[癌との闘病法について]

[直腸癌の術後に肝転移したが腫瘍マーカーが著しく高く医師に見放されたようだ]
[大人の拳2個分位の大きさの肺癌に抗癌剤を使わない入院3日の血管内治療の効果は?]
[胃癌で手術を受けたが1年以内の再発90%・5年の生存率が20%と余命宣告をされた]
[胃癌と肝臓癌が化学療法と免疫療法で良くなり退院を勧められたが]
[胃癌で手術をすれば治るか?]
[基本的な闘病法:病院での治療、病院以外の治療、自分でする治療]
[最先端の癌治療の限界:がんセンターで治療中の肝臓癌患者の場合]
[最期まで諦めない日本人:それでも自分で治そうとせず無駄な手術や抗癌剤治療も受ける]
[がんと共に生きる:あるがままに生きるか、闘うか、知らずに生きるか]

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[直腸癌の術後に肝転移したが腫瘍マーカーが著しく高く医師に見放されたようだ]

(相談)2000.7.18
お忙しいのに恐縮です。父の癌のこと(腫瘍マーカーの数値)で教えていただきたいことがあります。昨年の4月、直腸癌で腸とリンパ節の切除手術を行ないました。メールではうまく説明できないのですが、大事をとって、腸の病巣と、かなりの範囲のリンパ節を切除したけれど、血管に出ている(?)可能性があるため、退院後も抗癌剤の治療を行なっていました。退院時には、腫瘍マーカーの数値は通常範囲に戻り、ほぼ再発の心配もないので安心です、とのことでした。

定期的な検査(エコー、血液検査)は受けていましたが、今年3月に肝臓への転移が確認されました。1センチ〜2センチ程度のものが3個。肝臓に出来ていても、癌の種類は直腸癌で、肺には転移が認められないし、肝臓の動脈からは離れているので、なるべく早く切除しましょうという説明でした。が、入院後、Dr.の間で意見が別れ、手術は行ないませんでした。腫瘍マーカーCA19-9というものが4,000もあるので、「肝臓以外の、種がまかれた状態で発芽するのを待っている癌」が隠れている可能性がある。2ヶ月程待ってそれらが現れた時に全部まとめて切ったほうが良いという意見と、即手術という意見に別れたのです。とりあえず、リザーバー留置術を行ない、抗癌剤の直接投与を始めることとなりました。

腫瘍マーカーが再発が判った時点で4,000だったのが、2週間後にリザーバーの設置手術をした日には6,700になり、この時点で、「切除手術はしてもしかたない」「何もしなければ余命3ヶ月」との宣告を受けました。それから2週間後には10,000を突破しました。が、本人は抗癌剤の副作用以外には自覚症状はまったくなく、抗癌剤の休憩日期間に入ると、途端に元気になって食欲もでます。(5週間の入院の間に、リザーバーからの抗癌剤注入を48時間かけて行ない、3日休憩し、3日間経口の抗癌剤を飲み、また3日休憩というサイクルでの治療を、2クール行ないました)退院して自宅からの通院治療になってからは、毎日、スイミングクラブへ泳ぎに行き、2〜3千メートルも泳いでおります。リザーバーから抗癌剤をいれたのは、退院後2ヶ月で1回だけ。それも、首からぶら下げた点滴で48時間かけ注入するのではなく、その1/4の量を注射で注入しました。もう1回は肩への注射でした。その後は、ここ4週間程抗癌剤の使用はありません。

白血球と血小板の減少、立ちくらみやふらつきがひどかったため、薬の副作用のわりに腫瘍マーカーの数値が変わらないので、無理を押して迄使うより、本人の体力と血小板の回復を優先しているからです。5週間前の血液検査でマーカーの数値は7,000まで下がっていました。その後は変化ありません。4週間前、咳がひどかったので胸部レントゲンをとりましたが、肺に異常はなく、ただの気管支炎でした。来週24日に転移が判って以来始めてのCT検査を行ないますが、エコー検査によると、いまだに、目に見える腫瘍そのものは肝臓に3個程あるだけのようです。その他には、民間療法として、メシマコブ(桑黄)という茸のエキスを服用をしています。抗癌剤はかなり強いものだったそうですが、髪の毛は抜けませんでした。これにはDr.も不思議がっていらっしゃいました。体重も元の状態を保っています。ただ、ここ2週間ほど黄疸が出始めています。

このマーカーの数値4000→6700→10000以上→7000→7000‥(4月から〜現在まで)という結果と、父に現れている症状がちぐはぐで、何かの間違いなのではと思えてしまいます。普通だったら内臓の各所に転移があり、腹水がたまり、末期症状が出ている数値だと聞いたのですが、数値と実際の癌との間に、何か別の原因があるということは考えられないのでしょうか?素人である家族にとっては、本当は元気なのに、すぐ手術すれば治るのに、抗癌剤で弱っていくだけのように見えて、Dr.の治療方針が「検査数値」の結果でどんどん変わって行き、「数値」の与える影響の大きさに、驚いています。「数値のみにとらわれないで欲しい」と思うのは、素人の甘い考えなのでしょうか?それとも、やはり、「数値」にはそれなりの信頼性があるものなのでしょうか?

(答え)2000.7.19
お答えします。大変ご心配のことと思います。

>普通だったら内臓の各所に転移があり、腹水がたまり、末期症状が出ている数値だと聞いたのですが、数値と実際の癌との間に、何か別の原因があるということは考えられないのでしょうか?

常識的には、腫瘍マーカーの値は、やはり癌細胞の数に比例すると言われています。

>「数値のみにとらわれないで欲しい」と思うのは、素人の甘い考えなのでしょうか?それとも、やはり、「数値」にはそれなりの信頼性があるものなのでしょうか?

