純 子 ちゃん

 

純子ちゃんとは、仁の妹の名前だ!仲々可愛らしい名前でしょう!だが仁の家庭は皆で二人だ。仁の事を大事にして呉れた、懐かしい父は三年前の初秋に亡くなった。兄も一昨年亡くなった。それで母と仁の二人暮しだ。

 そう言うと皆さんは不思議に御思いになるかも知れません。

「妹の純子を入れたら三人ではないか」

とそうです。仁はそのつもりをしていますよ。又母も家族の一員としているんですよ。だが表向きは二人です。

「それでは純子はどうしたんだ」

と御聞になるのも無理はありません。では此れから私が仁に替わってご説明致しましょう。純子は仁の妹です。たった一人の最愛の妹です。仁はお使いに行く時もご飯を食べる時も又純子ちゃんと一緒です。

「随分仲が良いんだね」

そうです。二人は大の仲良しです。つまり純子ちゃんは仁が作ったお人形さんなのです。

「何だ。男のくせにお人形遊びをしているのか」などと、軽蔑しては不可ません。確かに、仁には女の子の様に細かい所へ良く気が付く、優しい心を持っております。だが此れは皆さんのおっしゃるような遊びではありません。真剣なのです。

 仁は男二人の兄弟だったのですが、兄が死んでから家の中が、急に寂しくなりました。そこへよその子が妹と仲良く連れだって行くのや、お使いに行く時電車の中で、楽しそうに話している兄弟を見かけたりする度に、羨ましくて仕方がありません。そしてつくづく妹が欲しくなったのです。

 

 

或る日、仁は母に

「お母様、うちでも子供が欲しいな」

「うちにもありますよ。仁さんと言う子が」

「いや、僕の他にですよ」

「仁は真顔で言った。

「どんな子を仁さんはほしいの?」

母は微笑(ホホエミ)ながら仁の顔を見た。仁は一寸はずかしそうにしたが、思い切って

「可愛い女の子が欲しいな」

そう言って遠いところを見る様な、まなざしをした。

「仁さんは妹が欲しいの。そう、でも家の知っている所で呉れそうな女の子はありませんよ。またもし貰った所であんたに面倒が見られる」

 母は仁が気まぐれや面白半分にこんな事を言い出したと思っているらしい。だが仁は大真面目だ。母がいいと言えば、今すぐにでも貰いたい程だ。

「勿論ですよ、僕が貰いたいと言い出したんですからね。三度のご飯を二度にしても、可愛がってやりますよ」

「へえー、そんなにまでしても欲しいの」

母は少なからず驚いた。

「でも仁さんは、直きに兵隊に行かなけりゃならないぢゃないの。そしたら誰が面倒を見るの?お母さんが家にいて、何でもしてあげられれば良いけど、仕事に行かなくてはならないし」

 そう言われて仁は困った。母の言うとおりだ。そうかと言って、そう簡単にあきらめられる事ではない。夢に迄

 

妹の事を見た位だから

 「困ったな、僕が兵隊に行って死んでしまったら、妹が可哀そうだし、兵隊に行く以上戦死は覚悟しているし全く困ったな」

 仁は考え込んで仕舞った。

「お母さん、もし僕が武運強く生きて帰って来たら、貰ってもいいでしょう」

仁は名案でしょうと言わんばかりに言った。

「それはもとよりお母さんに異存はありませんが行く以上戦死の覚悟が必要です。もしそれが為に女々しい振舞いなどをされては、お母さんが困ります。仁さんも、又あなたを育てたお母さんも、世間の物笑いにならねばなりません」

 母はきっぱりと言い切った。その事ならば仁には十分すぎる位に解っていた。決して母に心配はかけないつもりだ。

此れほどまでに思って呉れる母の気持が有難かった。仁は紙をとって

 

 

青春(ハル)風に吹雪と散らん国の為

         戦(イクサ)の庭の大和桜は

 

と書いてみせた。母は読んで

「それでこそお母さんの子です。あなたの覚悟を聞いてお母さんも安心しました」

母のうつむいた瞳にキラリと涙の露が光ったのを、仁は見逃さなかった。

 

 

四五日後の夕飯に、仁は

「お母さん、此れが僕の妹ですから可愛がってやってください」

と母に人形を見せた。

「まあー随分可愛いお人形さんですね、名前は何と言うの?」

「純子って付けたんです、ジュンとは純情の純、清らかな心を持った子と言う意味で付けたんです」

「純子さんと言うの、いい名前だこと」

「これ仁さんがこしらえたの?」

母は純子ちゃんを、仁の手に返しながら聞いた。

「ええ、僕がこしらえたんですよ、妹の代用品で我慢しておくんです」

「代用品は良かったわね」

二人でお腹をかかえて大笑いした。その明るい笑顔は家の隅々まで響いて、しばらく消えなかった。

木枯しに戻る 「心 の 花」 へ