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日本 井上まゆみさんのローマからのラジオ放送   瑞西

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井上まゆみさんのローマからのラジオ放送 

拙文日本人小学生の過ごした戦時下のイタリアにおいて、日本人小学生がイタリアの独裁者ムッソリーニの謁見を受けたことを紹介した。

謁見の直後に小学生の一人であった井上まゆみさんがローマのラジオ局で、その時の様子を語った録音をSP盤のレコードで本人が今も持っている。筆者はそれをお借りしたものの、再生の方法がなくしばらくそのままであったが、インターネットで業者(おそらく個人でしょう)を探し出し、デジタル化することが出来た。その語った内容をを紹介し、写真と共にムッソリーニの訪問の様子を出来る限り詳しく再現してみる。

レコードのまゆみさんは、ゆっくりとした口調で語り始める。今のテレビニュースのアナウンサーの半分くらいの速さであろう。

(1942年4月)11日のお昼過ぎ、ムッソリーニ総理大臣が”ローマ日本友の会”会場に見えました。私たち日本の子供はお母さんと一緒に、皆日本の着物でお迎えしました。

ムッソリーニ総理大臣は世界でとてもとても偉い人ですから、どんな怖いおじさんかと思っていましたら、にこにこ笑いながら、並んでいる私たちの頭を撫でてくださいました。とても優しい良いおじさんだと嬉しくなりました。


以下の写真がその光景である。ムッソリーニが笑いながら、並ぶ日本人小学生の頭(頬)を撫でているのが分かる。まゆみさんは中央で着物を着た右側。


引き続きまゆみさんの語りは、一語一語噛みしめるようにして続く。

会場に並んでいるたくさんの日本の子供たちの絵を、一つ一つよく見られてから、日本人の皆にご挨拶がありました。(堀切善兵衛駐伊)大使と一緒に皆でムッソリーニ万歳を唱えましてから、藤やアヤメの咲いている綺麗なお庭で、皆お写真を撮りました。

こんな偉いムッソリーニ大臣と一緒にお写真を撮っていただいて、私たちローマの子供は本当に嬉しゅうございました。私たち、大きくなっても、きっとこの日はこの写真と共に、ローマの良い記念になりましょう。


4月13日の朝日新聞では写真と共に「日本の子供をあやすム首相」の見出しでその日の模様が伝えられている。そこでは

「日本友の会主催の児童展は、ムッソリーニ首相の臨席で開かれた。」と「日本人児童の絵画展」への出席が大使館訪問の公式理由であったと書いている。そしてそれはまゆみさんの述べる「子供たちの絵を、一つ一つよく見てから」とも合致するので、児童絵画展が公式の訪問目的であったと判断できる。

新聞は続けて

「可愛い日本の坊や、嬢やの姿に魅せられたこの日のム(ッソリーニ)首相は、しっかり優しいおじさんとなり、終始子ども相手に愛想を振りまき、和やかな時を過ごした」と日本全国に紹介されたのであった。

大使館の庭で撮ったのが下の写真である。背後に藤やアヤメが咲いていたのであろう。子供達よりは、母親たちの方が嬉しそうな表情である。中央着物姿の右がまゆみさん。右端は堀切大使。


毎日新聞社のローマ特派員であった小野七郎の長男、小野光春さんは小学生としてこの式に参加した一人であった。戦後すぐの1947年、「僕の欧米日記」という本を出している。そこではこの時のことは次の様に描かれている。

「1942年4月のある暑い日であった。
ローマにいた日本人は、皆”日本友の会”の発会式に出席した。ムッソリーニは堀切大使と一緒に来られた。僕らは牧瀬君たちと並んで迎えた。こんなに間近にムッソリーニを見たのは初めてであった。ムッソリーニはにこにこ笑いながら僕らの顔をなでてくれた。

式が済んで皆、庭に出た。ムッソリーニはにこにこ笑って(自分の妹、小野)紀美子を抱いて写真を撮った。紀美子は”いやん”と言って足をバタバタさせて、抱かれながら暴れた。僕は”失礼なことをする”と思った。」

この場には朝日、毎日に加え、読売の特派員山崎功もいた。次は彼の回想からである。
(ムッソリーニは)日本人の子供の前では、にこにこして、子供の顔をなでたり握手したりするんだけど、○○新聞の記者なんて紹介されるとそれが急にぎゅっと口を結んで、例のいかめしい表情になっちゃうのだよ」

新聞記者を含む出席者だれの目にもこの時のムッソリーニは、にこにこと優しいおじさんであった。「ムッソリーニは子供好きだった」と言うのは間違いなさそうだ。そして日本も米英に参戦したものの、まだ緒戦の勢いを保っていた。日伊にとって佳き一日であった。

録音の後、ローマの放送局から井上賢曹さん(まゆみさんの父親)に感謝状が贈られた。(下の写真)
日付は1942年(ファシスト暦20年)4月24日である。録音は日本全国に向かって放送されたようだが、具体的にいつ放送されたかは不明である。井上さんの話では、父方の祖母がその放送を日本で聞いたとのことである。


なお録音は2バージョン残されていて、一方には最後にまゆみさんの両親が「まゆみちゃん、よく出来ました」と言うねぎらいの言葉が入っている。しかし実際の放送は他方、両親の言葉のない方であったと思われる。付け加えると録音された文章はまゆみさんのお母様が考え、親子で前の日までに必死に練習したとのことである。

またSP盤のため本人も長らく聞いていなかった。筆者がCDにしてまゆみさんに差し上げると、ちょうど麻生副総理がナチス政権を引き合いに出したことが問題となっていた時であったので
「確かにこんなことをしゃべりました。今なら麻生さんではないけど、問題になっていますね」と控えめであった。

この録音は70年前に録られた貴重な歴史資料である。

井上まゆみさんらが体験した戦時下のイタリアについて興味を持った方は「日本人小学生の体験した戦時下のイタリア」もご覧ください。


以上

 
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