)で検索すれば良い。本の中で多くの効いた例を紹介しておきながら、自分の論文には培養細胞の話しか出ていなかったりする某医学部の教授などは「似非癌治療専門家」の最有翼だろう。しかし、このような悪徳商人をつくる原因は、癌難民を生み出す日本の癌医療にある。患者が「主役」になろうとしない限り、この現状は壊せない。

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[時間帯選び副作用軽減、夢は夜ひらく](23)2000年6月11日

ある健康雑誌で、がん専門病院の抗癌(がん)剤治療の担当医が、「強い副作用があることは覚悟しなければならない」という趣旨のことを語っていた。悪名高い抗癌剤治療の「悪循環」をさらに加速する言葉だ。本来、治癒(がんが完全に治ること)を目指した一部のがん(自血病など)を別にすれば、通常の抗癌剤治療は「一日でも長く元気な日を」が、その目的である。ところが実際は研究が優先されている。

一、医者の頭は、治療研究の成績を出すことに精いっぱいで、副作用を抑えることまでなかなか配慮されない。
二、抗癌剤を受けた患者は、実際に強い副作用で苦しむ。
三、抗癌剤は副作用が強い、という評判が広がる。
四、「それでも治療を受けたい」という強い意志の患者だけが抗癌剤治療を希望する。
五、強い意志の患者に、いっそう副作用の強い抗癌剤治療が試される。

昨年ある医大で大腸癌の手術を受けた木村修三さん(41歳・仮名)は、肝臓にも多くの癌が転移していた。抗癌剤「5FU」を週に一度五百ミリグラム投与された。毎回、数日間は嘔吐(おうと)が続いた。木村さんの苦しみをみて、主治医は「もう治療法はない」とあきらめた。その後、木村さんが私のところにきた時、癌は肝臓の60%を占めていた。70%を超えれば肝不全の症状が出てくるだろう。このままでは木村さんは長くはもたない。私は5FU千ミリグラムを五日間連続、それに続けて「イリノテカン」百ミリグラムを使うことを提案した。

5FUだけでも五日間で合計五千ミリグラムになる。前の病院の10週間分の薬量だ。木村さんは病室に洗面器を持ち込んだ。私は笑ったが、本人は副作用のない治療に半信半疑だった。結果は、まったく吐かない。食欲も変わらない。治療中も、昼間は職場に出かけて周りの人を驚かせた。魔法ではない。@食欲を増進させる「ヒスロンH」A食欲を増し嘔吐を防ぐ大量の「アセナリン」B嘔吐防止の「ドロレプタン」を一緒に使ったのである。しかも、抗癌剤治療は夜だ。夜中の点滴だと、副作用が少なく効果は高い。私は「夢は夜ひらくがん治療」と命名しているが、若い人にはこのしゃれが通じない。私の発明した治療法ではない。1997年9月、イギリスの医学誌ランセットに発表された方法である。

私は「日常生活ができなくなる抗癌剤治療は治療ではない」と断言する。本日(11日)のNHK『世紀を越えて』(午後9時放送予定)に登場する山下さんは、二年間私の抗癌剤治療を受けている。治療が理由で仕事を休んだ日は一度もない。山下さんが私のところに来る前、手術を受けた病院では「小腸癌による癌性腹膜炎で二、三カ月の命」と言われていた。

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[「薬でできること」不快な症状をまず改善](22)2000年6月4日

年間二十八万人ががんで死亡している。毎週五干四百人である。鈍感な人ががんで亡くなるのではない。非常に進行するまで、がんは自覚症状がない。「ちょっと右腹がはる」という人のおなかを超音波で診ると、すでに十センチの肝臓癌(がん)があったりする。「自分のからだは、自分が一番良く知っている」は、まったくがんを知らない人の言葉だ。自分でわかる早期のがんは、二百種類のうちでも乳癌くらいだろう。「がんになるはずがない」と思っている人は、日本人の二人に一人以上ががんになるという事実を知らない。

がんは症状がない。非常に進行して、初めて症状が現れる。弁護土の中田俊夫さん(仮名)63歳は、一年前にある医大で胃癌手術を受けた。手術の時にはすでに進行した癌で、胃以外にも広がり、肝臓や膵臓(すいぞう)の一部、それに脾臓(ひぞう)もとった。その後は順調だったが、今年になって食事が取リ難くなった。おなか中に癌が広がり、癌性腹膜炎の状態になったのである。中田さんが私を訪れたのは、抗癌剤治療を希望したのに、その大学病院に抗癌剤が十分に用意されてなかったからだ。中田さんを執刀した教授は、たまたま私の大学の先輩だった。「平岩先生、よろしく」はいいが、大学病院なら、そろそろきちんと抗癌剤治療を始めても良い時代ではないか。しかし、先輩に向かって気弱な私は「なぜ薬がないのですか」とは言えない。

