デーケン教授のミニ講義
ー欧州ホスピス視察研修講義録ー

(1)「ホスピス・ボランティアとは」ーホスピスの理念についてー
(2)「生と死を考える日」提案
(3)「死への準備教育の試み」 試練直視、よりよい生を
(4)「老年期の生きがい」

(5)「公認されていない悲嘆」
(6)「音楽療法(music therapy)」「音楽のふしぎな力」
(7)「ドイツの最新ホスピス事情」
(8)「米の学会に参加して」成熟度深めたホスピス運動、現代文化に地歩築く
(9)「ユーモア感覚のすすめ」ー原点は周囲の人々を思いやる心ー
(10)「死に対する恐怖」
(11)「死への準備教育を」自分の最期考え、選択
(12)「死ー永遠の生命への希望」

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ーホスピス・ボランティアとはー
ホスピスの理念について
アルフォンス・デーケン

病院的医療システムとホスピス的ケアの対比表

  病院(hospital)的          ホスピス(hospice)的

1. 何かを「する」(doing)         そばに「いる」(being)
  治療(cure)              看護(care)

2. 技術的対処               人間的対応
 (medica1 technique)          (human approach)

   3. 延命の重視            生命や生活の質の改善
  (length of life)            (quality of life)

4. 機能的アプローチ            人格的アプローチ
 (functiona1 approach)と          (personal approach)と
  効率優先の施設             環境への温かい配慮
 (efficiency oriented faci1ities)       (warm environment)

    5.患者偏重主義            患者の家族・遺族への悲嘆教育
    (exclusively patient centered       (patient/family oriented approach,
    approach)                grief care and grief education)

6.権威主義的階級制度           平等な協力体制
 (hierarchical staff)           (team approach)

   7. 問題(problem)としての解決      人為を超える神秘(mystery)への畏敬


ホスピス・ボランティアの基本的姿勢

1.奉仕の精神:volunteerはラテン語のvolo(自発的に他者のために働くこと)が語源
2.傾聴に徹するこころ(偏見を持たない寛大さ)
3.開かれたこころ(理解と共感)
4.謙遜な態度(限界をわきまえた援助)
5.プライバシーの尊重(秘密を守り、信頼に応える)
6.愛と思いやり(患者とその家族・遺族に対して)
7.感謝とゆるし(相手から謙虚に学ぶ態度)
8.いやしと希望(和解を促し、精神的な支えを重視する)
9.人間同士の連帯感
10.ユーモアと笑顔を大切に

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「生と死を考える日」提案
アルフォンス・デーケン
1997年8月13日 読売新聞「論点」

 未成年者の犯罪は、ますます低年齢化し、増加の一途をたどっている。「むかつく」時には、他の生命を抹殺しても、何の抵抗も罪悪感も抱かない子どもたちの層が、増え続けているようである。とくに、最近起こった神戸の小学生殺害事件などは、死に対して現実と虚構との区別がつかず、非現実の世界に逃げ込むしかない現代の子どもたちの悲劇の一面を象徴的に示していると思われる。いま、ある子どもたちは、学校にも家庭にも、自分の本当の居場所がないと感じている。親しい友人といる時にしか、自分らしく生きられないという子どもの嘆きと反発は、そのまま、現代社会を形成してきた大人たちに対する一種の挑戦状であろう。この危機を、私たちはどう乗り越えたらいいのか。こうした時、私は日本語の「危機」という言葉を文字通りに受け止めたい。危機の「危」は危ない、危険という意味だが、[機」は機会の機であり、チャンスの意味である。つまり、危険にさらされる時こそ、次の局面を切り開くための得がたい機会なのである。
 私は日本に来てもう38年になるが、そのほとんどの歳月を、日本における「死への準備教育」の普及、実践に費やしてきた。人間は一人の例外もなく、いつか必ず死を迎える。「死への準備教育」というのは、死をタブー視することなく、死についてさまざまな角度から学ぶことによって、生命の有限性を率直に認め、より良く生きることを考える、いわば、生命尊重教育としての「ライフ・エデュケーション」にほかならない。青少年のための「死への準備教育」の実践方法のひとつとして、私は各学校が年に一日、「生と死を考える日」を設けることを提案する。その日は一日中、次の五つのテーマの中からいくつかを取り上げて、生徒と教師、家族も一緒に考える機会にしたいと思う。

(1)「死への準備教育」

病院やホスピスのターミナル・ケアの現場で働く医師や看護婦に講演を依頼したり、たとえば、自分の母親ががんになったと想定させる。そこで告知の方法や、その後の対処の仕方をはじめ、母親の気持ちをどう理解し、家族でどう支えていくか、というように具体的な事例に即して考えさせる。

(2)喪失体験と悲嘆教育

身近な愛する人の喪失体験と、それに伴う悲嘆のプロセスに対する理解を深める教育を行う。私は長年の研究に基づいて、悲嘆のプロセスを12段階に分析し、残された人たちは、大体、どのような心理的経過をたどるものなのかを説明する。こうした知識は、悲嘆にくれている人に適切な援助の手を差し伸べるためにも必要である。人生の中で喪失体験は避けられないが、これを十分に消化して乗り越えられれば、人格的に大きく成長することも可能であろう。

