病 気

 朝起きて少し耳が痛いなと仁は思った。だが気にも留めず学校へ行った。

お昼も過ぎ勉強も終ったので家へ帰って来た。夕方復習をやっている中に耳が痛み出して居ても立っても居られない。

頬は学校で習った、こぶ取り爺さんの様に腫れ上がり、言葉を出そうとすると耳へ響いて激しく痛む。母は驚いて北風の吹く寒い中を、仁をおぶってI医院へ行った。幸いすいていたので、先生はすぐ診てくれた。

「大分熱がありますね」

「咳が出ますか?」

母から症状を詳しく聞いて先生は

「此れはお多福風邪です。頬ぺたから耳へかけて氷で冷やして下さい」

 

と注意を与えた。粉薬と水薬とを貰って家に帰ってくると、父が

「病気は何だ?」

心配して尋ねた。

「お多福風邪ですって、それで耳と頬をどんどん冷やさなくては不可ないんですって」

「お多福風邪か」

「それでは薬を飲まして早く冷やしてやれ」

母は湯飲みにぬるま湯をついで、散薬を一包み取り出した。

「仁ちゃん良い子だからお薬を飲みなさい」

「この薬、お母さん苦い?」

「大丈夫よ苦くないから」

母が包みを広げた。

「少し位苦くたって我慢して飲んで終いな、日本男児ぢゃないか」

仁は目をつぶってぬるま湯を一口含んで散薬をあけた。

「薬を飲んだら早く寝なさい」

母が蒲団(フトン)を延べて呉れた。

「お休みなさい」

仁は挨拶をして床に入った。しばらくすると亮男が心配そうにそっと様子を見に来た。

「仁ちゃん、痛いかい」

「うん」

 

「我慢しないね、強いんだから」

「僕、泣かないよ」

仁は強く言った。台所で氷を割る音が聞こえる。やがて母が氷嚢(ヒョウノウ)を持ってきた。父は調度良い所へ天井から吊るした。母は仁の枕元に座って仁の顔を見ている。

 仁は何時しか眠ってしまった。

 

どれ程時間がたったか知らないが、仁は目をさました。、見回すと母がやはり座っている。

「目がさめた」

「お母さん今幾時?」

「夜中の一時よ」

そう言う母の目は充血して赤くなっている。仁はしみじみ母は有難いと思った。遠くで火の番の拍子木の音が寒夜の空気を振るわしてさむざむと響いてきた。

 

その後、仁の病気は燃ゆるが如き強く尊い母の愛に依(ヨ)って、回復していったのだ。

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