医師は、今までの統計的な数字をもとにして判断することが多いのですが、一人一人の患者さんで、状況は違っていますので、おっしゃるように私も、数値だけで判断せずに、全身の状態や元気さで判断して欲しいと思います。治療方法の選択は、あくまでも本人の意志で決めるべきだと思います。少しでも可能性があって、本人がそれに賭けるという強い意志がある場合には、医学的に可能であれば、希望をかなえてあげるべきだと思います。ただ、逸見さんのような悪い前例がありますので、最近は医師も少ない可能性に賭けるような治療はしないようです。まだ手術のチャンスは残されていると思いますので、セカンド・オピニオンを求めてみてはいかがでしょうか。大腸癌の場合には、転移に対しても積極的に手術をする病院・医師が多いと思います。ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)2000.7.19
早速のご返事ありがとうございました。このようなホームページを開設していただいて、その上に、患者や家族の質問にすぐさまご返事いただけること、本当にありがたく、心から感謝しております。きっと、同じような内容の質問が、ごまんとくるのでしょうに、ていねいに答えてくださったことが、驚きでした。この所、家族は病気との戦いより、転移は知っていても「すぐに治療をすれば大丈夫」との告知しか受けていない父に、内緒で治療を続けることに、エネルギーを消耗してしまっていました。Dr.とは、とても、ビジネスライクな会話が続き、「心の底から『患者を助けたい』『楽にしてあげたい』と思って医療に携わっておられるお医者様って、いるのかしら?」と、医療不信(Dr.不信)に陥っていたところでしたので、先生のご返事に、父よりも、私が救われた思いが致します。

父がかかっているのは大きな総合病院で、患者数も多く、父の担当のDr.も、お休みする暇もないほど、忙しくしていらっしゃいます。数多くの患者を診療し、一人でも多くの方(可能性の大きい方)を助けようと思えば、いちいち家族の心にまで感情移入はできないのが当然だと思います。が、「余命3ヶ月、手術は無駄」と判断なさった時から、Dr.に対し「見放された」という印象を持つようになってしまいました。時間をとっていただき、症状や治療について質問する度に、「治癒の可能性はない」「抗癌剤も効かなくなる」「癌との共存」「あとはどれだけ生き長らえ得るかという時間の問題」だということを、何度も念をおされます。まるで、いずれ父が亡くなった時に、私達が治療に対するクレームをつけないよう、事前に釘をさしておくかのように感じられる程です。私達はそれほど物わかりの悪い、非論理的な人間ではないのですが、ただ、良く話し合って治療を進めたいだけなのが解っていただけないようです。

ある時、「こんな深刻な事態になるなんて…」と申し上げた一節に対し、「深刻とは言わないですよ 深刻っていうのは腹水が溜まり、食事もとれなくなり、モルヒネも効かなくなる程、痛みに苦しんでいる状態のことを言うんです」と、きっぱり言われました。また、病状の変化について伺っていたときに、私の質問の仕方も悪かったのですが、苦笑いしながら「それって、いつ死ぬか?ってこと?」と、言われ、そのデリカシーのかけらもない言葉に、Dr.にとっては、「死」でさえも日常茶飯事のことなんだなぁと実感したのです。Dr.にとって父は、one of them。家族にとっては、癌だというだけで深刻な事態です。ですが職業であるDr.に、しろうとレベルにまで下って、その家族の感情を解っていただいていると思ったのが、間違いだったようです。父に本当の告知を行なっていないし、父はDr.を信頼しきっています。Dr.も、「告知するつもりはない」とおっしゃいました。このDr.との間で、セカンドオピニオンがどのように進められるのか見当もつきませんが、やれるだけのことをやってみようと思います。それには、まず、本人への病状の告知を考えなければならないのでしょう。Dr.の方針に反して、告知をすることにはとても勇気がいります。癌との戦いであって、Dr.と戦うつもりも、その暇もまったくないのですが…一言お礼をと思いつつ、溜まっていたグチを長々と書いてしまいました。「お医者様」は、数少ない「様」のつく職業だと思います。でも、職業としてのDr.ではなく、数野先生のようなDr.の存在が心の支えになります。どうぞお体に気をつけて、今後も、何も解らず不安なばかりの、家族の支えになって差し上げて下さい。 

(返信)2000.7.20
メイルありがとうございました。癌になった場合の生き方としては三つの方法が考えられます。
1)癌と知らずに生きる。
2)癌と知ってあるがままに生きる。
3)癌と知って前向きに闘いながら生きる。
どれが良いとは言えませんが、自分だったらどうするかを考えてみてください。残された時間をどう使うか。残された人生をどう生きるかという問題です。自分で決めるためには、やはりある程度知っておかないと不可能です。癌も自分で治す病気です。生きがい療法の五つの指針が参考になります。ただし、癌と知らずに手術を受けて、病気が治ったと信じて、癌が治った人もいます。

「生きがい療法五つの指針」
1)自分が自分の主治医のつもりでガンと闘っていく。
2)今日一日の生きる目標に打ち込んで生きる。
3)人のためになることを実践する。
4)死の不安・恐怖と共存する訓練に取り組む。
5)死を自然界の事実として理解し、もしもの場合の建設的準備をしておく。

セカンド・オピニオンについて参考になる新聞記事がありましたので、紹介しておきます。「診療情報提供書」というのは、「紹介状」のことです。また平岩先生は、癌についての医療相談の窓口をもっておられます。

セカンドオピニオン、応じない医師は「失格」
がん治療の情報戦(20)平岩正樹、中国新聞「くらし」欄 2000年5月21日

マスメディアにがんの情報はあふれている。しかしこのコラムでさえ、最も重要な情報は伝えることができない。それは「あなた自身のがんの情報」だ。特に、がんの部位(種類)とその進行度の二つが重要である。病院に保管された「あなたのがんの情報」は、銀行預金と同じように本来あなたのものである。今は、それを引き出す便利な方法がある。

「診療情報提供書」を注文すればいいのだ。病院は他の業界と違ってメニューがない。しかし、厚生省が決めた全国一律の料金表があって、この中に「診療情報提供書」が定価二千二百円(自己負担は四百四十円または六百六十円)と定めてある。これを知らない医者はいない。この診療情報提供書は医書が他の医者のために書くあなたの情報で、必要なことがすべて書かれてある。