(3)自殺防止教育

いじめなどで追い詰められた青少年の自殺は、相変わらず増加傾向を続けている。自殺はせっかくこの世に生を受けた人間にとって、生命の冒とくであることを強調したい。私は担当する「死の哲学」の講義時間に、中学生の子どもに自殺された父親に体験を語ってもらったことがある。自分の話が少しでも自殺防止に役立つならと、その父親は自分のつらい体験を語った。私語の多いときもある講堂内が、このときはしんと静まりかえって、聴き入る学生たちの中には涙をぬぐう者も大勢いた。半年ほど後、一人の学生が私の研究室を訪れ、「あの話で、子どもに自殺された親の苦悩がよくわかり、自殺を思いとどまった」と告げられたときは実にうれしかった。

(4)交通安全教育

私の母国・ドイツでは、交通安全教育を続けたことで、青少年の交通事故死を大幅に減らした実績がある。その方法は、第一に精神的な基礎レベルでの教育として、社会的な責任感、倫理観を育てる。第二にそうした生命倫理に基づいて、具体的な状況への対処方法を訓練する。交通事故は、瞬間的な判断力や注意力の欠落も大きな原因の一つとなる。相手の生命を尊重する教育とともに、技術的な訓練も重視したのである。日本でも、若者たちの無謀運転による交通事故は後を絶たない。もちろん、人生には避けられない死もあるが、交通事故による死は、運転者の心構えによって、ある程度避けられる死と言えよう。もっと自他の生命を大切にする教育を徹底させたいと考える。
(5)エイズ教育
アメリカの多くの都市では、青壮年男性の死亡率の第一位が、がんや心臓病などを抜いてエイズになったという。日本でも無知によるHIV感染を予防するために、青少年へのエイズ教育の必要性は急務であろう。こうした教育はじっくり積み重ねる必要がある。まず私たちが自分の価値観を見直し、本当に大切なものは何かを考えよう。大人が人間らしい生き方を取り戻す時、それを鏡として、若者たちにも自他の生命を大切にする心が、自然に培われるのではないだろうか。

◇◇専攻は死生学、倫理学。著書に「死とどう向き合うか」「ユーモアは老いと死の妙薬」など65歳。

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死への準備教育の試み
試練直視 よりよい生を
アルフォンス・デーケン
1994年4月25日 中国新聞「中国論壇」

私たちは、死が人生の同伴者だということを、理性では分かっているのだが、感情的には認めたがらない。しかし、この世に生を受けた以上、だれでもいつかは必ず、身近な愛する人の死と、自分自身の死に直面させられる。死そのものを、前もって体験的に知ることはできないが、死を直視し、これに対するさまざまな心の準備を整えておくことは、年代を問わず必要な教育だと考える。

欧米は学校で教育

欧米ではこの二十年来、「死への準備教育」が盛んに行われるようになった。私の母国ドイツでは中学・高校生向けの優れた「死への準備教育」の教科書が数多く出版されている。アメリカやカナダでも、小学校からデス・エデュケーションをカリキュラムに組み込むところは増加する一方である。
日本人は教育熱心であるにもかかわらず、死という人生最大の試練に対しては、まだ何の準備もせずに臨むことが多いようだ。死をタブー化せず、生と死の意義を多角的に学ぶことは、そのまま、いかによりよく生きるかを模索する道でもある。人生の有限性を再認識する時、人は改めて目分の生き方を真剣に振り返る。「死への準備教育」は「よりよい生き方を考える教育」にほかならない。
私は来日して34年になるが、その半分以上の歳月をかけて、「死への準備教育」の普及に取り組んできた。最初は全く反応の感じられない孤独な道だった。1982年に東京の上智大学で、初めて「生と死を考えるセミナー」を聞催した時にも、周囲の者は人が集まらないだろうと、心配してくれた。しかし、日本でも次第に死に対する関心が高まってきたためか、セミナーは定員を上回る聴衆を集めて成功裏に終わった。
この時、講演会の後で講師を囲む話し合いの機会を持ったところ、それまで一般社会の中では吐き出せなかった、喪失体験の悲嘆が、一斉にあふれ出たのである。過去の死別体験のつらさを語る人、身近な愛する人を失って悲嘆の渦中にあえいでいる人、病名を告げられないまま末期患者を看護中の人などが、やっと自由に語り合える場を見いだしたのだ。

経験を役立て活動

これがきっかけとなって、生と死について本音で語り合い、共に学ぶ場として、「生と死を考える会」が発足した。その後、会長の私以下、全員ボランティアの役員によって運営され、試行錯誤を続けながら、今年12年目を迎えた。この会の歩みはそのまま、目本における「死への準備教育」の一つの実践記録となっている。
そこで注目されるのは、最初は自分の苦悩のはけ口を見いだして、必死にすがりついてきた人たちの中から、次第に人格的な成熟を遂げ、自身のつらい経験を他者のために役立てたいと、積極的に動きだす人が増えてきたことだ。その活動は第3回以降のセミナーを上智大学と共催するまでに成長した。セミナーの講演記録もすでに4冊出版されている。

悲嘆ケアの場必要

1994年春現在、会員数は1300人を超えた。この会の趣旨に賛同する集まりは全国22カ所と韓国のソウルにも広がっている。中国地方では、私の提言から「広島・生と死を考える会」が1989年に結成された。その後、岡山、兵庫、山口とそれぞれの地域に根ざす独自の活動が繰り広げられている。共通しているのは、死別体験者同士の支え合いとともに、ターミナルケア研究会や講演会など、一般社会への「死への準備教育」の啓蒙(もう)運動を活発に行っていることだ。1991年からは毎年「生と死を考える会・全国連絡懇談会」が開催され、ネットワークづくりも軌道に乗りつつある。
欧米のホスピスでは遺族へのケアも行うが、日本の現状では、故人のつらい思い出の残る場所へは、行きたがらない人が多いと思う。こうした人たちの感情を考えると、どうしても別の悲嘆ケアの場が必要だろう。これからも「生と死を考える会」のような組織が、もっと数多く広がることを期待したい。(上智大学文学部教授哲学・倫理学)