治療が始まっても、すぐに抗癌剤治療はしない。非常に進行した癌では、まず不快な症状を改善する。中田さんは食事が満足にとれない。しかし、検査をすると腸閉塞(へいそく)ではない。癌性腹膜炎では、腸閉塞ではないのに食事が取れなくなることがある。そんな時は「ヒスロンH」や多量の「アセナリン」が効果的だ。飲み始めると、たいていその日から食欲が出る。第二の症状はけん怠感だった。一日中横になっていた。これも癌性腹膜炎ではよくある。これには「リタリン」を使う。一日のリズムをつくる薬で、朝と昼に飲めば、夕方まで元気が続く。その分、夕方からぐったりするので、その時に横になれば良い。中田さんに痛みはなかったが、もし痛みがあれば「MSコンチン」を使う。この薬は一日の適量が十ミリグラムから千ミリグラムと、百倍の広さがある。だから必要に応じて、思い切って使う。これらの薬は「魔法の平岩療法」ではない。拙著『医者に聞けない抗癌剤の話』(海竜社)や『副作用のない抗癌剤治療』(二見書房)で、もとになった世界の論文を紹介している。こうして弁護土として働けるようになってから、私は中田さんの抗癌剤治療を開始した。抗癌剤治療の目的は、「一日でも長く元気な日常生活を」だからだ。これは、何もがんの患者に限ったことではない。

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[外来受診のコツ、質問まとめ説明を録音](21)2000年5月28日

教師から、たくさんのことを学ぶにはどうすれば良いか。予習をし、授業中も良く聴いて、さらに突っ込んだ質問を持ってきた生徒なら、昼休み中の教師だって休むことを忘れて教えてくれるに違いない。

反対に、授業中何度も「ここは大切だ」と注意して丁寧に説明したのに、それをまた聞いてきたら、同じ教師が「今は昼休み中だ」と相手にしてくれないかもしれない。教えることが仕事でも、教師も人間だ。いつも同じ情熱を燃やし続けることは困難だろう。

医者も同じだ。自分の病気についていろいろ勉強し、質問したいことを個条書きにしてくる熱心な患者なら、つい長く説明したくなる。毎回同じことを言っても、それを忘れて何回も同じことをたずねられれば、医者の情熱が少し薄れても仕方ない。

日本の医者は、たくさんの外来患者をこなさないといけない。いくら熱心に長く説明しても、料金は一緒だ。例えば、一日に五十人くらいを診なければ外来の採算は合わない。一人に一時間の説明を全員にしていては、病院がつぶれてしまうのである。

米国の外来がゆったりしているのは、十分間ごとに料金が上がるシステムになっているからだ。一人一人の患者にじっくり説明しても、医者はサボっていることにはならない。米国と比べると、日本の外来診療は例えば千円均一のタクシーだ。客は遠慮して遠方の目的地は頼みにくい。気前良く長距離客ばかりを乗せているタクシー会社はつぶれるだろう。

理想を言っても仕方がない。現実の「三分間診療」を最大に活用するしかない。そのために、次のことをお薦めしたい。@今までの経過(症状など)をまとめて書き、医者に渡す。医者は数分間でその内容を理解できるはずだ。A聞きたいことを個条書きにしておいて、医者に渡す。医者は、それに数分間で答えてくれるはずだ。Bテープレコーダーを用意する。医者の言葉を、すべてその場で覚えたりメモすることは無理だ。私は受診者がテープレコーダーを用意していない時には、「詳しい説明は次回にしましょう」と言う。今はペン型の小さなレコーダーもあるから、医者に気兼ねなく録音できる。内容は帰宅してノートにまとめる。

昨年秋から、東京の都立病院では「カルテの開示」が始まった。しかし、私は「それは古い」と言う。Bのノートこそカルテだ。わざわざ医者に借りる必要はない。医者からみて「うまいなあ」と感心する患者は、セカンドオピニオンも活用して自分の病状や治療法について情報を集積している。(東京大医学部腫瘍〈しゅよう〉外科=広島市出身)

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[セカンドオピニオン、応じない医師は「失格」](20)2000年5月21日

マスメディアにがんの情報はあふれている。しかしこのコラムでさえ、最も重要な情報は伝えることができない。それは「あなた自身のがんの情報」だ。特に、がんの部位(種類)とその進行度の二つが重要である。病院に保管された「あなたのがんの情報」は、銀行預金と同じように本来あなたのものである。今は、それを引き出す便利な方法がある。