診療情報提供書を注又すると、目的を聞かれる。「セカンドオピニオンを得るため」と答えることがポイントだ。セカンドオピニオンという言葉を知らない医者もいない。この言葉には「主治医のあなたがファースト(一番)だが、命にかかわることなので、他の医者の意見も念のために聞きたい」という意味が込められている。「そんなことをして主治医の心証を悪くしないか」と心配する必要はない。患者は人質ではない。医者はセカンドオピニオンで診療の力量が問われるのだ。この注文に応じない医者は同業者から「医療に自信がない」と受けとられる。

数年前、ある医大の教授にセカンドオピニオンの申し出を拒否された人の相談を受けたことがある。この大学では医学生にどんな教育を行っているのだろう。セカンドオピニオンの申し出に対応できない医者は、教授といえども現代では医者失格である。診療情報提供書を購入したら、紹介状と同じ力があるので全国どこの病院でも診てくれる。セカンドオピニオンを求められた次の医者は、誇りに感じてあなたに専門家としての説明をしてくれるだろう。

いくつかのセカンドオピニオンで納得できたら、元の医者に戻れば良い。快く診療情報提供書を書いてくれた医者は、その後も快く診療を続けてくれるはずだ。不幸にして渋る医者がいれば、それはそれで良い。定期預金の解約を渋る銀行と同じくらいぶざまで力量と度量のない医者だった、とわかることができたのだ。

先日、日本医師会のある幹部と話をしていて、彼は「診療情報提供書やセカンドオピニオンのことは、大半の国民が知っているはず」と語った。それが事実なら、今日は無駄話を書いたことになる。いずれにしても「自分のがんの情報」を知らなければ、納得したがんの治療は受けられない。(元東京大医学部腫瘍〈しゅよう〉外科、広島市出身)

ではまたいつでもメイルをください

(返礼)2000.7.20
お心配り、本当に感謝しています。ありきたりの言葉ですが文字通り、とても参考になりました。「自分が自分の主治医のつもり」という考え方は特に共感を感じました。言葉では言い尽くせませんが、心から感謝しています。毎朝、早い時間にお手数をかけてしまいました。「ありがとうございました」

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[大人の拳2個分位の大きさの肺癌に抗癌剤を使わない入院3日の血管内治療の効果は?]

(相談)神奈川県伊勢原市1999.12.25
父が肺ガンになり治療について何か参考になることはないかとネット上をさまよっておりましたら先生のページに行き当たりました。これだけ親身になってたくさんの方の相談を受けておられるホームページは他には見あたりません。先生のお人柄によるものなのでしょう。大変ぶしつけで失礼とは存じますが、お答えいただければ幸いです。実は、数ヶ月前読売新聞にて奥野神経クリニックという埼玉県の病院で血管内治療というものを知りました。その後テレビ朝日の癌戦争でも取り上げられまして、多くの人がその病院を訪れているようなのですが、先生から見てこの治療はどの程度効果があると思われますか。一般には血管内治療は小さめの癌に行われると聞きましたが、父のそれは大人の拳2個分くらいなのです。一昨日奥野先生の事務所より電話があり29日にお伺いすることになっているのですが、二つとない父の命を預けられるものなのか大変迷っております。どうかご助言をいただけましたら幸いです。突然のメール大変失礼いたしました。

(答え)1999.12.26
お答えします。癌に対する血管内治療は、現在ほとんどの病院で日常的に行われています。ある種の癌にはかなりの効果がありますが、どの癌にも有効というわけではありません。奥野先生の治療については全く知りませんでしたので、インターネットのホームページを見てみました。テレビにも出たとのことですので、大変な宣伝費用をつかったことと思います。

さて、奥野先生の治療の特長は、抗癌剤を使わないということと、二泊三日で治療できるということです。病院で行われる癌の治療は、手術、化学療法(抗癌剤治療)、放射線療法が主で、血管内治療は補助的に行われます。ある種の癌(肝臓癌など)では血管内治療がメインとなります。このような治療を組み合わせて、現代医学の総力をあげて癌と闘う方法を集学的治療といいます。どの治療も、治療効果というプラスの作用と、身体に対する負担(侵襲)や副作用などで体力や免疫力が低下するというマイナスの作用があります。癌の治療はこのプラスの作用とマイナスの作用のバランスの上に成り立っています。どのような治療をするかは、癌の種類と状況(進行度)と、本人の年齢や体力によって決めます。もちろん最終的には本人の希望で決めます。奥野先生の治療は残された時間を大切に使いながら、受けることができるということが最大のメリットのように思います。つまり、奥野先生の治療は、このマイナスの作用をできるだけ小さくした治療方法と言えます。病気の種類や病状によっては、ほんの小さなプラスの作用しか無いかもしれませんが、マイナスの作用が無ければプラスの作用だけが強調されると思います。

忘れては行けない大事なことがあります。ごく早期の癌は別として、癌は全身病であるということです。血管内治療は局所的な治療(局所療法)です。目に見える癌の固まりに対する治療ですので、進行して全身に広がった癌(進行癌)に対しては、治す決め手とはなりません。対症療法と思ってください。同時に全身的な治療をすることが必要です。それは、心の持ち方と生活習慣の改善、それに免疫療法です。