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音楽療法(music therapy)
アルフォンス・デーケン

死の4つの側面〜生命の量と質〜
音楽療法(music therapy)の効用について
◆死の4つの側面
(1)心理的な死(psychological death) (2)社会的な死(Social death)
(3)文化的な死(cultural death)  (4)肉体的な死(biological death)

◆音楽療法(music therapy)の8つの効用
(1)患者の注意を苦痛からそらして、疼痛の緩和に役立つ。
(2)死に直面する緊張やストレス、過剰な恐怖を和らげる。
(3)なつかしいメロディは、たのしい思い出をよみがえらせ、灰色の闘病生活に暖かな灯をともす。
(4)過去の人生から持ち越した問題を解決する手掛かりを与えてくれる。
(5)対話とコミュニケーションの糸口がほぐれて、思いがけない心の交流を生むこともある。
(6)音楽のハーモニーは、患者の精神的な動揺を静め、内的な調和を取り戻す助けとなる。
(7)音楽は時間を超越しているため、永遠性への希望を与えてくれる。
(8)残される家族の喪失の悲しみを癒し、立ち直りに導く上でも重要な役割を果たす。

「音楽のふしぎな力」
アルフォンス・デーケン
1990年12月10日 東京新聞夕刊コラム「放射線」

12月だというのに、あまりの暖かさに研究室の窓を開けると、オーケストラの響きが伝わってきた。私の研究室の向かい側の校舎の中に、上智大学管弦楽団の練習場がある。今月20日の演奏会のための練習が、そろそろ追い込みに入っているのだろうか。曲はブラームスのシンフォニー第四番の一楽章だった。耳を傾けるうちに、今は亡き世界的名指揮者カラヤンの顔が浮かんできた。

上智大学のオーケストラは、来日したカラヤンに直接認められる機会を得た。そして翌年、西ベルリンのフィルハーモニー・ホールで開催された国際青少年音楽祭に、アジアからは初めて招待された。そのときの曲目の一つがこの曲である。昭和49年のことだった。管弦楽団顧問の私も、百人あまりの楽団員に付き添って西ベルリンヘ飛んだ。もう16年も前のことだが、この曲を聴くと、そのときの光景がありありと思い出される。当時の楽団員たちは、現在社会の中堅として活躍しているが、このメロディーは学生時代の忘れがたい記憶を呼び起こすと思う。

いま私は、毎年のように欧米のホスピス施設を視察し、日本的ホスピス・ケアのありかたを研究している。欧米のホスピスでは音楽療法(ミュージック・セラピー)が非常に盛んである。ホスピスにおける音楽療法は、音楽によって末期患者の生命の質を高め、最後までその人らしく生き抜く意欲を持たせることに大きな成果を上げている。

患者は好きな音楽を聴くことで、しばらくの間痛みを忘れる。それは安眠にも役立つ。音楽は闘病生活の緊張やストレスを和らげ、過剰な恐怖や不安を静める。また懐かしいメロディーは楽しい思い出をよみがえらせて、患者に生きる勇気を与える。好きな曲にまつわる話題が患者の心を開いて、人間同志の心の交流を生むこともある。残された家族の悲しみを癒(いや)し立ち直りに導く上でも、音楽は優れた効果を発揮する。などなど、末期患者に限らず、音楽の持つふしぎな力を、心身の健康維持に広く活用したいというのが私の念願である。

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ドイツの最新ホスピス事情
ー政府もモデル事業推進、すでに25カ所が開設ー
アルフォンス・デーケン
1992年4月13日 朝日新聞夕刊コラム「こころ」

上智大学の専任教師には、6年ごとに約半年間のサバティカル(特別研修休暇)制度がある。この期間は自由に自分の研究を進め、心身をリフレッシュする絶好の機会だ。私も昨年10月から6カ月のサバティカルを欧米で過ごした。今回は私のライフワークである「死生学」の研究をさらに深めるために、欧米のホスピスや「死への準備教育」の実態を詳しく視察し、各国の生命倫理への新たな取り組みを感じることができた。特に強い印象を受けたドイツの最新ホスピス事情」について報告する。

ドイツでは最近、ホスピス施設の建設が盛んに行われている。すでに25カ所が開設され、計画中のところは300もあるといわれ、ホスピス教育と啓蒙(けいもう)運動に卯非常に力を入れている。ミュンヘンのクリストファ・ホスピス協会には、教育専任のスタッフが2人(うち1人は看護婦)いて、国内各地を回ってホスピス運動への理解と協力を呼び掛けている。

ケルンの国立ケルン大学付属ホスピス教育センターでも、メンバー中の8人(医師、看護婦、教育者、心理学者など)が同様の職務に就いている。ここは5年間に280回ものセミナーを開いてホスピスの基本理念や実践方法についての教育を行っている。ちなみにケルン大学付属病院では、ホスピスと同等の施設をパリアティーフ(待期または緩和処置)病棟と名づけている。これほラテン語のパリウム(マント)に由来する名称で、治癒する見込みのなくなった患者を、最後までマントで包むように温かく介護しょうという意味である。最近は「死への準備教育」と啓蒙運動の成果が上がり、ホスピスヘの関心が非常に高まった。施設建設に向けての市民運動も、大きな盛り上がりをみせている。

