茶道を楽しむ 表千家不白流 清風会師範 石原宗牛
被爆国日本の再被曝
津波は波とは違う、全く違う、と頭に焼き付いた。
M9.0の東日本大震災(2011/3/11)、静かに迫り来た津波が過ぎたのちの光景は、原爆のように、むごい。
それから二週間を経た今、福島原子力発電所の故障が次々進み吹き出した放射線が津波のように迫っている。放射線が何処まで増大し、いつ引くのかも分からない。
この間、たった一雨で、放射性物質が大地に降り、地に染み、川となり、上水道にまで入り込んだ。乳児には飲ませられない水となった。美味しい水どころか、危険な水にしてしまったのです。
原子力発電の原子炉と云う熱源は、とても扱いにくいものである事をあらためて頭に焼き付けましょう。
a. 原子炉はスイッチオフしてもパッとは、消えはしない。
b. 原子炉を消しても放射線を放出し続ける。
c. 原子炉は放射線を発する放射物質をも発する。
と云う事を、頭に焼き付けましょう。
このたびの原発事故でわかった日本の原子力発電技術は、
「一旦壊れると、近寄れず修理出来ない」
という、何とも情けない原発設備しか造れなかった。恐ろしい燃焼であるにもかかわらず、電気が欲しいと言うだけの紙と木で出来た様な原発設備、プラントしか造らなかったという事です。安全ですと豪語したのは誰だ。
放射線被曝は、永きにわたり眼に見えず命を奪うが為に、
・30km圏域住民は圏外へ避難
・福島県うみの幸やまの幸の出荷停止
・諸外国による日本農産物輸入停止
などという策を採る。これは、この地域を放棄する事を意味する。政府はこれを補償するという条件で原発を置いたのだが、この被害の補償はどうやったら償えるのだろう。政府の原資である税金を納める我々国民は、電気が欲しいと言うだけで、何処まで福島県民に補償する覚悟を持っているのか。
そもそも、補償で済む話ではない。原発が故障するたびに国土が無くなるのだ。狭い国土の何処へ逃げよというのか。
「地震国日本」と云う言葉は「防災の技術施策は世界一」を、「被爆国日本」と云う言葉は「原子力の平和利用世界一」を意味して来たものだが、失墜した。
広島にある「過ちは二度としません」の石碑が泣いている。
被爆国日本は今度は、自ら、原発被曝したのです。
福島原発事故の惨めな現実に、「原子力推進は謙虚であれ」ともう一度強く叫びましょう。(2011/ 3/30 宗牛)
D 美味しい水