父上の癌の状況がわかりませんので、一般的な意見を述べてみました。本人の希望を良く聞いて、本人と担当医と家族で良く話し合ってみてください。このような治療だけで癌が治るのなら、誰も苦労しませんし、癌で死ぬ人はいなくなるはずです。病院の医師に見放された人たちを対象とした、癌に対する一つの治療方法だと思います。「溺れる者は藁をもつかむ」という言葉がありますが、ほとんどの癌に対しては藁くらいの効果ではないでしょうか。奥野先生の説明も、良く聴いてみてください。この治療によって、どのような効果が期待できるのか。今までに父上と同じような状態で治療を受けた人たちの治療の結果がどうであったのか。家族の人はあまり期待し過ぎないことですが、他に治療方法がない場合の選択肢としては安全な方法であり、たとえわずかでも良くなることを期待するのであれば、受ける価値はあると思います。すべての民間療法と同じように、本人や家族の心の支えとなることが最も大きな効果だと思います。癌は心で治すのものかも知れませんので、やはり本人の気持ち次第だと思います。諦めるのは最後でよいと思いますので、前向きに生きることをサポートしてくれるものとして、治すのは自分だということを忘れないようにして、受けてみてはどうでしょうか。奇跡は待っているだけでは起きません。前進することです。ひょっとしたら今まで開かなかった鍵を開けることができるかも知れません。ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)1999.12.27
早速のご返事、本当にありがとうございます。藁くらいの効果とあきらめるか、奇跡を開く鍵なのか、奥野先生のお話をよく聞いてきます。結果については後日ご連絡させていただきます。昨日(12月26日)正月を自宅で迎えるため父が退院してきました。トイレに行くほんの5cmほどの段差も足が上がらず、かなりショックを受けていたようでした。私も休日の旅に見舞いに行き、体が休まりませんが、先生におかれましてはよいお正月を迎えられますようお祈りしております。ご親切なご返事重ね重ねありがとうございました。

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[胃癌で手術を受けたが1年以内の再発90%・5年の生存率が20%と余命宣告をされた]

(相談)1999.9.22
初めまして、兵庫県在住のM.Nともうします。いろいろなHPを探していてここにたどり着きました。先生の適切、かつ丁寧な回答を読ませていただき、こちらに相談をすることにしました。64歳になる父のことです。先日仕事の帰り駅で,急に気分が悪くなりもどしたことにより、自分の体調がおかしいことに気づいた父は、市民病院で持病の不整脈検診のついでに胃の検査していただいた結果、胃癌のため即入院して欲しいと言われてしまいました。昨年末の定期人間ドックの結果が良好だったので家族ともどもその診断が信じられず親戚のつてで、北野病院のT部長さまに再度検査していただいたところやはり同じ答えが返ってきました。先生いわくmri・バリュウム・内視鏡の検査結果を見る限り胃の1/3を取り除いたら大丈夫でしょう。ただmriでは輪切りにする幅が10mmほどあり、胃の外に到達してる可能性は捨てれないのですが・・。とのお言葉を頂き一安心と思っていたのですが、空けてみると胃の外側まで達しており胃の裏側のリンパ球まで侵されていたそうです。胃の1/3及び第一・第二・第三リンパ球の肉眼でガンに侵されている部分は全て取り除き外科的には成功しましが、血中に入ったガンは取り除くことが出来ないとの事。癌進行の度合いはstage3b〜4aだそうです。持病の不整脈もあり、胃以外の臓器への外科的手術10時間を超すらしくは行わなかそうです。手術後、1年以内の再発90%・5年の生存率が20%と余命宣告をされてしまい2週間前まで元気に仕事をしていた父の事とは思えず、家族中と惑いを隠しきれません。1週間後から抗癌剤治療を行うと言ってますし・・。父はこれからどのような症状にみまわれていくのでしょうか?とりとめもないご質問おゆるしくださいませ。長男

(答え)1999.9.23
お答えします。大変ご心配のことと思います。「64歳になる父、胃癌で胃の外側まで達しており胃の裏側のリンパ球まで侵されていた。胃の1/3及び第一(I:ぢ第二・第三リンパ球の肉眼でガンに侵されている部分は全て取り除き外科的には成功しましが、血中に入ったガンは取り除くことが出来ないとの事。stage3b〜4a。1年以内の再発が90%・5年の生存率が20%と余命宣告。父はこれからどのような症状にみまわれていくのでしょうか?」

病院での治療の限界を越えているということですので、退院の日がスタートラインと思って、自分で治すことを考えなければいけません。自分で作った病気ですので、何が原因だったかよく考えて、心の持ち方や生活習慣(特に食生活)を改めて、身体に悪いことはやめて、少しでも身体によいことをすることです。医師の余命宣告に従うのか、治ると信じて、自分で治すためのあらゆる努力をするかです。川竹さんのホームページを参考にしてください。ではまたいつでもメイルをください。

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[胃癌と肝臓癌が化学療法と免疫療法で良くなり退院を勧められたが]

(相談)1999.9.11
始めまして。 私の父(78歳)のことで相談があります。父は、胃がんと肝臓ガンで3ヶ月入院しています。胃がんは、食道との境目にあり、肝臓ガンは転移したものです。手術はできず、抗がん剤と、2週間に一度の胃カメラと並行して行う免疫を強くする治療を行っています。そのかいあってか、胃がんはだいぶよくなり、肝臓ガンは、CTで見る限り、ほとんど消え、だいぶよくなってきています。腫瘍マーカーの数値ですが、入院時、250近くありました。今では、0-5の正常範囲に入ったそうです。ここまでは、ほんとに喜ばしい事ですが、最近主治医の先生から、抗がん剤もいつかは効かなくなると思いますと言われました。そして、今が退院するのに一番いい時期だと言われました。父は、抗がん剤の副作用もほとんどなく、元気です。ただ心配なのが、食事をとりたがらないことです。点滴は入院時からずうっとしています。先生、ほんとに退院してもいいものかアドバイスをお願いします。 山梨県 匿名希望

(答え)1999.9.11
お答えします。大変ご心配のことと思います。世界中どこへ行っても転移した進行癌を治す決めてはありません。しかし、医者が見放した癌でも、自分で治した人は沢山います。癌も自分で治す病気です。抗癌剤の効果は一時的ですので、これからは自分で治すあらゆる努力をする方法しかないと思います。病院での治療は限界に来ているという言うことで、その主治医は大変良心的な人だと思います。このまま入院を続けて病院で死ぬのか、退院して自分で治す努力をするのか、自分で決めなければいけません。自分の命、自分の人生ですから、自分で納得のいく方法を選んでもらってください。癌の治療でこうすれば大丈夫、などというものはありません。自分で治すのです。川竹さんのホームページを見てください。ではいつでもメイルをください。

(返礼)1999.9.11
数野先生の、アドバイス充分に参考になりました。本日、9月11日、病院で父の主治医の先生とお話しました。2週間ほど前に胃から採った組織の中にガンがあるとの検査結果を聞かされました。腫瘍マーカーの数値がうそのようによくなってきているので、これからの治療方針として、レーザーにて胃がんを焼き、肝臓ガンについては、あと少し現状のまま行きたいのですが、と言われました。数野先生の言うとうり、主治医の先生はとても良心的な人です。今しばらく、病院での治療に期待したいと思います。 山梨県 匿名希望

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[胃癌で手術をすれば治るか?]