これに呼応するように、政府も積極的な施策を打ち出してきた。ドイツの厚生省はモデル・ホスピス計画として、91年度から3年間、施設の建設や総合病院の中にホスピス病棟を設置するための予算10億円を計上した。またミュンヘンのヨハネ・ホスピスは、現在カトリック系の病院内にある10ベッドのホスピス病棟を、隣接地に建設中の新しい建物に移して25ベッドに増やす。その建築費の80%はバイエルン州政府が支出し、完成後の運営費は全額保険で賄われるという。これは今年の12月に完成する予定だ。私も工事現場を視察してきたが、ニンフエンブルク宮殿公園を一望できる緑豊かな環境だった。最近はホスピス施設への申し込みが増え、ミュンヘンでもすでに10倍以上に達しているので、年内にはもう一つ、聖エリザベス・ホスピスが開設される。

ケルン大学のキャンパスにはホスピス教育センターの新しいビルが建設中だった。これにはドイツがん協会が24億円を出資している。ここも今年の12月に完成するが、15ベッドの入院設備を備え、全ドイツのモデル施設としてホスピス教育の中心となる。出版事業も活発に行われ、「ホスピス運動」という全国組織の機関誌が年6回発行されている。この1年あまりでドイツのホスピス運動は実に目覚ましい発展をとげた。ドイツの現状は、人間としての尊厳に満ちた生と死のあり方を模索する市民運動の成果と、それに素早く対応した国の政策とが車の両輪となって、強力にこの運動を推進しつつあるといえよう。

早春のドイツの天候は目まぐるしく変わる。激しい風に粉雪が舞ったかと思うと、突然雲が切れて澄んだ青空が広がる。私は建設中のホスピスの建物を前にして、つかの間の陽光を浴びながら、安らかな命の終わりを全うできるこうした場を、日本でももっと増やしたいと心から願っていた。

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米の学会に参加して
成熟度深めたホスピス運動、現代文化に地歩築く
アルフォンス・デーケン
1992年1月27日 朝日新聞夕刊コラム「こころ」

第13回「全米ホスピス学会」は、昨年11月17日から20日までの4日間、カナダに近い北米西海岸のシアトル市で開催された。会場のウエステイン・ホテルはダウンタウンの中心街にあって、40階建ての円筒形のツインタワーが目を引く現代的な建物である。葉を落とし尽くした木々の上に、カスケード山脈の白銀の稜線(りょうせん)がくっきりと浮かび、激しい北風が冬の到来を告げている。

「視界を広げよう」をキャッチフレーズにした今回の会議には、全米のホスピス関係者1700人あまりが一堂に会した。これだけ多くの参加者は、私の知るかぎりで初めてである。顔ぶれは圧倒的に看護婦が多く、続いて医師、ソシアルワーカー、ホスピス管理者、チャプレン(ホスピス付き神父・牧師)などで、メンバーの3分の2は女性である。

現在、全米のホスピスは1745カ所を数え、その多くは全米ホスピス協会に加盟している。毎年1回、これらのホスピスから各部門の担当者が集まって、それぞれの抱える問題点や当面の課題、今後のケアの在り方などについて、率直な意見の交換を行う。今回も基調講演に続いて、162の研究発表とワークショップやシンポジウムが催された。
多くの発表の中で特に私の関心を引いたのは、ホスピス医師アカデミーの現状報告だった。3年前の発足当時、会員は120人に過ぎなかったが、現在は900人を超え、疼痛(とうつう)緩和方法の改善や末期患者のクォリティー・オブ・ライフの向上のために幅広く活動している。またワークショップのテーマの一つとして、治療としてのユーモア、ユーモア教育、バーンアウト防止のためのユーモアなど、ホスピス運動とユーモアの重要な関連性を指摘する2時間の討論が組まれていた。

私は日本における「死への準備教育」の普及を念願して、長年死生学関係の多くの学会に参加して、その動向を注視してきた。今や世界の趨勢(すうせい)として、人間らしい生命の終わり方への関心はいよいよ高まり、残される人々の悲嘆への援助の取り組み方も多角的になった。現代の欧米文化は激しい変革の渦中にある。今回の会議の盛況も、死をタブー化する時代の終焉(しゅうえん)と、生と死を直視する新しい世紀への展望の具体的な現れの一端であろう。
私は今回の学会で、アメリカのホスピス運動が、ますます成熟の度を加え、豊かな収穫の時期を迎えているという印象を強くうけた。十数年前のホスピス運動の初期というのは、一般社会はもちろん、医療関係者の間にも理解が十分に行き渡らず、新しいプロジェクトが、経済的に成り立つのかどうかさえも疑問視されていた。パイオニアたちは情熱に燃えていたが、その方向づけも多様で、いわば不安と期待の交錯する青春時代だったといえよう。続く第二段階こ入ると、ホスピス運動は爆発的な成長をとげた。全米に多数のホスピスチームが生まれ、活発に独自の活動を展開する夏の季節を迎えたのである。今年の会議全体の雰囲気は、まさに実りの秋を感じさせる。研究発表の一つひとつが、実践成果を踏まえ自信に満ちていた。この運動も今後の米国経済界の不振などから、厳しい冬の時代をくぐり抜けなければならないであろう。しかし、それは新しい芽ぶきをはぐくむために必要な期間ともいえる。

米国のホスピス運動は、過去のさまざまな対立や批判を建設的に消化して、現在のアメリカ文化の中に確固たる地歩を築いた。今回、日本からただ一人参加した私は、日本でも学際的協力の成果が「死への準備教育」の実現に寄与して、21世紀に向かう日本文化の流れをより豊かに広げていくようにと切望してやまない。

