解 説 | ||
戦後五十年を経て、一九九五年度、 この取り組みの目的としては @ 戦後五十年を経て戦争体験も次第に風化しつつある中で、改めて戦争と平和の問題について考える。 A 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの無い」(憲法全文)ようにするために、生徒達の見識を高める、というものであった そして、一学期中間テストををメドに戦争体験者を掘り起こすことになり、全校生に祖父母の「戦争体験」を聞く共通課題を出した。 すでに祖父母が他界していたり、遠い田舎のほうにいたりで、課題提出状況は必ずしもよいとは言えなかったが、提出された課題からは貴重な体験を知る事が出来た。(授業で話をして下さった方もいた) 其の中で三年G組のMさんが祖母Nさん(六五才)の そこで私は、もう少し詳しく話を聞きたい、できれば当時の様子などを直接子供たちに話して頂きたいと思い、六月二十五日にNさんのお宅を訪ねることになった。そうしたところ、当日、Nさん宅のには、Nさんの他に近所の年配の方が三人同席してくれた。そして戦争体験についてそれぞれの方が話して下さった。其の中で、そこに見えていた小杉Sさん(六十五才)が兄の形見として、この小冊子「揺籠の歌」を紹介してくれた。 この小冊子は、小杉さんの兄・淳氏(当時二十才)がおそらく生きて帰って来れないであろうことを覚悟して書いたものである。しかも兄の出世後まもなくあった東京大空襲の際、小杉さんが炎の中を守り抜き、現在まで伝えたものである。 私はこの貴重な小冊子を借り受け、読ませていただいた。そうしたところ、私自身、この小冊子に大変感銘を受けた。 第一に、当時まだ二十歳の若者が、生きて帰れないであろう出征を前にしながら、感情を抑え、幼少からの人生を振り返り、その思い出を小説風に淡々と記していることである。そしてここに記された青少年時代は、当時の同年代の多くの人々に共通したものであったことであろう。したがってここには、同時に当時同じようにして出征せざるを得なかった若者たちの無念の気持があらわれている。、といっても良いのではないだろうか。 第二に、ここには当時の人々の暮らしや考え方が良くあられているということである。特に田舎での様子などは興味深い。天皇や軍隊の事などはほとんど述べられていない。ここに筆者の周囲の人々と人間への深い愛情を伺い知ることが出来る。 第三に、ここには筆者の力強い人生観と人生哲学が述べられている事である。それは例えば、次のようなところにあらわれている。「会えば必ず別れなければならぬ宇宙の大原則に支配されながら、我々人間はじめ万物は辛(カロウ)うじて生存する事を許されているのだ。何と自然の偉大なる事よ、又何と我々の無力なる事よ。だが我らは自らの無力を悲観しては不可ない。無力なればなるほど、ベストを尽して我が運命を開拓していかねばならぬ。冷厳なる運命に屈せず、堅忍不抜(ケンインフバツ)の精神を以て万難を排し敢然と進む者にのみ、勝利の月桂冠は頭上に輝くであろう」(蛍の光)。「心の花とは何か?それは正しき行いと美しき精神に依り磨かれた人格である」(心の花)。 第四に、母への想いと深い愛情である。全編これに貫かれていると言っても過言ではない。これはおそらく、当時、母を置き出征せざるを得なかった若い息子たちの共通した思いであったろうとも思うと、涙を禁じえない。 この小冊子は、「この中から読者諸氏が、私の真心の万分の一でも汲んで呉れるならば幸甚と思う」(自序)と書いてあるように、明らかに発表される事を望んで書かれたものである。また小杉さんも 「戦後五十年をして日の目を見られるなら」とこの小冊子を印刷に付し、現在の高校生達に紹介することを快く承諾してくださったので、今回印刷運びとなった。 なお、この小冊子は旧漢字、仮名遣いで書かれていたが、高校生にも読みやすくするため、新漢字、新仮名遣 いにし、よみがなもつけた。ただし、当時の雰囲気を少しでもわかってもらうために、旧漢字、旧仮名遣いをそのまま残したところもある。 また、表紙の文字と「はじめに」の文章は筆者の弟さんにあたられ、この小冊子をこれまで五十年間保存してこられた小杉哲さんに書いていただいた。「付録」の手紙(筆者の兄・修氏が日米開戦の日に家族宛に書いたもの)、新聞は小杉さんに紹介していただいたものである。当時の若者の考え方や当時の様子がわかればと思い「付録」とした。 私はこの小冊子が、戦後五十年経た今でも、現在の若い人たちに、人間や人生を大切にすることの重要さを知らせ、生きる力と勇気を与えてくれるであろうこと、そしてその事が、結果的に「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのない」日本社会を築いていくことに少しでもつながるであろうことを、確信するものである。 一九九五年九月十一日 渡部OO( 書名 揺籠の歌 著者 小杉 淳 発行日 一九九五年九月一五日 発行者
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