春 の 野 辺 | ||
庭に咲く白梅の花に鳴く鶯(ウグイス)の声も、花が散るに従い遠ざかり、冬の街角を我物顔に吹き荒(スサ)んでいた北風も何時しかかげをひそめ、暖かい南国より吹き寄せる春風に、固い桜の蕾も日一日とふくらんで、山も野も一面明るく木々に囀(サエズル)る小鳥も我が世の春を謳歌(オウカ)して長閑(ノドカ)な一日を暮している。 浅黄色の空は、山の麓に薄い霞がかかり、木々の緑も朧(オボロ)に花の雲に溶け込んでいる。 畠の脇の一本道は長くうねうねと続いている。右側一面は菜の花盛だ。真黄(マッキイロ)な波が何処迄も」広がっている。左一面は蓮華草の花で紅い毛織をひいた様だ。ひろひらと舞いながら、追いつ追われつして遊ぶ、蝶の姿も楽しい春景色の一齣(ヒトコマ)だ。 土堤の桜もほころんで、どこ迄もどこ迄も花のトンネルが続き、岸のしだれ柳はまだ眠りから覚めず、吹くそよ風に靡(ナビ)いている。青草の中にまじって咲いているクローバーの花が、織物の模様のように綺麗だ。 川の面にたつ漣(サザナミ)に鴎(カモメ)がさっと下りて来ては再び舞い上がっていく。岸辺に打ち寄せる波が陽を受けてキラキラ光る。 桜も暖かい陽射しに咲き出し、花に誘われて来る人の影も次第に多くなり、はては土堤一面人で埋ってしまう。 頭上には、大和心の八重一重(ヤエヒトエ)日本精神の精華(セイカ)とも言うべき、桜が今を盛りとこの一時を咲き誇っている。人々の雑踏のうちにやがて盛りも過ぎし花は、其の散りぎわを惜しまれつつ、咲く一陣の春風に花吹雪となって降っていく。 岸打つ波にゆられながら桜の花びらは、しだれ柳に別れを告げて、静かにあてどもなく流れて行くのであった。そ れは恰(アタカ)もダニューブ河の漣(サザナミ)を偲(シノ)ばせる如く。 月は霞む春の夜 岸辺の桜風に舞い 散り来る花のちらちらと 流るる河の水の面 さをさすささ舟 砕くる月影 吹く笛さそう花の波 調べゆかしき笛の音に 横雲たれて水ゆるぐ 流れのままにささ舟の その行く末や春おぼろ さおさすささ舟 砕くる月影 吹く笛さそう花の波
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