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ユーモア感覚のすすめ
ー原点は周囲の人々を思いやる心ー
アルフォンス・デーケン
朝日新聞「論壇」

目本とドイツとの間には、文化や国民性の上で多くの共通点があると言われる。日本独自の文化との出合いは私の内面を豊かにしてくれたが、他方、私が生まれた国ドイツと、第二の祖国として選んだこの国とが、似通った国民性を持っていると知るのは、うれしいものである。ただ、比較文化の研究が示すように、どの国民にもそれぞれの美点と同時に弱点がある。近ごろ私は、二つの国が、一つの弱点を共有しているのではないかと感じるようになった。日本人とドイツ人は、勤勉、凝り性、生まじめさといった長所の陰で、ユーモアのセンスを十分に発揮することが少ないのではないだろうか。

体面を重んじ、人前で泣いたり笑うことを見苦しいと考える傾向は両国に共通だが、ユーモアと笑いは、自分の限界を認め、自己を相対化することから生まれる。自分の欠点を素直に笑える人は、他人にも、より寛大な態度で接することができる。ここでいうユーモアとは、安っぽい冗談や軽薄さを示すものでもなければ、単なる楽観主義や偶然の幸運の表れでもない。むしろ真のユーモアは、ほかならぬ悩みや苦しみのさなかに見られることが多い。このことは、ドイツのよく知られたユーモアの定義にも表されている。

「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」
この世の苦しみや惑を直視した上で「にもかかわらず」笑いを忘れぬことこそ、成熟した深いユーモアのあかしなのである。ユーモアは決して付随的なものではなく、人間らしい生活に欠かせない本質的な次元である。中世ヨーロッパの医学では、ユーモアとは生命を司(つかさど)る体液の流れを指す言葉であった。ドイツ語では「くそまじめ」の意味で、「動物的なまじめさ」という言い方をする。笑いは人間だけに与えられた貴重な能力と言えよう。

ユーモアと笑いは、ストレスや怒りを和らげ、人間関係を円滑にする。だれでも、笑いながら同時に腹を立てることは不可能だろう。ユーモアの原点は、周囲の人々のためにあたたかい雰囲気をつくりたいと願う、思いやりの心である。日常生活にユーモアが乏しいと、無用の緊張や誤解が生まれ、人間関係がぎすぎすしたものになる。最近問題になっている家庭内暴力や学校内暴力も、一つの原因は、まじめすぎる窮屈な雰囲気にあるかもしれない。国際摩擦の中にも、適度のユーモアがあれば、未然に防げるものがあるように思えてならない。世界の国々が互いに身近になった今日、国民性の違いを乗り越えた協調が切に望まれているが、日本人の大きな美点である礼儀正しさを、ユーモアの感覚で補うことができれば、鬼に金棒なのではないだろうか。

ユーモアあふれる心の態度によって、難病を克服したという体験談も聞かれる。ユーモアと笑いは、心とからだの健康に役立つ妙薬でもあるようだ。統計によれば、今日、日本人の8人に1人が、何らかの病気を患っているという。予防医学の観点からも、ユーモアと笑いはもっと見直されてよいと思う。ユーモアは人の心を自由にし、円熟と一層の人格形成をもたらしてくれる。この素晴らしいユーモアの効用を存分に生かすために、生涯教育の一環として「ユーモア教育」を取り入れてはどうだろうか。生と死を考える講座が、ようやく関心を集めるようになってきた。ユーモア教育はこれと並ぶ大きな課題だと思う。最後に、ユーモアの話しまで理屈っぽくしてしまったことをご容赦いただきたい。

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死に対する恐怖
アルフォンス・デーケン
同文書院「老いと死をみつめて」ー老いの生き方 Q & Aー

「限りある命を大切にしたいと思う一方で、この頃、死に対する恐怖を強く感じます。いったいこうした恐怖はどこから生じてくるのでしょうか。死に対する恐怖についてご教示下さい。」

死への恐怖は積極的な役割ももっている

今世紀に入って死のタブー化が進むににつれて、死を極端に恐れる人が増えてきました。現在まったく健康であっても、死への強い恐怖や不安を抱いている人は大勢います。ある程度の死への恐怖は、生物としての自己保存本能の自然なあらわれですが、度が過ぎれば正常な情緒活動を妨げて、人生最大の課題である死と前向きに取り組む道を閉ざしてしまうことにもなりかねません。

キルケゴールは、蛇とか病気など、はっきりした原因から生じるのが恐怖であり、不安というのは何のせいともわからない漠然とした気分のようなものだと区別しました。この定義に従って考えてみますと、死への恐怖は、恐怖と不安の複雑に混じり合ったものと言ってもいいのではないでしようか。

代表的な死への恐怖のタイプ

もちろん死への恐怖にも、単にネガティヴな面だけしかないというわけではありません。死への恐怖によって、人間の寿命の有限性を改めて悟り、今まで気づかなかった潜在的能力の可能性(ヒューマン・ポテンシャル)を刺激されて創造的な仕事に取り組めた、という事例もたくさんあります。死への恐怖には、こうした積極的な役割もあり、無用な恐怖から解放されるためにも、その多様な側面に対する理解は欠かせません。以下、代表的な死への恐怖の九つのタイプを説明しましょう。

(1)苦痛への恐怖

死を前にした人の苦痛には、肉体的、精神的、社会的、霊的の四種類の苦痛が複雑に絡み合っています。たとえば、一家の、主人にとっては、自分が死んたら奥さんや子供の生活はどうなるかという経済的な問題が、一番大きな社会的苦痛になります。愛や死の意義などについての切実な疑問は霊的苦痛と言えます。肉体的な疼痛の除去だけではなく、こうしたさまざまな苦痛を総体的にコントロールすることが、末期患者のケアに何よりも望まれます。