「診療情報提供書」を注文すればいいのだ。病院は他の業界と違ってメニューがない。しかし、厚生省が決めた全国一律の料金表があって、この中に「診療情報提供書」が定価2200円(自己負担は440円または660円)と定めてある。これを知らない医者はいない。

この診療情報提供書は医書が他の医者のために書くあなたの情報で、必要なことがすべて書かれてある。

診療情報提供書を注又すると、目的を聞かれる。「セカンドオピニオンを得るため」と答えることがポイントだ。セカンドオピニオンという言葉を知らない医者もいない。この言葉には「主治医のあなたがファースト(一番)だが、命にかかわることなので、他の医者の意見も念のために聞きたい」という意味が込められている。

「そんなことをして主治医の心証を悪くしないか」と心配する必要はない。患者は人質ではない。医者はセカンドオピニオンで診療の力量が問われるのだ。この注文に応じない医者は同業者から「医療に自信がない」と受けとられる。

数年前、ある医大の教授にセカンドオピニオンの申し出を拒否された人の相談を受けたことがある。この大学では医学生にどんな教育を行っているのだろう。セカンドオピニオンの申し出に対応できない医者は、教授といえども現代では医者失格である。診療情報提供書を購入したら、紹介状と同じ力があるので全国どこの病院でも診てくれる。セカンドオピニオンを求められた次の医者は、誇りに感じてあなたに専門家としての説明をしてくれるだろう。

いくつかのセカンドオピニオンで納得できたら、元の医者に戻れば良い。快く診療情報提供書を書いてくれた医者は、その後も快く診療を続けてくれるはずだ。不幸にして渋る医者がいれば、それはそれで良い。定期預金の解約を渋る銀行と同じくらいぶざまで力量と度量のない医者だった、とわかることができたのだ。

先日、日本医師会のある幹部と話をしていて、彼は「診療情報提供書やセカンドオピニオンのことは、大半の国民が知っているはず」と語った。それが事実なら、今日は無駄話を書いたことになる。いずれにしても「自分のがんの情報」を知らなければ、納得したがんの治療は受けられない。

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[効かない薬に年間1000億円、ある患者の告発](10)2000年3月12日

週刊誌の連載でも書いたが、奇妙な薬が日本のがん医療の現場で大量に使われている。一年前、ある医学誌に日本人の投書が載った。その雑誌の名は「ランセット」、世界で最も多くの医者に読まれている医学誌の一つだ。投書を書いた人の名はアオキエイコさん、医者ではない。患者なのだ。医者以外の文章が掲載されることは異例だ。しかも日本人である。アオキさんは、UFTという日本産の「抗癌(がん)剤」が日本で大量に使われ続けていることを告発している。きっと、「ランセットに投書が載れば、日本人も目を覚ますだろう」と思ったからに違いない。

UFTは1984年3月に発売されてから16年間も使われ続けているが、効かない。こんな薬を使うのはもちろん日本だけだ(少数の国でロイコボリンと併用して使われている)。UFTの仲間にはフルツロン、ミフロールなどがある。なぜこんなことが行われているのか。NHKの「クローズアップ現代」に出て私も告発したが状況は少しも変わらない。この奇妙な風習も実は、日本人の要望にこたえたものだ。

日本人は、本人に癌と気づかれないことを「命」よりも大切にする。それでも、何か「治療のふり」はしないといけない。効果はないが副作用もないUFTは「ごまかしの免罪符」として好都合なのである。UFTなら癌と気づかれる心配は少ない。その演技の薬代に日本人は年間一千億円を使っている。本人のいないところで医者は家族にそっと話す。「具合が悪くなったら病院に連れて来てください。それまでは本人の好きなようにさせてあげてください」「具合が悪い」とは死ぬ時のことだ。こんなホラーのようなヒソヒソ話が日本中の病院で行われている。

この世に治療法がないのなら、あきらめるしかない。しかし、治療法があるのに日本ではそれができない。名古屋の、すい臓癌の患者が米国テキサス大学のMDアンダーソン病院の外国人専用外来を受診しようと私のところに相談に来た。米国食品医薬品局(FDA)が承認したジェムシタビンという新しい抗癌剤を使ってほしいと希望していた。「その薬なら日本中のどこの病院にもありますよ」と私が言った時の、その人の驚きは大変なものだった。名古屋でも束京でも、どこの大病院でも「ない」と言われていたのだから。しかし、「それでも日本の医者はうそをついていない」と言えば読者はもっと混乱するだろう。日本のがん医療は知れば知るほど不可解なのだ。私はその種明かしをしなければならない。

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