(相談)1998.7.31
はじめまして。ホームページを拝見しました。母は8/4に胃ガンの手術を受けます。主治医から説明してもらいましたが、心配なことがたくさんあります。母は下血をして7/23に胃カメラの検査をすることになりました。その後いろいろな検査をして7/29に入院、そして今日(7/30)先生から家族に説明がありました。胃の真ん中あたりにしわがあり、少しひきつっている所がガンです、それはガンの中でも悪い方です。胃を3/4切り取ります。それから胃を調べてどこまで進行しているか調べます。たぶんリンパ管の方も取ることになると思います、断面図でみると少しリンパ管がはれているようにみえるので、でもこれは手術をしてみてみなくては分かりません。胃を取って体の状態が良くなったら(半年ぐらい)、また入院して点滴で治療をしなければなりません。リンパ管を取っても完全にガンを取ったか分からないからです。肝臓の方には転移していないようです。ガンは早期発見より少し進んだ状態です。このような説明を受けました。先生に質問し母は治りますかと聞きましたが、ながいめでみるとすこし危険です。と言われました。母はとても元気で食欲もあります、母は胃ガンだと知っています、しかし胃を切り取れば治ると思っています。悪い方のガンでリンパ管に転移しているような状態では、助からないのですか?「ながいめでみると危険」と言う言葉がとても心配です。結局手術をしてもリンパ管に転移しているものはまた再発すると言うことですか?抗ガン剤治療でガンを完全に治した人はいますか?少しの希望もありませんか?私がしっかりしなくてはいけないのにどうしても弱気になってしまいます。数野先生、大変お忙しいと思いますが、お返事お願いします。よろしくお願いします。

(答え)1998.7.31
お答えします。癌は「早期癌」と「進行癌」では、治りやすさが全く違います。「早期癌」は適切な治療を受ければ、ほとんど治りますが100%ではありません。やはり再発・転移する人がいます。一方、「進行癌」はたとえ手術ができたとしても、再発・転移する人が半数位です。母上の場合は比較的早い時期の「進行癌」のようです。しかし、進行癌でも治る人はいます。同じような状態の進行癌で手術をしても、助かる人もあれば、助からない人もいます。癌はそういう病気です。たとえリンパ節に転移していても、手術で全部取れていれば治る可能性があります。つまり、手術で切除した範囲内に転移が限られていれば、治る可能性があるわけです。しかし多くの場合、進行癌では癌細胞が広い範囲に散らばっていて、手術の時点では目に見えなくても、やがて癌細胞が増殖してきて再発や転移ということになります。とにかく今は手術がすんで早く体力を回復することを心掛けることです。手術から立ち直って、退院する日がスタートラインと思ってください。手術や抗癌剤だけで癌を治すことはできませんが、たとえ癌細胞が残っていても、自分の身体の免疫力や自然治癒力で癌細胞をやっつけてしまうか、うまく共存できれば「治る」わけです。生活習慣や心の持ち方が大切です。前向きにプラス思考で身体に良いことを実行しましょう。癌は自分で治す病気です。もちろん病院で治療を受けることが大きな助けとなりますので、主治医の先生の定期的な診察と検査を受けなければいけません。異常があれば早目に手を打ってもらいましょう。「半年後に入院して点滴」という意味は分かりません。この先生は、素人に人にも分かるように説明をしようとしているようですが、医学的な言葉の使用を避けすぎていて、正確なことが分かりません。ご本人も家族の方も十分理解できていないようです。癌の治りやすさは、癌細胞の種類(悪性度が違います)と進行度(病気の進み具合の程度を数字で段階的に表します)によります。それによって手術の仕方や手術後の治療も違ってきます。分からないことはまず主治医の先生に、時間をかけてよく聴いて説明をしてもらいましょう。しばらく留守にします(オーストラリアへホスピス視察研修に行きます)が、またいつでもメイル下さい。

(相談)1998.8.10
数野先生 ご返事ありがとうございました。母は手術を無事に終え体力も回復しています。8/4に手術でしたが、今では一人でトイレにも行ってます。8/11に胃のレントゲンを撮って良ければ流動食をとれるようです。母は元気ではやく何か食べたいねと言ってます。手術の後に少しだけ主治医の先生からお話がありました。「手術は成功です、悪いところは取りました。胃を調べましたが進行癌で5段階の3です。リンパ節ははれているところは取りましたがまだ調べてみなくては癌であるかどうか分からないです。」それから主治医の先生から説明がなく聞いた方が良いのか迷っています。(少し聞くのも怖いのですが)抗ガン剤は手術後1回点滴でおこないました。数野先生の言うように今はとにかく前向きにプラス思考でいようと思います。母にも再発しないようにこれから頑張ろうねと話しています。数野先生のご返事とてもうれしかったです。本当にありがとうございました。また質問してもよろしいですか?お忙しいのに本当にすみません。癌細胞の増殖のはやさは個人差があると思いますがどの位ですか?よろしくお願いします。

(答え)1998.8.10
お答えします。今はとにかく元気に退院することを目標に頑張ってください。退院の日がスタートラインです。もし再発するとすれば1年から1年半位で再発することが多いと思います。年齢が若いほど、癌細胞の悪性度が高いほど、また手術の時の癌の拡がりが多いほど再発しやすいようです。これはあくまで一般論です。一人一人違います。治ると信じて、前向きに養生することです。ではお大事に。

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[基本的な闘病法:病院での治療、病院以外の治療、自分でする治療]