(2)孤独への恐怖

人びとに見捨てられて、独りぼっちで死を迎えなければならないのではないかという恐れは多くの人が抱いています。死を恐れるのは臆病だとする今までの文化や教育が、私たちに他人の前では素直に死への恐怖の大きいことを認めさせない風潮をつくってしまいました。人間はだれでもたった独りで、未知の死の世界へ旅立つのですから、孤独への恐怖を完全に乗り越えることは不可能です。ただケアに当たる周囲の人びとが、最後の瞬間まで患者のそばを離れずにいてくれるという信頼感が、孤独への恐怖を和らげる大きな支えとなるのではないでしょうか。

(3)不愉快な体験への恐れー尊厳を失うことへの恐れ

病院などで、病み衰えた患者たちを目にすると、自分も死へのプロセスで、同じように、見苦しい姿をさらすのではないかと心配する人は少なくないのです。人生の最後に家族や友人などに自分のやつれ果てた姿や、苦痛にさいなまれる状態を見られることに深い恐怖を覚えるという人もいます。命の終わりまで自己の尊厳を失いたくないと考えるのは、人間として自然な感情ですが、行き過ぎた恐怖心に駆られるとパニックを起こす危険もあり、周囲のやさしい心遺いが必要です。

(4)家族や社会の負担になることへの恐れ

日本のように、他人に迷惑をかけないことが美徳とされる文化の中では、病気や老齢のために役立たずになり、家族の負担になることへの恐れは、思いのほか強いものです。とりわけ高齢者の間では、この傾向が著しいと思われます。私たちは、病人や老人が決して迷惑な存在ではなく、どんな時でも大切な家族の一員なのだということを、思いやりのこもった行動で示して、安心させて上げたいと思います。

(5)未知なるものを前にしての不安

現代人は知的なアプローチによって、白分の置かれた状況をある程度まで支配できるようになりました。しかし、死については、だれも体験的に教えてくれる人がいないので、私たちはこの未知なるものに、一方的に受け身の対応を強いられることになります。その結果、深刻な不安に陥る人も少なくないのです。ただこうした不安は、「死への準備教育」によってかなり和らげることができます。

(6)人生に対する不安と結びついた死への不安

社会的な不適応や挫折を重ねると、それからの人生を素直に肯定できなくなり、自分の環境に恨みや恐れをもつようになる人があります。こうした人は死に対しても否定的な感情を抱くことが多いようです。このような人生に対する不安と死に対する不安との相互関係を探って行けば、死への恐怖の本質を解く鍵が見つかるかもしれません。ユングは死を単なる終わりと考えず、人生の目標の一つとして捉え直すべきだと言っています。

(7)人生を不完全なまま終わることへの不安

死を前にした人は、自分のライフ・ワークが、未完成のままに終わるという心残りに苦しんでいます。自分の中の可能性を十分発揮できずに、人生に別れを告げなければならないというつらい認識は、苦痛に満ちた不安となって死にゆく人のこころを覆います。ただ死を間近に控えた人は、自分の過去を何もかも否定的に考えすぎることがよくあります。このような場合に、周囲の人がその人の真の業績を指摘して、バランスのとれた自己評価を行えるように援助することが望ましいと考えます。それによって、ある程度過剰な不安を緩和できます。

(8)自己の消減への不安

死によって自己が全面的に喪失するのではないかという不安は、生物としての自己保存本能の一部をなす自然な反応と言えましょう。死がすべての終わりではないと信ずる人にとっては、死後の生命への希望をより確固としたものにすることが、こうした不安を克服するための最良の道になると考えられます。

(9)死後の審判や罰に関する不安

死後の生命を信ずる人びとの中には、死んでから裁かれて罰を受けることを最も恐れているという人もいます。良心的な人、潔癖な人ほど過度の不安におののくことが多いようですが、人間はだれしも完璧ではあり得ません。こうした場合に大切なのは、多くの宗教が教えるように、死後の人間の運命を定める神は慈悲深い存在であり、悔い改める人のあらゆる罪を、快く許してくださるのだと気づくことではないでしょうか。

以上のように、私たちは死に対してさまざまな恐怖や不安を抱きます。こうした死への恐怖を完全に取り除くことは不可能ですが、過剰な反応はノーマルなレベルまで緩和する必要があります。そのための具体的な方法としては、(1)「死への準備教育(デス・エデュケーション)」、(2)「ユーモアと笑いの効用」、(3)「永遠の生命への希望」の三つがあげられます。

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「死への準備教育」を
自分の最期考え、選択
アルフォンス・デーケン
1997年6月2日 静岡新聞

教授は「死への準備教育」の重要性を一貫して説いていますが。

「死への準備教育の目的の一つは、人間らしい死に方とは何であるかを考え、身内が死に瀕(ひん)したとき家族に何ができるかを学ぶことです。日本だけでなく欧米でも死は長年タブーでした。しかし死への準備教育の普及でがん告知も一般的になりましたし、ホスピス運動も広まりました。死への準備がない人に医者が不治を告知するのは確かに難しいですから。医者が告知をしないのをその時は『知らない方が幸せ』と素直に受け取っても、後から『十分なコミュニケーションが取れなかった』『思いやりを示してあげられなかった』と後悔している遺族は多いです。そういう人は同じことを言います。『もっと早く死について考えていればよかった』と」

だれでも死には恐怖や不安があります。

「私は多くの人は過剰な恐怖や不安を抱いていると思います。原因は教育不足です。死への恐怖で最も強いのは苦痛と孤独に対する恐怖ですが、世界中のホスピスの取り組みで明らかなようにこの二つは適切は対応さえすればかなり和らげられます。極端な死への恐怖を和らげるのも死への準備教育の効果の一つです」

死をタブー視する風潮は薄れているのでしょうか。

「私の実感では1986年が『タブー化の時代』から『準備教育の時代』への転換点だった気がします。このころから死への準備教育への関心が爆発的に強まりました。最初は看護婦。身近に体験する場にいますから。少し後で医者。学会や医師会から講演依頼が相次ぐようになりました。最近は身近な人を失った遺族などを中心に一般市民の関心も高まってきました」

末期医療への要望をあらかじめ表明する「リビング・ウィル」の思想も普及してきました。

「これも死への準備教育の実りの一つと思う。私は人間の偉大さは@考えることができるA選択できるB愛することができる−の三つにあると言っています。自分にふさわしい最期までの生き方を、元気なときに考えて準備するのは素晴らしいことだと思います」

葬儀の在り方などへの関心も高まっているように感じますが。

「人生ドラマの最期の幕はお葬式でしょうね。自分らしいお葬式を考えるのは、今の自分の生き方とか価値観を顧みるきっかけにもなり得ます。もう一つ考えてほしいのは葬儀は遺族の悲嘆の過程の一段階だということ。形式的な葬儀が新たな怒りや心の傷になったという話は多くの遺族、特に突然死を体験した身内からよく聞く話です」

死への準備教育をさらに普及させるための課題は何でしよう。

「一つの具体的な提案があります。一つは学校教育の場で年一回『生と死を考える日』をつくリ、その日は一日かけて@死への準備教育ーもし父母が不治の病だったら何ができるかなどを考えるA悲嘆教育−喪失体験後の悲嘆の過程を学ぶB自殺防止教育C交通安全教育Dエイズ教育の五つを行う。例えば自殺防止や交通安全では、実際に自殺や事故で子供を亡くした親を招いてその体験のつらさを聞く。最高の生命尊重の教育になると思います。これは明日からでもできます。理想はドイツのように死への準備教育の教科書が作られ、きちんと学校教育に組み込まれることですが」

二つ目の提案は。

「各病院で週二回程度、死に直面する患者の家族への精神的なケアをしたり、同じ立場の人たちが交流する場を設けることです。これも精神的なケアや悲嘆について勉強した少数の医療スタッフかボランティアがいれば、ほとんどお金を掛けずにできます。同じ年代でも配偶者を亡くした人はそうでない人より死亡率が高いという統計もあります。こうした取り組みは予防医学の一つとも解釈できます」

▼Alfons Deeken氏 上智大教授。哲学博士。「生と死を考える会」会長。ドイツ生まれ。1959年来日。大学では「死の哲学」などの講義を担当。「死とどう向き合うか」など著書多数。91年度全米死生学財団賞、第39回菊池寛賞受賞。64歳。

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死ー永遠の生命への希望
アルフォンス・デーケン
聖母文庫「キリスト教と私」

死に対する考え方の変化

この講座もいよいよ最終回になりました。今回はまず、誰でもいずれは体験せざるを得ない「死」について考えましょう。私が上智大学で「死の哲学」の講義を始めてから、もう20年余り経ちました。私が「死の哲学」を企画した頃は、まだ死のタブー化の厳しい時代でしたから、このテーマでは学生が集まらないだろうと、周囲から大変反対されました。しかし、多くの学生が登録し、無事に講義を始めることができました。今は毎年定員超過のため、くじ引きで受講者を決めています。

日本の一般社会でも、この10年ほどの間に死に対する考え方は大きく変わりました。20世紀に入って広がった死をタブー視する傾向は、1986年をターニング・ポイントの年として、「死への準備教育」の時代への転換が始まりました。

メメント・モリ

たしかに死は、私たちがこの世に生を享けて以来の同伴者でありながら、未知の恐ろしい存在のように見えます。週去の人類は、死と長い間さまざまな方法で向き合ってきました。例えぱ中世のヨーロッパでは、メメント・モリ(死ぬことを憶えよ)の思想が、一般にも広く浸透していました。当時の人にとって、死はタブーではなく、生涯をかけて学ぶべき一つの芸術と考えられていたのです。アルス・モリエンディ(死の芸術)というテーマの本が、何冊も残されています。

死にゆく人は、人生の先達として大切にされてきました。死後の世界について、体験的に教えてくれる人は誰もいないにも拘らず、死後の生命の可能性を信じる人は、世界中にたくさんいます。この来世信仰は、あらゆる時代、民族、文化の違いを超えて、絶えることなく続いてきました。死後に強い関心を抱くのは、人類に普遍的な傾向かも知れません。

死後の生命への考察

ソクラテスやプラトンなど、古代ギリシアの哲学者たちは霊魂不減説を説きました。ソクラテスは人間の内なる本質的な部分は、死後もなお生き続けるという信念を門弟たちに示して、進んで処刑されましたし、プラトンも人間の本質は不朽であり、永遠の生命を与えられていると説いています。また、ドイツの哲学者カントも、自分の学説の必然的要請として魂は不死であると述べています。