どの癌でも同じですが、癌の治りやすさは、病気の広がり具合(病期)と、できた癌細胞のたちの悪さの程度(悪性度)によります。しかし、最終的に癌と闘い、癌を治す力は自分が持っている自然治癒力(自己治癒力)です。そして、自然治癒力を発揮する仕組みが、身体の免疫力です。自然治癒力(免疫力)を強くする方法として、免疫療法や心の持ち方、笑い、民間療法、健康食品などがあります。

病院での治療は、癌を治りやすくするための治療で、手術と化学療法(抗癌剤による治療)と放射線療法があります。これらの三つの治療方法は、どれも身体にとっては大きな負担となります(侵襲が大きい)が、手術は最も確実に目に見える癌の固まりを無くする方法(局所療法)です。放射線療法も、癌の種類によっては手術と同じような効果があります。化学療法は、手術できない癌(白血病など)や手術で取りきれないような癌(広い範囲に広がったり転移した癌)に対して行われる方法で、注射や点滴などによる治療(全身療法)です。化学療法は副作用の強いものが多いようですが、上手に行えば副作用は軽くなり、癌の種類によっては化学療法だけで治るものもあります。これらの三つの治療方法をうまく組み合わせて、より効果的な治療を行う場合もあります(集学的治療)。

癌との闘病法は、病院で受ける一般的な治療(通常療法としての手術、放射線療法、化学療法)と、一般的でない治療(代替療法としての民間療法、ある種の免疫療法、健康食品など)と、自分でする治療(食事療法、生きがい療法などによる心の持ち方、笑い、信仰、呼吸法、アロマテラピー、園芸療法、音楽療法など)の三つをうまく組み合わせて行い、自然治癒力を最大限に発揮することが基本です。

癌の治療法に、こうすれば必ずこうなるという方程式のようなものはありませんので、ご本人とご家族のご希望をよく主治医に話して、ご本人の選択に任せるのがよいと思います。主治医(医師)が、こうするとか、こうしたほうがよいとかいう話しは、納得がいけば承諾し、納得がいかなければ、はっきりと断ることです。食欲と体力の維持が大切です。無理な治療はかえって命を短くします。常に前向きの気持と強い意志があれば、大きな手術や副作用の強い化学療法などにも耐えられますが、誰にでもできるようなものではなく、かなり困難な治療となるでしょう。化学療法で難しい癌を治した人が書いた本もあります。主治医を信頼して、よくよく相談してください。

「私たちがガンを治した体験談集」の中の帯津先生の言葉が大変参考になると思います。「ひとつひとつの症例をじっくり読んで、治癒の条件を読み取ってください。どういう治療をしたかが関心の的になりがちですが、そうではなくて、その人が、病気のなかで、どういう生き方をしたかに焦点をあてて読んでください。治療法そのものよりも、その人が各種療法にどうかかわっていったのかというなかに、治癒のヒントがあるように思えるからです。」

どう生きるのか? 生と死を考える機会を与えられたと思って、自分でいろいろ勉強してみてください。自分らしい生き方ができれば、それで良いのではないでしょうか。

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[最先端の癌治療の限界:がんセンターで治療中の肝臓癌患者さんの場合]

(相談)1998.7.25
昨日、がんセンター東病院の先生に佐藤療法の件を患者本人が相談しました。本人は「科学主義」で、これまでも色々な方から様々な「治療」についての勧めがありましたがすべてことわってきました。しかし結構な時間がかかりましたが、肝臓癌は治らないのだという認識に至り、治らないのならガンセンターの治療を受けながら肝臓をできるだけ長持ちさせようという気持ちになって、勧められた健康食品や漢方薬を飲んでいます。このような「療法」をやっていることはガンセンターの主治医には伝えていません。

4回目の肝動脈塞栓術(今回で5回目、アルコール注入を含めると6回目の治療)を受けるとき、聴きにくかったのですが少し質問しました。
Q.「この治療方法を繰り返しているうちに肝臓そのものがだんだん悪くなっていくのか?」A.「そうだ」
Q.「今の肝臓の状態は?」A.「A.B.CのAとBの間」
Q.「では、酒などをやめるという消極的に肝臓を守るだけでなく、積極的に肝臓をよくしていく治療はないか?ガンセンターではこれまで薬が処方されていない」。この質問についてはよくわからない答えだったが、この後、「肝臓の薬」が処方されたそうです。
家族は前の担当医に「塞栓術を何回もやって大丈夫か?」などいくつか質問をしたところ「あまり、詳しく知らない方がいいですよ」といわれたのがショックで混乱しています。それからは積極的に知ろうという態度でなく「現実」に目をつむるといった感じになっています。

今回の入院に当たって佐藤療法についての数野先生の手紙を家族に読んでもらい、本人に見せるかどうか判断してもらいました。家族は「見せたい」というので本人に読んでもらいガンセンターに行く前までは「副作用がないなら、やってみよう、横浜なら近いから通ってもいい」といっていました。そして、がんセンターの先生に佐藤療法の件を相談したのです。結論的にいうと先生は「否定的」でした。先生の意見は、
1.データがない、
2.治療費が高い、
3.訴訟事件の噂を耳にしているという理由で、自分の患者さんにも勧めないという内容でした。
この後、本人は「やはり」という態度になり、先生に従う態度に変わってしまいました。このまま終わるとこれから先、困ると思いまして、私が口を挟みました。
Q.「ガンセンターの現在の治療にも限界はあるのではないか」A.「ある」
Q.「ならば、いわゆる『民間療法』も含めてガンセンター以外の治療方法についてガンセンター側のお医者さんが消極的であるのは理解できるが、積極的に反対する理由はあか?『抗癌剤』治療に対する消極的な批判(できるだけ使わない方がよい)から積極的批判もあるではないか、アメリカでは訴訟もおこっていると聞いている」A.「最終的には患者さんの判断に任せる、自分の患者さんでどうしても希望する人にはデータを渡している」
このような会話が短時間でしたが交わされました。私としてはこれで一応満足しました。