現在の時点で、死後の生命の存在を科学的に証明することは不可能です。しかし、死ですべてが終わるということもまだ証明されてはいません。もし、死ですべてが無に帰するとしたら、生の営みも結局は不条理なものと考えざるを得ませんが、死を新たな生への入口と考えるならば、人生の労苦も決して無駄ではないということになります。死後の生命を信じるというのは、現在の生に意義を見いだすことです。これを強調して、ゲーテは「来世に希望を持たぬ人は、この世ですでに死んでいるようなものだ」と言っています。

死を超える愛の神秘

死後の生命を肯定する多くの説のうちで、最も独創的なのが、私の恩師フランスの実存哲学者ガブリエル・マルセルの説でしょう。マルセルは第二次世界大戦後、最愛の妻を亡くすという苦悩に満ちた経験から、自分の愛する人の死について深く考察しました。彼にとって、死への考察はそのまま、愛と死の葛藤にほかならなかったのです。「問題は私やあなたの死ではない。私たちの愛する人の死なのだ」と彼は述べています。マルセルの論によれば、真に愛する者は、相手の生命が永遠に続くことを願わずにはいられないものです。ですから、真の愛は時間の制約を超えて、相手が永遠に生き続けることを希求すると言っています。愛する者が死によって消滅すると思うならば、それはその人との愛に背くことであり、逆に相手の死後の生命を確信するならば、それが真の愛の証しだというのです。「人を愛するというのは『いとしい人よ、あなたは決して死ぬことはありません』と言うことだ」というマルセルの有名な言葉は、死を超える愛の神秘を、遺憾なく伝えていると思います。

死後の生命への積極的な希望

キリスト教では、永遠の生命はこの世からすでに始まっているとされます。この世の生命と死後の生命との関係は、序曲とそれに続くオペラにもたとえられましょう。キリスト教徒にとって、死はもう取り返しのつかない終末ではなくて、新しい生命の始まりです。イエズス・キリストが十字架上の死を超えて復活されたように、死後に天国で、先に亡くなった愛する人たちと再会し、共に神の無限の愛に包まれて生き続けるという希望が、いつもキリスト教信仰の根底を支えています。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない」(ヨハネ11・25ー26)というイエズスの言葉は、死に臨むキリスト教信者にとって、最も慰めに満ちたものとして響くでしょう。

イエズスの死と復活の意義

先日の「阪神大震災」のように、安穏だと思っていた私たちの生活環境は、一瞬のうちに崩壊します。死という冷厳な事実を前にする時、私たちは人生のはかなさや、この世の人間の営みのもろさを痛感させられます。どの宗教であれ、死の意義を探り、現世を超える価値観を求めることができなければ、真に心を満たす信仰とはなり得ないでしょう。ここでイエズスの死と復活の意義が新たな光を放つのです。イエズスは私たちと同じ人間として、私たちの死を自身で体験されました。しかもその時点では、無益としか思えないような、極めて苦しい死でした。しかし、その死こそが、イエズスの生涯に育まれた愛のピークであり、永遠の生命への出発点となったのです。この事実は、私たちにイエズスの死と復活の神秘を理解するための鍵を与えます。イエズスの愛に同化した人間は、イエズスが約束された通り「死んでも生きる」(ヨハネ11・25)存在になるからです。

一粒の麦のように

イエズスは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねぱ、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12・24)と言われました。この一粒の麦の神秘は、まずイエズスご自身の死によって実現しました。そして、その蒔かれた麦の一粒一粒は、イエズスと共に生きるすべての人の中に繰り返し再現されて行きます。死を通して新たな愛のいのちが芽生えるのです。カトリックでは「今も臨終の時も、われらのために祈りたまえ」と、マリアに日々の祈りを捧げます。このマリアヘの祈りの中で、マリアの御子イエズスと共に死を迎えることは、そのままパウロが「生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」とフィリピの信徒への手紙の中に(1・20ー21)書いている通りです。これがクリスチャンにとって死を超える希望と愛と信仰の源泉になっていると思われます。

天国の幸福のイメージ

神は永遠の存在であり、神の愛と慈しみも永遠です。そしてその神の愛と慈しみを信じて受け入れ、それにあずかり応えようとする人間もまた、死よりも強いいのちを戴いて生きていると言えましょう。この確信と希望の直接の拠り所は、イエズスの死と復活です。人間として十字架上で亡くなられたイエズスは、三日目に復活されたことによって、その生涯をかけて育てられた愛は、死よりも強いことを証明されました。この復活されたキリストこそ、すべての人に永遠の生命をもたらす愛の源です。ですから、死後の永遠の生命への希望というのは、いつまでも神と共に、愛する人々と共に「生きる」という希望であり、喜びに溢れています。つまり、キリスト教はいつも愛と喜びに満ちた宗教なのです。これをヨハネは黙示録の中に、……「見よ、わたしは万物を新しくする。」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。…「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。わたしはその者の神になり、その者はわたしの子となる。……」(21・5ー7)と記しています。

ここにも天国の幸福のイメージは、鮮やかに浮かび上がります。すべての人は死によって新しい肉体に変容します。まさに豊かな命の水を戴くのです。そしてこうした神の約束は、死後に愛する人たちと再会できるという希望をより確かなものとしてくれます。

私がアメリカのあるホスピスで出会った癌末期の若い女性患者は、死後の永遠の生命への希望を語り、喜びに満ちて何回も「私、今とても幸せなの!」とつぶやいていました。その明るい笑顔は、今も私の胸に焼き付いています。まだまだ書き足りない気もしますが、入門講座は、いわば天国に至る道のスタートラインを示すものでしょう。これから皆様がそれぞれにご自分のイエズスとの出会いを深めていらっしゃるようにお祈りしております。

長い間、ご愛読下さってありがとうございました。

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