私は患者本人とガンセンターにつきあうようになって「日本で最高の病院」にいくつか不満を持つようになっています。
1.担当のお医者さんが患者に告げられずに変わること。
2.肝臓癌の治療についての説明はされるが、身体全体のいわゆる「健康」指導がありません。酒については禁止されたが食事については「バランスのとれた食事」以外の情報は与えられません。つまり、ガンセンターは「ガン」をやっつけるところで「ガン」の宿主のほうは他のところがやる仕事なのか。
3.いわゆる「民間療法」健康食品についての知識や情報がそれこそ「民間」に任されている。だから、「信頼するあの人とがすすめるんだから・・」という状態になっている。このことで逆に信頼関係が壊れてしまう場合もある。
4.抗癌剤に対して一般的に不信感がある。

先生のHP拝見しても、いかに身近に相談するところがないかということがよくわかります。医療レベルの論争ではなく、「経済的」な動機をはらむことによって患者は2重の鎖をつけられます。「近代」医学の考え方とそれに対する懐疑的な考え方。病気を部分としてとらえるのではなく、身体(人間)全体の問題としてとらえるという考え方に組みするものですが現実の場面では様々な「動揺」にさらされているのが現状です。このまま行くとどちらかを拒否するというところへ遠からず追い込まれる不安が頭をもたげます。そして、最終的には「あきらめ」と「想い出」が慰めの方法ということになるんでしょうか。

(答え)1998.7.25
メイルありがとうございました。まず、世界中どこへ行っても進行癌に対する決め手はありません。一応、科学的と言われる治療を組み合わせて、とにかく癌細胞を抹殺することを考えます。「集学的治療」という美しい名前がついていますが、癌は消えたが患者さんも死んだということになりかねません。肝臓癌の場合は、動脈塞栓術にしてもアルコール注入法にしても、いわゆる局所療法ですので、全身に対する悪影響は比較的少なく、繰り返し行うことができます。ご指摘の通り、今までの西洋医学での癌治療は「癌」という病気を「医学の力」で強制的に取り除くことしか考えていませんでした。こういう方法だけでは、癌に勝てないことはすでに明かです。これに対して、同じ西洋医学的な方法ですが、免疫療法と遺伝子治療が注目されています。この二つの組み合わせが理論的には理想的な治療法で、将来の癌治療の決め手と考えられていますが、まだ実際の患者さんの治療では成功していません。現代医学の最前線で活躍している先生達は、「癌を治す」ことができないと分かっていても、全力を尽くして目の前の癌に立ち向かいますが、彼らの頭の中には最初が100%で5年でほぼゼロ%になる「生存曲線」という右肩下がりのグラフしかなく、最初から諦めています。本人にとっては100%かゼロ%のどちらかしかありませんが、主治医にとっては常にゼロに向かって減り続ける数字しかないのです。無力感から癌治療医をやめる人もいます。そして初めて、人間を全体として診ることや、「西洋医学の現代医学」以外の治療の試みや、癌患者の心のケアなどが必要なことが分かってきます。「全人的医療」とか「ホリスティック・メディシン」といいます。川越市の帯津三敬病院の帯津良一先生が有名です。いずれにしても病気を治す力は、自分の「治癒力(自然治癒力)」です。癌でもカゼでも同じことです。いくら癌細胞の固まりを手術で取り除いたり、放射線で焼き殺したり、抗癌剤やアルコールや兵糧攻めで殺すことができても、局所や全身に残った目に見えない癌細胞と闘って(または共存して)病気を治す力は自分の体の治癒力です。治癒力が弱ければ、結局「再発・転移」ということになります。しかし、今のところ病院での治療(手術、放射線、抗癌剤)が癌と闘うための強力な武器であることは確かです(これを否定して、民間療法に走って、いよいよ悪くなってから病院に泣き付く人もいます)が、残念ながら病院の先生はこの三つの武器(手術、放射線、抗癌剤)しか持っていません。これ以外のことには全く無関心か否定的で、そんな話しをしようものなら軽蔑の眼差しで見て不機嫌になり、治療を拒否したり見放したりします。病院によっては退院させられます。

病院での治療以外で大切なことは、治癒力を最大限に発揮するためにできるだけのことをすることです。決してお金のかかることばかりではありません。まず、一番大切なのは心の持ち方です。明るく、前向き、プラス思考で常に希望を持つことです。それから、生活習慣(食事、飲酒、喫煙、夜更かし、呼吸法や笑いなど)を良くすることです。しかし、あまり神経質にならず、悪いと思いながらするよりも、毒でも薬と思えば体に良い場合もあります。その上で、なにか信じるもの(信仰、民間療法、健康食品など何でもよい)を持つことです。患者さんの場合は、ほとんどの条件をクリアしていますので、なにかきっかけがあれば、強力な治癒力を発揮することができると思います。

さて、私は今まで5年間「福山あすなろ会」という癌患者と家族・ボランティアの会をしてきて、沢山の人から癌を治すという薬や治療法、健康食品、それらに関する本などをすすめられ、また患者や家族の人からは癌を治すものを求められてきました。しかし、今まで「病院での治療以外に医者がすすめられるようなものはない」と言い続けてきました。ただし、求められればどんな治療でも受けられるように援助してきました。私の方から治療方法をすすめたのは今回が初めてです。おすすめした理由はメイルに書いた通り(*文末に掲載)です。たしかに高価ですが、ちょっと試してみるくらいの気軽な気持で、三回だけ試してみてはどうでしょう。場合によっては、データも何も無しでも当方からたのめば、治療薬を送ってくれます。そのへんが非科学的ですが、佐藤先生は本の中で「死を前にした患者に対して、これは寿命だなどと医者が勝手に思い込むことは傲慢であり許されないことです。寿命を決める権利は医者はもちろん誰にもないのです。患者の生命力を信じきる、そこに医療展開の原点があるように思えるのです。」と述べています。これは科学ではなくて、医療なのです。あくまでも患者さん自身が主役です。治療方法は自分で選択して、自分で決めます。患者さんを中心に、家族や友達、医療関係者(医者や看護婦)など、あらゆる人たちのチームで患者さんを援助し支えてあげることが大切です。

さて、「今の肝臓の状態はA.B.Cの、AとBの間」というのは、まだ中間点を過ぎていないという意味でしょうか?分かりません。

「訴訟事件の噂を耳にしている」とのことですが、いまや「医療訴訟」は日常的な問題で、おそらくがんセンターの方が多いのではないでしょうか。医者と患者・家族との信頼関係の問題です。

「いわゆる民間療法も含めてガンセンター以外の治療方法について、積極的に反対する理由はない。」同感です。

「担当の医師が患者に告げられずに変わる。」「健康指導がない。」大学病院の体質そのものです。

「信頼関係が壊れてしまう場合もある。」難しいことですが医者の話しにしても、友達の話しにしても、納得がいけば同意し、納得がいかなければ断ることです。あくまでも、自分で決めることです。したことは良かったと、良かったからしたんだと思うことです。

「患者は二重の鎖をつけられる。」どんな癌やどんな病気でも治るというようなものや、法外な治療費がかかるものは、避けたほうが良いでしょう。

「最終的には『あきらめ』と『想い出』が慰めの方法」本当に諦めてしまえば、その人はすでにその時点で死んでいます。諦めたというとき、むしろそれは「開き直り」であったり「新たな希望」であったりすることが多いと思います。たとえ「治る」という希望が無くなっても、人はまた新たな希望を持つことができます。どんな小さな希望でも、かなえばよろこびと生きがいとなります。

「患者さんにはもっと積極的に長生きを、それも舞台に立てる状態でいてもらいたい。」皆がそう願っています。

「患者さんの側に出入りできる人間の幸せと義務」患者さんを思う気持が大変良く分かりました。長々と書きましたが、ほとんどあなたの考えと同じです。本当に親身になって患者さんのことを考えていることに、頭が下がります。お役に立てなくて残念ですが、患者さんらしい人生を続けてもらってください。誰にも決め手はありません。

(返礼)1998.7.26
 いくつかの点で先生に同意していただいて勇気がわいてきました。ありがとうございました。焦らずにこれまでの接し方に自信を持って行きたいと思います。これからもサポートをよろしくお願いいたします。

*この患者さんに佐藤療法をおすすめした理由
1)副作用がない。
2)三人に一人くらいの人に何らかの効果が期待できる(食欲増進、爽快感などの早期の効果と、本来の免疫療法としての効果)。
3)抗癌剤の副作用によるマイナスを補うことが期待される。
4)時間的にも身体的にも負担にならない(6週間またはそれ以上の間隔で静脈注射をする)。
5)かかりつけの医師の協力があれば横浜まで行かなくても治療できる。

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[最期まで諦めない日本人:それでも自分で治そうとせず無駄な手術や抗癌剤治療も受ける]

(相談)
切除しない場合、ただ何もせず時間を費やすだけになるのでしょうか?今後実施すべき治療方法は何があるのでしょうか? 何ができるのでしょうか?本人は、手術をした方が無駄でも治療したという意識があること、手術をしない場合は治療をあきらめたというような感じを抱いているようです。

(答え)
まったくごもっともなご質問です。ほとんどの日本人が同じような思いで、最期まで癌との壮絶な闘いをすることになります。残された時間の使い方が分からず、治るという希望が無くなったとき治るという希望以外の希望をもてないことが原因だと思います。日頃から自分の生き方や死に方について考えたことがないからだと思います。生と死について考える機会を与えられたと思って考えてみてください。ご本人については、本人の意志を尊重し、担当医とよく相談して決めてください。残念ながら世界中どこへ行っても、著しい進行癌や末期癌を治す方法はありません。奇跡を祈るのみです。

私たち日本人は、神を信じない人が多く、自分しか信じないにもかかわらず、自立もしていないということだと思います。「赤信号みんなで渡れば怖くない」という生き方、「和をもって尊しとなす」という心情、「お上の言うことはご無理ごもっとも」という姿勢。良く言えば調和と強調を大切にする国民性ということになりますが、個性を認めないということにもなります。生き方や死に方に答えやマニュアルはありません。

先日、NHKラジオ「心の時代」で、映画監督・吉川 徹さんが「生と死とは隣り合わせ」という話しをされましたので紹介しておきます。
「幾千のはずれの音はシンフォニー 遥か宇宙の秘めし轟き」、死は宇宙への挑戦であり、人間はターミナルの時期に最も速い速度で成長し、死の間際に昇天力を授かる。「人生は自我像の展覧会」であり、自分を全うし自我を生かすことが他人を生かすことになる。「死の恐怖」にたいしては、救いが無いと絶望する以外に救いは無い。

参考までに6年前に新聞に掲載された私の文章を紹介しておきます。

「自然治癒力」
中国新聞夕刊 1993年6月4日 コラム「でるた]
わたしたち日本人の8割は宗教を聞かれると無宗教と答えるそうだ。しかし、決してそうではなく、またそう答えてはいけない。宗教を持たない人は人間ではない、というのが国際的常識である。
正月には初詣にお宮に行き、クリスマスを祝い、結婚式は神前で葬式は仏式、家には神棚と仏壇がある。本来われわれは多神教なのである。ルーツはアイヌ民族らしい。自然と共に生きた時代の人の宗教とも言える。
八百万(やおよろず)の神を祭り、苦しいときには神頼みをし、それでもだめなら神も仏もないとうそぶく。結局われわれは多神教でありながら人間しか信じない人間主義なのである。どんなことがあっても神を信じる神様主義の人達から見ればきわめて特異な存在なのである。
ところで、最近、新しい医学の一分野として人間本来の自然治癒力を高めてガンでも治してしまおうという方法が注目されている。全人医療(ホリスティック・メディスン)という。
それは決してある特定の薬を飲むとか特定の治療法を受けるということではなく、心の問題であるらしい。どんな病気でも自分で治すのだという信念をもって、人間が本来持っている自然治癒力を高める治療や訓練をして、病気という人生のハードルの一つをうまく飛び越えようという試みである。精神神経免疫学という学問的裏付けもある。

自分で治すという信念と自然治癒力に基づいた治療こそ、人間主義の日本人にとって、病気を克服するための最も適した方法ではないかと思う。

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